第1話

文字数 1,206文字

 ある日突然、僕の前からカイトが消えた。
八階の自宅マンションから飛び降りたのだ。
 僕の時間はあの日で止まっている。何度、夜が通り過ぎても気づくと僕は自転車を必死でこいでいる。

(カイト、待ってろよ)

 体が熱くなり叫びながら目が覚める。
 何度も同じ夢をみる。

 そして僕はひきこもりになった。

 あの日は、水曜日で六時間目が体育だった。
体が疲れているうえに、着替えてすぐカイトと僕は駅ビルの進学塾へ向かう……というスケジュールだった。

 クラスで中学受験するのは、カイトと僕の二人だけだった。五年生の時と同じメンバーで六年生になり、それまではあまり話したことがなかったが、二人だけの受験組ということで六年生になって仲が急接近したのだ。

 カイトは絵が上手だった。窓際の一番後ろの席で時々、一人静かに外の風景をデッサンしていた。時にはクラスメートの似顔絵を描いたりしていたことも僕は知っている。
 僕と違って賑やかなタイプではなく、教室ではいつも物静かで女子からもクールでカッコいいと、そこそこ人気があったと思う。

「健太が受験?ウソでしょ?カイトくんが受験はわかるけどねぇ」とクラスの女子から驚かれたことで、その人気度は証明された。
「どーせ、僕は柄にもないよ。頭もそれほど良くないしさ。でも、努力と根性は半端ないぞ。今のうちに仲良くしておけよー。将来、えらくなるからな」なんて強がることがその時の僕にできる精一杯の抵抗だった。

 確かにカイトは勉強はできるし、真面目な生徒だった。
 だからあの日、塾へ向かって自転車をこいでいたその時、カイトからの着信に
(何かあったのかな……)とすぐに自転車をとめて電話にでた。
「おう、カイト。どうした?塾、始まるぞ」
(健太、オレ今日、塾休むよ。先生に体調不良って言っといて)
「あぁ、そんなことはいいけど、大丈夫か?さっきまで元気そうだったじゃないか」
(……健太、今までありかとう。オレ、もうだめだ……)
プープー……
 カイトからの電話は途中で切れた。まだ、十一歳だったけど、僕にも非常事態だということはわかった。
 もう塾の看板が目の前に見えていたが、僕はUターンした。そしてすぐにカイトの家に向かった。
 必死に自転車をこいだ。
 全身の力を振り絞ってペダルをこいだ。

 でも間に合わなかった。

 エントランスで部屋番号を押したが応答はなかった。そして、マンションの裏から女性の悲鳴が聞こえ、僕が通報者となった。

 僕はたった一人の親友を何の予言もなく失った。

 カイトの死は僕に大きな心のダメージを与えた。のちにお父さんから聞いた話だと、両親の期待の大きさと言葉による重圧に耐えられなかった……ということらしい。
(何でだよ。僕に相談してくれたら良かったじゃないか……僕だって同じようなもんだよ。一緒に乗り越えていこう……生きていこう……って言ってやれた気がするんだ)
 
 そう、こんなちっぽけな僕でも……
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