第7話

文字数 1,514文字

 サトルは僕の部屋のベッドに寄りかかったまま一点を見つめて話し始めた。

「俺んちさ、母子家庭だろ。おばあちゃんが一緒に住んでいるんだけど……最近、お母さんがおばあちゃんにひどい言葉を吐いて、いじめるようになったんだよ。ニュースとかで時々、話題になってる虐待ってやつかな。よくわからないけど……仕事で何かあったのか、それとも俺が悪いのかわからないけど……俺はお母さんが好きだよ。母子家庭で大変なのに育ててくれているわけだから感謝している。家の手伝いだって全然苦じゃないし、男は俺一人なんだからできることはなんでもするさ。だけど最近、おばあちゃんがボケてきたみたいで、お母さんがイライラして、おばあちゃんにあたるようになったんだよ。前から二人のやりとりを見ていてすっごく仲いい親子ではなかったと思うよ。言いたいことは言ってよく喧嘩してたし。でも、おばあちゃんのことは、お母さん以上に大好きなんだよ。俺はよくおばあちゃんに面倒みてもらってたからな。お母さんが仕事で遅い時はいつもおばあちゃんが一緒にいてくれた」
「授業参観もサトルんちはおばあちゃんが来てたもんな」
「うん、俺はちっとも嫌じゃなかったんだ。他の家はお母さんが来てくれていても、家はおばあちゃんが必ず来てくれた。寂しいと思ったことは一度もなかったんだよ。それなのに今は家の中が冷え切ってしまっている。お母さんが手をあげるようになって、おばあちゃんも無口になっちゃったんだ。お金がないことで喧嘩になるなら、自分がいなければまた、仲良しの親子に戻れるのかな……とか考えてたら布団から起きられなくなったんだ。俺はまだ小学生だし相談できる大人もいない。健太ならどうする?」
 サトルの心の中をすべて、さらけ出してほしかったから僕は黙って聞いていた。
 でも今の僕にはとても重すぎて黙って聞くことしかできなかったーーというのが本当のところだ。
「なぁ、サトル…‥おまえが真剣に悩んでいることはよくわかったよ。サトルとは幼稚園も一緒だっただろ?だからよく憶えているよ。おばあちゃんと仲良く手を繋いで帰る姿……とってもよく憶えてる。僕ならこうするとか今すぐには答えは出せないな。今晩一晩、僕に考える時間をくれないか。明日は土曜日で、学校は休みだろ?夕方また、家に来られるか?話し合おうぜ」
「うん、わかった。ありがとう健太……自分の話ばっかりで悪かったな……そういえば、健太はもう大丈夫なのか?学校へは行けるのか?……カイトのことは、みんなそれぞれにショックを受けてるよ。女子もしばらく、メソメソしてたからな。でも一番の親友の健太はショックだったんだろうなってみんな話してる。きっと健太が学校に出てきてくれたら、みんな喜ぶと思うよ。誰よりカイトが一番喜んでくれるんじゃないのかな」
「そうかな……前に進めるかどうか……心と体のバランスが自分でコントロールできない時があるんだ。だから無理しないで、ゆっくりと以前の状態に戻していこうと思ってる。中学校もみんなと同じ学校へ行くことにしたから、これからもずっと友達でいてほしいんだけど……」
「もちろんだよ」
 サトルは少し潤んだ眼差しで健太を見上げた。そして、そのまま部屋の時計に目をうつすと、
「じゃ、そろそろ帰らないと。体調悪くて学校休んだのに、出歩いてるのが見つかるとヤバいもんな。仮病とか思われてもシャクじゃん。じゃ、また明日。ラインするよ」
「じゃあな……おっと、漫画忘れてるぞ」
「おぅ、そうだった。借りていくぜ」
 サトルは少し元気になって帰っていった。

 心の内を吐き出して軽くなったサトルと対照的に僕はズシンと重たい気分をかろうじて気力で支えていた。
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