第19話

文字数 1,399文字

「実はさ、父さんの会社が倒産してさ。どうやら今月中に家も出ていかなきゃならなくなっちゃってさ。進学どころじゃなくなっちゃったんだ。母さんとは離婚していて、俺は父さんと二人暮らしなんだ」
「そうだったのか。大変なんだな、いろいろ……」
「予備校の授業料は年払いだから影響はないんだけど、受験料や入学金、それに大学の授業料とかかかるだろう。そんな余裕は今の家にはないんだよ。一年前とは状況が違うんだ。前に相談があるって話をしていた時は、父さんの会社もまだ少しは望みがあったんだ。だから、どうしようってかんがえてただ時だった。でも今は、考えてもしょうがないって事態になってしまったのさ。諦めるしかない……という状況にな。だからもう勉強しなくていいんだよ、俺は。勉強する必要がなくなってしまった。それより、家を探して一人で生きていけるように仕事を探さなくちゃいけないんだよ。笑っちゃうよな。あんなに夢中で勉強してたのに、全てが無駄になったんだよ。どうして……その怒りはどこにぶつけたらいいんだよ。教えてくれよ。表面上は何も変わらない自分を演じようと思っていたよ、さっきまでは。でも、モチベーションがあがらないんだよ。頭で考えていることに、心と体がついてこないんだ。体調不良とウソついて消えることしか俺にはできなかった」

加藤くんは、やるせない気持ちを一気に吐き出して夜空を見上げた。僕たちは、しばらくの間黙って星を見ていた。少し冷たい風が吹いた。ちょっとだけ気持ちが落ち着いたようにみえた。

「俺にも夕食を買うくらいのお金はあるんだよ。だから、腹減ったなぁーと思って店をウロウロしてたわけ」
「そうか……加藤くん家の大ピンチってわけだな。お母さんとは会ったりしてないの?」
「うん、月一くらいで会ってるよ。父さんの浮気が原因で離婚したんだけど、母さんは誰とも再婚せずに一人で暮らしているよ」
「加藤くんは、なんでお父さんと暮らしているの?」
「母さんの希望なんだ。母さんは学校を卒業してすぐに父さんと結婚して専業主婦だったから経済力がなかったんだよ。だから、父さんと一緒にいた方が俺の為だと母さんは言って出て行ったんだ。俺はね、本当は母さんについていきたかったんだ。父さんとなんか、ほとんど会話もなかったからね。だけど、母さんに説得されて今の家に残ったんだよ」
「そうか……なら、お母さんに一度、相談してみるのもありなんじゃないのか?」
「うん、それも考えたさ。だけど、生活が軌道にのったら俺を迎えにきてくれると約束して家を出て行ったわけで、俺の都合で母さんに迷惑をかけるのは違うと思うんだよね。父さんは、お前につらい思いをさせることにはなるが、もう大人なんだから、これからの人生は自分の力で生きていけと、そう言われたよ。母さんのところへ行くならそれでもいいと言ってた。だから今、迷っている。どうしたらいいのかと。自分はどうすべきなのかと……」
「そうか……難しい問題だな。今の僕にはすぐにうまい考えが浮かばないけど、自分事として考えてみるよ。少し時間をくれないか。僕の答えがでたら連絡するよ。一人じゃないぞ。加藤くんは一人じゃない。今日は会えて良かったよ。じゃ、そろそろ帰るよ。悪かったな、食事の時間を邪魔したみたいで。またな」
「おう。本当は俺に会いに来てくれたんだよな、ありがとう。田崎ってそういう奴だよな。じゃあな」

 
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