第12話 相手の行動予測
文字数 2,739文字
必殺技を得た私は、剣豪になったような気分だ。……誰でも持ってる必殺技だけど。
「今回の流れを見ると、その先生も次の一手が見えてないみたいね」と天野さん。
「じゃ、どうなるの?」
「だから、彼としては考えられ得るパターンを探してくるだろう。……それをこちらも探してみればいい」
「そんなん当たるの?」と聞いたら、
「相手も人間や、考えることは大して変わらん。だから、そこそこ当たる」と。
で、次のようなパターンを考えてくれた。それぞれのパターンの組み合わせもあり得るそうだ。ちょっと見、大したアイデアはなかった。
1.方法が見つかるまでは、動かない。
――相手としても、動かなくても悪くならないから、時間的余裕はある。
2.色々な理由を付けて、軽い接触をコツコツと続ける。
--交際してくれとは言わない。
3.玉砕覚悟で、軽いデート(音楽会みたいなもの)に誘う。
――これは自信がないとできないだろう。
4.思い切って、話し合いを求めてきて、玉砕する。
――可哀相なパターンだけど、早く終わりそう。
5.話し合いは難しいから、手紙を書いて思いの丈を伝える。
――彼の場合は決してラブレターにしない微妙な表現になるだろう。
6.何か贈り物をする
――花束やプレゼントなど
――花束なら学校では難しいけど、誕生日が近いとありかも?
7.イベントとか勉強会とか、とにかく接触場面を積極的に作る。
--こまめに行動することになるが、効果は最も期待できる。
8.誰かを利用して、仕事の関係で二人で出張することを企画するかもしれない。
――無理でしょ。
9.諦める。
――これが理想のパターンだけど、それくらいなら初めから行動しないはず。
「3・4ができるくらいなら、とっくにしてるはず。7は、共通事例があるのか分からないけど、本当はこれがベストの選択だと思う。僕なら、これを考えるね。会う回数をたくさん確保できるだろうからね。これの可能性は僕には分からないけど、いずれにせよ、このパターンは流れに身を任せざるを得ないから、今は対策の対象外としよう。9は、まあないだろう」
と天野さん。
可能性が高いのは、1・2・5・6・7・8の、5つだそうな。
え~? たくさんあり過ぎじゃない?
まあ、1と2は今までどおりよね。
6は誕生日を知らないはずだから取り敢えず外す。
8は、専門分野が違うから、確率はほとんどないと思う。
本命は、5と7。
7は、天野さんには仕事のことが分からないから、自分で考えろと言われた。
「というわけで、今ここで、僕らが予想できるのは「5」の手紙だね。手紙等によるアプローチに備えておけばいい」
なるほど!
なんだか分からないけど、列挙して消去法で導きだされると、それらしく思えてくる。
「それで、どんな手紙がくるの?」と聞いてみた。
「あのなぁ! その先生と会ったこともないのに、文面まで予想できたら、僕は超能力者やで!」
「確かに! でも、そこを何とか!」
「こんなところで粘ってくるなんて、お前は鬼か?」
「鬼じゃなくて、詩織ちゃんです」
「ちゃんは要らん。そんな可愛いもんじゃないがな」
「じゃ、詩織って呼んでもいいから」
「詩織って呼んだら、ええことあるんか?」
「にっこり笑ってあげる」
「要らん!」
仕方なさそうに、文面の予想を、例に依って理論的に説明してくれた。
「あのな、ラブレターにはならないと言ったのは、根拠がある」
「天野さんて、何にでも、根拠を作るのねぇ」
「あのなぁ、根拠を作ってるわけじゃないよ。想像すれば簡単に分かることだから、それを根拠として行動の予測をする。だから、先に根拠があるのよ。別に結論を先に出して、それに無理やり屁理屈を付けているのじゃない」
「はい。私の言い方が悪かったわ。……ごめんなさい」
とすぐに謝った。天野さんが先に結論を言ってから、あとで理由を説明してくれると言うので、つい、勘違いをしてしまったのだ。明らかに私が悪い。学生たちにも、いつも結論を先に言えと言ってるのに、その私が大失敗。――根拠は、自己保身傾向。
「最初の回答を求めない告白、自分が行かないチケット。これらは、自分の立場を守るパターンだ。ラブレターは、それ自体が証拠となるリスクがある。だから、今までの慎重な動きをした彼としては、安易にラブレターは書かない。この自己保身の傾向があることが根拠だ」
「じゃ、どういう手紙なのよ」
私は考えることなく、安易に天野さんに答えを求める。
「まず、初めて告白したときのセリフの言い訳をする。言い訳をしなくても、結果として自分を正当化する表現。あるいは、一切触れない」
「なるほど」
「つまり、告白に関する説明としては、『意図したものが交際を求めたものではなく、単に自分の気持ちを伝えただけ』だと」
「ふんふん」
「次は、自分の要望を伝える」
「え? 怖いわ!」
「怖くはないと思うよ。交際して欲しいとは言わないだろうから。たまにお茶とかお話できたらいいと、あくまで清く正しく美しく希望する」
「断りにくいように言うのね。でも、お茶でも交際の内に入るかも知れないよ」
「具体的な関係ではなく、すれ違ったときに会釈する程度でもいい、とか。要するに、自分の気持ちを分かってもらえたら、それだけで幸せなんだと」
「特定の人と、お茶とかお食事なんて、噂になる」
と、私はやっぱり拒否感が強い。
「それと、自己防御意識が強いようだから、どちらの名前――自分と貴方とね――も書かないかも知れない。もしも手紙が他人に読まれたら困るから」
「それはそうだけど、無記名って気持ち悪くない?」
「だから、直接手渡しする。――竹の先に付けて渡すとか」
「どんな時代の話よ」
天野さんは、会話の途中に、時々こうやって意表を突くようなお遊びの言葉を挿入する。これって、わざわざ笑いを取ろうとしているのかしら?
「直接渡したら、受取拒否はしにくいだろうね」
「えー?! やっかいな奴!」
「書類用の茶封筒の中なんかに、封をした手紙を入れて渡す。『なんですか?』と不審そうに尋ねると『○○に関する簡単な資料です』と応える。実際、○○の資料が入っている」
「天野さん、経験あるの? やけに具体的だけど」
と思わず言ってしまった。
「お前なぁ! 鬼みたいに無理矢理、根掘り葉掘り聞いて説明させておいて、そりゃねぇじゃろ! ワシは口説かれるばかりで、口説いた経験はほとんどないんじゃ」
「ごめんなさい! モテ男だったのね? おみそれしました!」
「わかりゃええ、詩織!」
え? え? あ、呼び捨てされたら、にこりとするんだったっけ!
《にこりっ》と返したら、「要らんな」だって。もう!
「今回の流れを見ると、その先生も次の一手が見えてないみたいね」と天野さん。
「じゃ、どうなるの?」
「だから、彼としては考えられ得るパターンを探してくるだろう。……それをこちらも探してみればいい」
「そんなん当たるの?」と聞いたら、
「相手も人間や、考えることは大して変わらん。だから、そこそこ当たる」と。
で、次のようなパターンを考えてくれた。それぞれのパターンの組み合わせもあり得るそうだ。ちょっと見、大したアイデアはなかった。
1.方法が見つかるまでは、動かない。
――相手としても、動かなくても悪くならないから、時間的余裕はある。
2.色々な理由を付けて、軽い接触をコツコツと続ける。
--交際してくれとは言わない。
3.玉砕覚悟で、軽いデート(音楽会みたいなもの)に誘う。
――これは自信がないとできないだろう。
4.思い切って、話し合いを求めてきて、玉砕する。
――可哀相なパターンだけど、早く終わりそう。
5.話し合いは難しいから、手紙を書いて思いの丈を伝える。
――彼の場合は決してラブレターにしない微妙な表現になるだろう。
6.何か贈り物をする
――花束やプレゼントなど
――花束なら学校では難しいけど、誕生日が近いとありかも?
7.イベントとか勉強会とか、とにかく接触場面を積極的に作る。
--こまめに行動することになるが、効果は最も期待できる。
8.誰かを利用して、仕事の関係で二人で出張することを企画するかもしれない。
――無理でしょ。
9.諦める。
――これが理想のパターンだけど、それくらいなら初めから行動しないはず。
「3・4ができるくらいなら、とっくにしてるはず。7は、共通事例があるのか分からないけど、本当はこれがベストの選択だと思う。僕なら、これを考えるね。会う回数をたくさん確保できるだろうからね。これの可能性は僕には分からないけど、いずれにせよ、このパターンは流れに身を任せざるを得ないから、今は対策の対象外としよう。9は、まあないだろう」
と天野さん。
可能性が高いのは、1・2・5・6・7・8の、5つだそうな。
え~? たくさんあり過ぎじゃない?
まあ、1と2は今までどおりよね。
6は誕生日を知らないはずだから取り敢えず外す。
8は、専門分野が違うから、確率はほとんどないと思う。
本命は、5と7。
7は、天野さんには仕事のことが分からないから、自分で考えろと言われた。
「というわけで、今ここで、僕らが予想できるのは「5」の手紙だね。手紙等によるアプローチに備えておけばいい」
なるほど!
なんだか分からないけど、列挙して消去法で導きだされると、それらしく思えてくる。
「それで、どんな手紙がくるの?」と聞いてみた。
「あのなぁ! その先生と会ったこともないのに、文面まで予想できたら、僕は超能力者やで!」
「確かに! でも、そこを何とか!」
「こんなところで粘ってくるなんて、お前は鬼か?」
「鬼じゃなくて、詩織ちゃんです」
「ちゃんは要らん。そんな可愛いもんじゃないがな」
「じゃ、詩織って呼んでもいいから」
「詩織って呼んだら、ええことあるんか?」
「にっこり笑ってあげる」
「要らん!」
仕方なさそうに、文面の予想を、例に依って理論的に説明してくれた。
「あのな、ラブレターにはならないと言ったのは、根拠がある」
「天野さんて、何にでも、根拠を作るのねぇ」
「あのなぁ、根拠を作ってるわけじゃないよ。想像すれば簡単に分かることだから、それを根拠として行動の予測をする。だから、先に根拠があるのよ。別に結論を先に出して、それに無理やり屁理屈を付けているのじゃない」
「はい。私の言い方が悪かったわ。……ごめんなさい」
とすぐに謝った。天野さんが先に結論を言ってから、あとで理由を説明してくれると言うので、つい、勘違いをしてしまったのだ。明らかに私が悪い。学生たちにも、いつも結論を先に言えと言ってるのに、その私が大失敗。――根拠は、自己保身傾向。
「最初の回答を求めない告白、自分が行かないチケット。これらは、自分の立場を守るパターンだ。ラブレターは、それ自体が証拠となるリスクがある。だから、今までの慎重な動きをした彼としては、安易にラブレターは書かない。この自己保身の傾向があることが根拠だ」
「じゃ、どういう手紙なのよ」
私は考えることなく、安易に天野さんに答えを求める。
「まず、初めて告白したときのセリフの言い訳をする。言い訳をしなくても、結果として自分を正当化する表現。あるいは、一切触れない」
「なるほど」
「つまり、告白に関する説明としては、『意図したものが交際を求めたものではなく、単に自分の気持ちを伝えただけ』だと」
「ふんふん」
「次は、自分の要望を伝える」
「え? 怖いわ!」
「怖くはないと思うよ。交際して欲しいとは言わないだろうから。たまにお茶とかお話できたらいいと、あくまで清く正しく美しく希望する」
「断りにくいように言うのね。でも、お茶でも交際の内に入るかも知れないよ」
「具体的な関係ではなく、すれ違ったときに会釈する程度でもいい、とか。要するに、自分の気持ちを分かってもらえたら、それだけで幸せなんだと」
「特定の人と、お茶とかお食事なんて、噂になる」
と、私はやっぱり拒否感が強い。
「それと、自己防御意識が強いようだから、どちらの名前――自分と貴方とね――も書かないかも知れない。もしも手紙が他人に読まれたら困るから」
「それはそうだけど、無記名って気持ち悪くない?」
「だから、直接手渡しする。――竹の先に付けて渡すとか」
「どんな時代の話よ」
天野さんは、会話の途中に、時々こうやって意表を突くようなお遊びの言葉を挿入する。これって、わざわざ笑いを取ろうとしているのかしら?
「直接渡したら、受取拒否はしにくいだろうね」
「えー?! やっかいな奴!」
「書類用の茶封筒の中なんかに、封をした手紙を入れて渡す。『なんですか?』と不審そうに尋ねると『○○に関する簡単な資料です』と応える。実際、○○の資料が入っている」
「天野さん、経験あるの? やけに具体的だけど」
と思わず言ってしまった。
「お前なぁ! 鬼みたいに無理矢理、根掘り葉掘り聞いて説明させておいて、そりゃねぇじゃろ! ワシは口説かれるばかりで、口説いた経験はほとんどないんじゃ」
「ごめんなさい! モテ男だったのね? おみそれしました!」
「わかりゃええ、詩織!」
え? え? あ、呼び捨てされたら、にこりとするんだったっけ!
《にこりっ》と返したら、「要らんな」だって。もう!