第13話

文字数 7,100文字


 ※

 早朝、シエナは本宅の客間を足早に出て行く部下たちを目にした。訝しく思いながら客間を訪れる。夫は一人、長椅子に座っていた。
「シエナ、おいで」
 夫に呼ばれ、シエナは体を硬くした。覗いていると思われただろうか。出て行かなければ変に思われる。
 今は会いたくなかった。理性を失い、裸のまま夫に抱きついた己を恥じていた。
「シエナ」
 再び呼ばれ、シエナは客間に足を踏み入れた。
「皆さん、来られていたのですね。お茶も出さず、申し訳ありません」
 夫は長椅子に深く腰かけシエナを見ている。夫の金にも見える茶色の目が優しげに瞬いていた。
「おいで」
 夫が手を伸ばす。
 シエナはおずおずと夫の手を取る。
 夫がシエナを抱き寄せる。ニカブを外し、露わになったシエナの頬に、唇に口づけをする。
 夫は蕩けるように笑った。
「時は来た。間もなく私はここを発つ。シエナも身支度をしなさい。ここに長くいては危険だ」
 シエナはぎゅっと心臓が縮んだように息苦しくなった。
「……夜中、ウェインさんが、銃を持って、部屋に入ってきました。それと関係があるのですか」
 夫は悪びれもせず頷いた。
「ウェインに口止めしようと思ったがその前に逃げられた。ウェインが敵に私たちの計画を漏らす恐れがある。ラマダンを待たず計画を実行することにした。シエナも早くここを離れなさい」
 夫の言い方が引っかかった。
「私も、連れて行ってくれるのですよね」
 夫はきっぱりと言った。
「計画に必要なのは私と腹心の五人。他は要らない。シエナは故郷へ帰るなり、難民に紛れるなり自由にしなさい」
 夫の涼しい顔に言葉を失い、涙が溢れる。
「……な、ぜ。私は、私はあなたの妻です。私も連れて行って下さい。……あなたが、いなければ……わたしは……っ……」
 夫の態度は変わらない。
「……わたし、一人で、どこへ、行けとっ……」
 嗚咽が言葉を遮る。シエナは深く頭を垂れ、口を手で覆った。
 ――……置いて行くなら、なぜ私を傍に置いたのですか……。
 私を妻にと望んだのは、美しいと言ったのは、抱いたのはサイード、あなたではないですか。現世へ連れ戻したのも、人を殺す術を教えたのも、復讐を植えつけたのも、全てあなたではないですか。
 シエナは夫の手を両の手で握りしめ、泣いた。
「シエナ、これはずっと前から決めていたことだ」
 シエナは何度も首を横に振った。
 夫が居場所だった。希望だった。全てだった。それが消えてしまう。遠くへ行ってしまう。
 シエナは夫の手を握り、すすり泣いた。夫が優しく手を重ね、しかし強引に手をほどく。
「シエナ。西北西の空を見ていてごらん。私が君に見せたかったものが現れる。『世界が割れる瞬間』だ。シエナ、君は新しい世界を目にするんだ」
 シエナは首を横に振った。
 ――……そんなもの見たくない。傍にいてくれるだけで……。
 衣ずれの音がし、気配が遠ざかる。
「サイードッ」
 シエナは顔を上げた。
 夫は消えていた。

 夫がいなくなって二日目の朝を迎えた。
 シエナは箒で庭を履く。夫と暮らした家をきれいに保ちたかった。
 昨日、幹部の妻たちが家を訪ねてきた。
「シエナさま、ここは危険です。我が夫は『一刻も早くここを立ち去るように』と言い置き出て行きました。シエナさまも一緒に行きましょう。荷造りを手伝います」
 幹部を夫に持つ女性は幼な子を連れていた。
 気丈な女性だ。不安な表情一つ見せず、声もよく通る。泣いて夫の名を叫んだ己が浅ましい。
「私は、残ります。あなた方はどうか生き延びて下さい」
 ここを去れば夫との繋がりが完全に断たれてしまう。
 シエナには帰る場所も、頼る身内もなかった。ここに居れば、もしかしたら目的を遂げた夫が帰ってくるかもしれない。一縷の望みにすがりたかった。
「シエナさま、下位の者がいつ反乱を起こすやもしれません。ここは危険です。逃げましょう」
 シエナは頑なに首を振った。
「シエナさま」
 幹部の妻はそれ以上言わなかった。表情は見えなかったが、声に戸惑いと非難の響きが混ざっていた。
 シエナは去って行く妻たちの後ろ姿を見送った。
 シエナは独りになった。
 夫にとって自分はなんだったのか。
「愛している」と、「美しい」と何度囁かれたことか。疑いながらも、安らいだ。
 男たちに汚され、顔を焼かれ、子どもが産めなくなった自分を受け入れてくれる人がいる。どれほど救われたことだろう。
 箒で集めた砂が風に散っていく。
 積み重ねた時間が、募る夫への想いが消えていくようで、虚しさが増した。
 西北西の空を見上げる。
 夫はこの空の向こうにいる、夢を実現するために。
 世界が割れる瞬間など見たくない。人が死ぬのも、家が焼けるのも、男たちが殺し合う姿も見たくはなかった。
 夫が選んだ道だから、夫に付き従うのが妻の務めだから、何も言わなかった。本当は夫の傍にいて心静かに暮らせればそれでよかった。
 遠くの空に黒い煙が立ち昇る。数か所から煙があがり、空が煙っていた。風と共に砂塵が吹き抜け不吉な臭いを運んでくる。
 胸がざわついた。
 照りつける太陽は色あせ、足裏に感じる砂の熱がひいていく。雲が流れ、強風にあおられ砂が動く。
 煙る大地の向こうから黒いモノが見えた。小さな点に見えたそれは数を増やし、砂を撒き散らし、真っ直ぐこちらに走ってくる、――車だった。
 顔面に杭を打ちつけられたような激痛が走り、一瞬視界が暗くなる。
 ズキズキと火傷の痕が疼く。
 ――……くる……。
 シエナはふらつく足で家へ戻り、台所に隠してあった自殺用の銃を服の下に忍ばせた。
 家の前で車のエンジン音ががなり立てる。
「中にいる者は出てこい。今すぐだっ」
 男の怒声に心臓が止まりかけた。
 胸を押さえ深呼吸を試みる。手が、体が震え、己を抱きしめる。涙が浮いた。
 ――……私は、サイードの妻。無様な姿は見せられない。
 己に言い聞かせ、震える膝で庭に出た。

 覆面の男たちが銃を手に本宅の玄関の前に集まっていた。
 シエナを認め、肩を怒らせ大股で近づいてくる。目は血走り、殺気立っている。
 指導者サイードの妻が怖がっているとは思われたくない。幹部の妻たちのように誇り高くありたい。
 シエナは背筋を伸ばし、男たちを見返した。
 首謀者と思わしき男がシエナの前に立ちはだかり、ぎらつく目でシエナを見下ろす。
 男に見覚えはなかった。
 夫は腹心以外の者とはほとんど口を利かず、居宅を訪れる者も限られていた。夫は腹心以下、組織に属する全員に常に顔を隠すことを義務づけた。指導者である夫の前でも覆面を被らせる徹底ぶりだった。
 シエナは腹心と一握りの人間しか知らない。顔形は見たことがなく、夫以外の男性を直視することも憚られ、声と雰囲気で判断していた。
 目の前の男は声や体つき、雰囲気にも覚えがなかった。夫と一度も対面したことのない下位の者と思われた。
「サイードの妻、シエナか」
「はい」
 シエナは男の目を見上げ、はっきりと答えた。醜態はさらしたくない、精いっぱいの強がりだった。
「サイードはどこだ」
 男はすごんだ。シエナは男の目を見て答えた。
「知りません」
 男はシエナを突き飛ばし外壁に発砲した。
 他の男たちも倣うように家中の壁に銃を乱射する。白い壁に無数の穴が開き、窓ガラスが割れる。
 シエナは短い悲鳴をあげた。
 男たちは玄関口に火炎瓶を投げつけた。
 瞬時に人の背丈ほどの火が起こり、壁を昇り、屋根に達する。熱風と炎が家屋を包む。
「なにをするのですかっ。ここはサイードの居宅ですよっ」
 シエナは叫んでいた。
「あなたたちはサイードの部下でしょう。裏切るつもりですかっ」
「裏切ったのはどっちだっ」
 首謀者の男が怒鳴る。
「俺たちに一言もなく姿を消した。幹部連中も姿をくらまし、奴らの家族はどこかに逃げた。俺にも妻や子どもがいる。指導者を失った俺たちが家族を連れてどこに行けと言うんだ。見つかれば警察や政府軍に殺される。妻も子どもも捕まる。サイードは何年も仕えてきた俺たちをゴミくずのように捨てて行きやがったんだっ」
 男はシエナのニカブをはぎ取った。
「止めてっ、返してっ」
 髪が風にあおられ、頬に火の粉が当たる。
 ――いやっ、見られたくない。
 シエナはとっさに両手で顔を隠し、地面にうずくまる。
「ニカブは美しいものを隠すためにある。お前には必要ない。その醜い顔じゃあな」
 男はニカブを地面に叩きつけ執拗に踏みにじる。
 顔を覆う手の中で両の目から熱いものが溢れる。
「部下も、部下の家族も信じるな」
 シエナが妻になったばかりの頃、夫が諭した。
「彼らが私に従っているのは忠誠心からではない。信仰心からでもない。己の欲求を、満たされぬ望みを形にしてくれそうだという期待から従うふりをしているだけだ。期待が裏切られた時、怒りと憎しみにとってかわる」
「ならば、何を信じればいいのですか」
 シエナは問うた。
「何も信じるな。誰も、神もだ」
 夫はさらりと言ってのけた。
 家族も尊厳も奪われた。他者を信じるつもりはなく、親交を深めたいとも思わなかった。夫の忠告はたやすいものに思えた。……けれど、今、夫の予言は現実のものとなっていた。
 男たちの前でニカブをはぎ取られ、顔をさらし、侮辱される。
 このような屈辱をなぜ受けねばならないのか。なぜそっとしておいてくれないのか。なぜこの者たちは自分を苦しめるのか、――あの男たちと同じに。
 父の首を斬り、母の胸を撃ち、幼い弟を打ち捨てた。家を焼き、家財を奪い、家畜を食い尽くした。凌辱し、顔を焼き、この体に病を植えつけた。純潔を奪い、容貌を奪い、自分とサイードに繋がる新しい命までも絶った。
 この身さえ、魂すら焼き尽くすモノをいつまで閉じ込めねばならぬのか。この庇うに値しないニンゲンを、腐りきったクニを、力なき者を見捨てたセカイをいつまでのさばらせておくのか。
 顔を覆う手が震える。眉間に力を入れ、目を見開き、手の平の一点を睨みつける。男たちの気配に全神経を研ぎ澄ました。
「立てっ」
 男は乱暴にシエナを引き立たせる。
「サイードが犯した罪はお前に償ってもらう」
 サイードと暮らした家が猛火に包まれ、焼けたニカブが空へ舞い上がる。
 シエナは男たちに銃を突きつけられ、トラックの荷台に押し込まれた。

 焦げた臭いが鼻をかすめる。
 膝を抱えうずくまっていたシエナは顔を上げた。
 砂煙に混じり灰が舞う。
 遠くの空に細く昇っていた煙が目前に迫り、天高くそびえていた。
 太陽がざらついた土壁のように白化し、黒い雲に覆われる。輝く空を駆ける風は黒く濁り、白い大地に灰が降り積もる。
 シエナは膝立ちになり、鮮やかな色彩を放っていた世界が暗闇に閉ざされるさまを凝視した。
 どす黒い煙が巨大な蛇のように太い胴体をくねらせ暗黒の空へ昇っていく。あちら、こちらで巨大な蛇が体をくねらせ黒い灰を撒き、火を噴き、低く立ち込める黒い空へ昇っていく。
 風のうなりに混じり悲鳴が聞こえる。
 鼻が麻痺するほどの異臭に袖で口と鼻を覆い、煙の向こうに目を凝らす。
 火に包まれた家々が陽炎のように揺れている。
 家並みに見覚えがある。
 夫サイードが支配していた村だった。

 車は村の入り口を示す大きな石を横ぎる。
 巨人が踏み潰したかのようにぺちゃんこになった家屋、巨大な爪でもがれたように壁が無くなった建物。あちらこちらで黒い煙があがり、炎が立つ。
 瓦礫が道を塞ぎ、車が停まる。シエナは荷台から引きずり降ろされた。
 道端に横たわる人の体が大量の灰を被り、袖から覗く腕が焼けただれていた。
 夫が治めていた村が変わり果てていた。
「…………ひどい……」
 袖で覆った口で呆然と呟く。
「サイードもやっていたことだ。亭主は優しいとでも思ったのか。外面は良くてもやっていることは悪魔そのものだ。見ろ、これがお前の亭主、サイードに命令されてやってきたことだ。サイードはこうやって用ずみになった仲間を俺たちに殺させたんだ」
 シエナはぎゅっと目を閉じ、大きく息を吸った。
 この男は嘘つきだ、と憤る一方で、やはりそうかと納得した。
 甘い言葉を囁き、優しく髪を撫でてくれた。火傷の痕に口づけをし抱いてくれた。夫は妻である自分に過分な愛情を注いでくれた。……けれど…………。
 人を殺す術を、復讐を植えつけたのはサイードだ。失敗した部下を、血族までも罰していたのはサイードだ。目障りな者を、敵を一人残らず殺したのもサイードだった。
 妻でありながら夫を止めようとせず、霞のような希望にすがり真実から目を逸らしてきた。
 ――……私は、その報いを受けている。
 震える唇から吐息が漏れる。
「歩け。お前の死に場所を用意してある」
 シエナは銃で背中を突かれた。
 焼けた納屋からヤギの頭が見えた。顔が半分焼けただれ、薄く開けた目の縁が光っている。
 ヤギの骸が己の死と重なった。

 黒い煙が垂れこめ、砂に混じり灰が降る。吹き荒れる風が髪をなぶり、頬を打つ。粉のような灰が目に張りつき、鼻腔を通り喉の奥にはりつく。シエナは袖で鼻と口を押さえ、小さく咳をした。
 覆面をした男たちは煙の中を突き進む。睫毛に灰が積もり、目は血走り、背中を丸め黙々と歩くさまは獣じみていた。
 一歩進む度に地面に積もった灰が舞い上がる。
 恐れはない。悲しいとも辛いとも思わない。この先に訪れる結末を甘んじて受け入れるつもりだった。
 ムスリム革命団の指導者サイードの妻として潔く死にたい。
 それが夫への恭順であり、精いっぱいのプライドだった。
「あれがお前の墓場だ」
 男に突き飛ばされシエナは転倒した。地面に両手を付き、舞い上がった灰をまともに浴びる。同時、おぞましい臭いが鼻腔を通り体内へ流れ込んだ。
 ヤギではなく、鳥ではなく、羊とも牛とも違う肉が焦げる臭い。爪の先、皮膚の一片、髪の一本に至るまで滲みつき、血を凍りつかせる、――死臭。
 顔面に楔を打ち込まれたような激痛が走り、傷痕がぎちぎちと引き攣る。
 鋭い悲鳴を上げ、シエナは地面に伏した。火傷の痕を庇う手にべっとりと血がつく。鼻筋を通り、赤い滴が黒い灰に滲みこむ。
 額が割れていた。
 体が震える。汗が噴き出す。傷痕が引き攣る。己を形作る全てのものが告げていた。
 コノニオイヲ シッテイル
 シエナは震える腕を突っ張り、強張る首を軋ませ、視線をあげる。
 オレンジ色の炎が燃え盛り、黒い噴煙が空を塗り潰す。輝く炎は直径三十メートルほどの穴から噴きあがっていた。重油を滲みこませたように黒い穴は、地響きをあげ炎を巻き上げる。
 本能は拒絶するのに、体は、心は、魂は烈しく燃える炎へと吸い寄せられる。
 シエナは腕を前に出し、膝を送り、炎を噴く穴へにじり寄る。
 焦げた穴の縁に強張る指をかけ、上体を大きく傾け、軋む首を伸ばし、炎が噴き出す穴を覗いた。
 大きいもの、小さいもの、折れ曲がったもの、骨ばったもの、曲線があるもの、頭だけのもの……、無数の体がくべられていた。折り重なり、積み上げられ、押し込められ、底に近いモノは原形を留めていない。どれも、服は燃え落ち、眉毛も髪も髭も判別できないほど黒くなり、性別もはっきりしない。
 一つの死体に目がいく。
 折り重なる死体の山に無造作に投げ出された遺体。焦げて黒くなり、けれど、はっきりと人の形を留めている。
 二つの淡いふくらみ、細い腰、軽く開いた両脚。服も髪も顔も炭化し、黒い人形のようだった。
 人形は仰向けで横たわり、口を半分開けていた。天に向かって慟哭するように。
 ――……あれ、は……。
 シエナは穴の縁を強く握り、大きく身を乗り出し、精いっぱい手を伸ばす、黒い人形に向かって。
 噴きあがる炎が顔を炙り、髪を燃やす。肉と脂が焦げる煙に燻されながら懸命に手を伸ばした。あの黒いヒトガタを、少女を救いたかった。
 アレハ ワタシ。
 オカサレ ヤカレ ウチステラレタ ワタシジシン。
 炎が目を炙り、瞼を焼く。熱さは気にならなかった。あの時の痛みに比べれば、あの少女の苦しみに比べれば。
 巻きあがる炎の中へ頭を突っ込み、少女へと手を伸ばす。
 バンッ。
 火が爆ぜ、顔面に直撃する。ドンッとシエナは後ろに倒れた。真っ黒な煙が噴きあがり、炎がとぐろを巻き、再びバンッと弾け、火花が散った。
 シエナは慌てて上体を起こし、穴ににじり寄る。
 少女の顔は陥没し、二つのふくらみはボロボロと崩れていく。肩から先が無くなり、わずかに開いた両脚は太腿から下が消失していた。千切られたように。
 猛火と熱風に煽られ、少女の身体は見る間に輪郭を失い、大量の灰となって空へ舞い上がる。
 焼けた灰はシエナの髪を焦がしながら降り注ぎ、おぞましい臭いを振り撒き、黒い大地を覆っていく。
 ドンッ。衝撃が体を貫いた。
 シエナは己の身体をかき抱き、ガチガチと鳴る歯をきつく噛む。両の目からボタボタと涙が流れた。
 体の奥底に閉じ込めていた黒いしこりに亀裂が入る。こびりつき、固まり、腐臭を放っていたモノがどろどろと溶け出し、腹を破り、胸を膨らませ、喉を裂き、体外へと飛び出す。
「あああああああああああああああああーーーーっ」
 シエナは絶叫した。
 鼓膜が震え、空気が振動する。眼球が張りつめ、こめかみが皮膚を突き破らんばかり脈打ち、傷痕が血を流す。
 頭が割れ、首が攣り、喉が裂ける。血を吐き、滂沱の涙を流す。
 シエナは全身を震わせ叫んだ。
 叫びは獣の咆哮と化し、大気を震わせる。
 シエナは服の下に隠していた銃を構え男たちに向かっていった。
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