第22話

文字数 1,178文字

 僕が加藤くんに会えたのは、卒業式を終えて、一週間後、もうすぐ三月が終わる頃だった。
 会う場所に指定されたのは、東京駅にある喫茶店だった。

「田崎くん、こっちこっち」
一番奥の席に、知らない中年の女性と一緒に座っていた。
「おまたせ。久しぶり」
「田崎くん、紹介するよ。俺の母親」
「ジンの母で鈴木ゆう子と申します。ジンが大変お世話になったと聞いております。一言お礼が言いたくて、お邪魔かとは思いましたが参りました。この度は、身内のことでしたのに、本当に親身に相談にのってくださり、ジンの力になってくださって本当にありがとうございました」と一礼すると
「じゃ、先に行ってるね」と加藤くんを残し店を出ていった。

 二人きりになってようやく友達同士の会話ができた。

「おい、どういうことだよ。ちゃんと順序だてて説明してくれよ」と僕は真っ先に聞いた。

「あぁ悪い。ずいぶん前で時間が止まってるよな。えぇっと……あれから田崎くんの忠告通り、俺は母さんと会った時、全てを打ち明けたんだ。そうしたら、母さんは強い眼差しで、実家の広島で一緒に暮らそうと提案してきたんだ。俺はそう言ってくれた母さんの言葉が嬉しくてさ。すぐに田崎くんの顔が浮かんだよ。でも母さんは一つだけ俺に条件をつけてきた。広島の大学へ行けと。それで急きょ、広島大学を第一志望に変えたのさ。俺は大学で経済について学べればどこの大学でもいいと思っていたから、そのことについて迷いはなかった。
 でも実際、短期間にいろんなことを切り替えなければいけなかったから報告が遅れた……というわけ。悪かったな。田崎くんには一番に報告しなければいけないことはわかっていたんだけど、曖昧な途中経過で報告したくはなかったんだよ。ちゃんと人生の方向性が決まってから報告したかったんだ。そしてお礼を言いたかった。本当にありがとう」
 加藤くんは深々と頭を下げた。

 そのあと、時間の許す限り僕らは会話を楽しんだ。お互い別々の学校だったのに別れる頃には
同じ学校を卒業したかのように相手のことを知り尽くしていた。

「このまま広島へ行くよ。引越しも済んでいる」
「段ボール一つ送っただけだろ」
「あー、それがさ、あれから二箱に増えたんだ」
 僕らは大声で笑った。

「じゃあな。もう行かなくちゃ。最後に田崎くん、ずっと友達でいてくれないか?」
「あたりまえだろ。あと、前から言おうと思ってだんだけど、健太でいいよ。落ち着いたら遊びにいくから広島を案内してくれよ」
「そうだな、健太……俺は今日から鈴木仁になる。ジンと呼んでくれよな。絶対に遊びに来てくれよ。じゃあな、またな」
「おう、またな」
 
 そう言うとジンはリュック一つの身軽さで駅の構内に消えた。
(鈴木仁……ジン、幸せにな)

 日曜日の夕暮れ時、桜の花びらが人々の雑踏に舞い上がり二人の別れと出発を祝っているように見えた。
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