第14話

文字数 1,596文字

 高校生になった僕は、一年生の夏休みから商店街にあるベーカリーでアルバイトを始めた。中学校生活でサッカーに熱中し、チームワークの大切さや周囲を思いやる気持ちを学んだ。狭い世界ではあるが、人とうまくやれると自信をもった。新しい友達は無理に作ることは必要ないと思っている。自分を偽ることなく、自分らしく学校のルールを守って生活していれば、しぜんと友人の輪ができると経験から学んでいる。

 ベーカリーのアルバイトは、たまたまお母さんに買い物を頼まれた店がバイトを募集していた、というだけのことで、特に苦労して見つけたわけではなかった。僕にとっては将来の通過点にすぎず社会勉強と思ったから、やってみようと思っただけだった。基本、僕の両親は、反対しない方針らしい。僕が何でも相談するからか、たいていのことは、やってみたらいいんじゃないの?と前向きな回答をくれる。

 お母さんは、
「あそこのパン屋さんは、おいしいと近所でも評判よ。バイトだからっていいかげんな気持ちで仕事して、看板に泥を塗るようなことだけはやめてよね。あと、余ったパンがあればもらってきてね」と。
 ある意味、僕の期待を裏切らない回答だった。

 勉強とバイトの高校生活は順調だったーーそう、僕の頭からリボーンのことはすっかり抜け落ちてしまうくらいにーー

 バイト先のパン屋さんは、仕事帰りのお客さんもよく利用するので、夜八時まで開いている。昼間に売れ残った調理パンは、夜七時からは半額で販売している。そのラスト一時間が案外、忙しいのだ。店の清掃と販売を同時にやらなければいけないので、残ったパンの数とその日のお客さんの来店数が読めないところが難しいのだ。もちろん完売すれば閉店となるのだけれど。

「今日は調理パンは完売したから、ちょっと早いけど店を閉めようか」と店長が言った。
「バイト時間は八時でつけていいから閉めていいよ」
「はい、わかりました。じゃ、閉めまーす」

 僕がシャッターを閉めようとしたまさにその時、サラリーマン風の中年男性が声をかけてきた。
「あのー、もう店は終わりですか?」
「あー、はい。今日はもう食パンしか残っていませんので……」
「じゃあ、その食パンを一ついただけますか?閉店間際で申し訳ないけど……」
「あっ、いいえ、ありがとうございます。店長、食パン一つお願いします」
 僕は少しだけ降りたシャッターをそのままにして、店の中に顔だけつっこんで店長に声をかけた。
「あっ、どうもありがとうございます。少々お待ちください」
 店長はすでにエプロンを外しレジを閉める準備をしていたので、慌てた様子で奥から食パンを持ってきてお客様に渡した。
「毎度ありがとうございました」

 僕はシャッターを閉めた。

「今日は最後まで売れましたね、店長」
「あぁ、良かった、良かった。健太くん、さぁもう終わりにしていいよ。あとは私がやるから」
 店長は時計をチラッとみて、
「結局いつもと変わらない時間になっちゃったな」と疲れた顔をくちゃくちゃにして僕に微笑んだ。
「あっ、そうそう。お母さんに頼まれていたクロワッサンを忘れるところだった。はい、これ。お代済みだから、お母さんに渡して」
「はい。いつもすみません。お先に失礼します」
 
 僕は店長がいつも、サービスで一つ多くパンをいれてくれていることを知っている。きっとお母さんは気づいていないだろう。

 僕は店の裏に停めていた自転車で家へ向かった。商店街を通り過ぎると大通りにでるが、その大通りを渡り、一歩細い道へ入ると、もうそこは閑静な住宅街である。僕は家の裏にある公園の外周を通るのがとても好きだった。昼間はジョギングをしている人や広場で遊んでいる子供たちがいたりと、割と賑やかな公園も夜は街灯がわずかに灯り、ちょっと危険な感じさえしてしまう。公園を横切るのが近道ルートだが、僕はあえて外周を走る。
 気づくと月明かりの夜だった。
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