第2話

文字数 1,150文字

 僕の家族は、両親は公務員で、僕には歳の離れた姉が一人いる。高校三年生の姉は、自分の進路で頭がいっぱいのようで僕のひきこもりに興味はない。姉は、
「時間が解決してくれるわよ。今はそっとしておいてあげたら」とかなり寛大なことを両親に言っている。まぁ確かに、小学生だし、中学までは義務教育だし、さらにいえば受験なんかわざわざしなくても特に問題はないのだ。
 両親も、
「今は辛いだろうが、カイトくんの分もおまえは生きていかなければならない。気持ちが落ち着いたらまた、学校へ行けばいい」と言ってくれている。
 家族の対応が僕にはとても嬉しかった。

 僕は一人になって考えた。

 もし僕がカイトの家の子だったら……
 もしカイトみたいに一人っ子だったら……
 もしカイトみたいに絵が上手だったら……
 もしカイトみたいにクールだったら……
 もし……

 どんなカイトを思い浮かべても僕の心が晴れることはなかった。

 外の情報は携帯のニュースと、毎日更新される友達からの学校の様子だった。先生も友達もみんな僕のことを心配してくれている。

 いったい僕はどうしたらいいんだ……

 えらい人になりたい……なんて漠然とした人生の目標は、とても今の僕には支えになりようもない。なんてつまらない人生の目標なんだ。能天気な僕がとことん嫌な人間に思えて仕方なかった。

 そんなひきこもりの日々に僕自身が疲れていたある夜。

 窓の外を見ると月明かりで街が夕方のように明るくはっきりと浮かび上がって僕には見えた。
 時計を確認すると夜の十一時を少しまわったところ。こんな時間に外を歩いたことはないが、ふと、今ならこの部屋から出られる気がした。家の外に出るのは何ヶ月ぶりだろうか……

 家の中は寝静まっている。両親に気づかれないように気配を消して僕は外へ出た。
 懐中電灯もいらない夜だ。
(こんなに明るい夜があるなんて……)
 僕はわくわくした気持ちを久しぶりに感じた。
(ちょっと一周するくらいなら大丈夫だろう)と鍵をかけずに家を出た。

 初めは恐る恐る身を隠すように歩いた。
 少しすると気持ちが大きくなり、気がつくと軽いジョギングほどの速さで走っていた。

(なんて気持ちのいい夜なんだ)

 額にうっすらと汗をかいていた。

(僕は生きている……)

 心臓の音が真夜中に響いた。誰かに聞かれているのではないか……とドキドキしている胸を押さえた。強く押さえてもすぐに音は消えなかった。

(僕は生きている。僕は生きなければ……)

 僕は家の裏の公園で水を飲み誰もいないベンチに座った。僕自身の鼓動を味わいながら、夜空を見上げた。
 すると、誰もいないはずの公園に人影を見た気がした。何ヶ月もひきこもっていても五感は衰えないらしい。
(確かに何か動いた)

 僕は恐る恐るその影の方へ歩いていった。
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