第17話

文字数 1,382文字

 大学受験を控えた高校三年生の時のことだった。僕は大手予備校に週二で通っていた。小学生の頃のつらい記憶に蓋をして、夢をかなえるべく受験勉強に専念していた。予備校は他の学校の生徒や浪人生もいるため、とても刺激になり、やる気に繋がった。
 僕は迷わず教育学部のある大学を選んだ。授業内容も無理のないレベルを選択していたので模試の結果も実力相応についてきて受験校選択の自信に繋がっていた。

 ある日、高校の授業を終え、その足で予備校へ向かい、授業が始まるまで一時間ほどあったので自習室へ向かった。学校に図書室があるので、いつもはそこで時間をつぶしてから予備校に行くのだが、校内試験が近いこともあり、あいにくその日は図書室が満席だった。
 だからいつもは現役生があまり利用することがない予備校の自習室を利用したのだ。

 窓際の席から外を見ると満月だった。

(今日は月明かりの夜か……いや、勉強に集中、集中……)

 僕は現役生の選択クラスで、今日の数学の授業はいつものメンバーだと僕も含めて七人。試験日が迫ってきているので、皆、真剣な眼差しで集中していた。授業が半分終わり、休憩中に加藤くんが、
「先生、ちょっと体調がよくないので後半の授業は欠席します。課題は明後日、受付に提出します。失礼します」と退席してしまった。
 いつも一番前列で誰よりも真面目に授業に出席していた加藤くんだけに、この時期の体調不良は気になった。模試の結果はいつもクラストップで、志望大学の合格は確実と噂されていた。

 そんな優秀な加藤くんと僕は意外にもラインを交換していた。

 二ヶ月ほど前の模試での数学の問題がどうしても解けなかった。先生への質問時間があって、予約して順番待ちをしていたとき、ロビーで加藤くんが声をかけてくれたのだ。
「その数学の問題の質問?だったらこんなところで順番待ってるのは時間の無駄だろ。僕でよければ力になるよ。どこが理解できないの?」と。

 最初はみんなと同じで、頭のいいことを鼻にかけてる嫌なやつだと思っていたけど、加藤くんの説明を聞いていたら
「あっ、そうか。わかった。理解できたよ、ありがとう。うん、ここから先は自分で解けそうな気がする。あー、本当に助かった、ありがとう」
「良かった、力になれて。その代わりと言ったらなんだけど……今度、僕の相談にのってくれないかな。学校には相談できる友達がいなくてさ。君なら、いい答えを導き出してくれそうな気がして。じゃ、また今度」
 そのときにライン交換をしたのだ。でも、それっきり加藤くんは僕には何も言ってこなかった。
(悩み事はきっと解決したんだろうな……)
 そんなふうに思って、あの日以来、すっかり忘れていた。
 加藤くんの勉強している背中を見ながら考えていた。そういえば、このところ何かを忘れるために必死に勉強している感じだったな……と思った。受験日が近づいてきて誰もがみなナーバスになってきた感じだから、加藤くんもきっとそうなんだろう……くらいにしか思ってなかったけど、もしかしたら他に理由かあったのかもしれない。大学受験に誰よりも早く準備をしてきた加藤くんみたいな人が、こんか時期にナーバスになるなんて…‥よく考えればおかしい。
 僕は、小学生の頃の思いを二度としたくないと思った。後悔はしたくない。時間は止まってはくれない。すぐに行動しなければーー
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