第4話 天野さんが来た

文字数 2,796文字

「へぇ~、案外綺麗やないか。顔じゃなくて部屋の話やで」

 当たり前でしょ! これでも乙女なのよ! 部屋くらい綺麗にしてるわ。
 え? 顔じゃなくて部屋? なんでそんな言葉を付け加えるのよ!
 もう、本当にこの人デリカシーがないわね。本気じゃないだろうけど。

「女性の部屋が初めてじゃないでしょうに、キョロキョロしないでくださいな」
「沙織お姉ちゃんとこも、それなりに綺麗だったけどな」
「ふーん、ちょくちょく行ってるの?」
「いや、年に1回行くかそこらや」
「その程度の回数で比べんといて! ……ときどき関西弁になってるけど、それはなんで?」

「ああ、大阪に5年ほどおったから、ちゃんぽんになってるんやな。気にせんといて! 沙織の部屋もそうだったけど、ここも落ち着いた部屋の感じやな。部屋の雰囲気似てるんは、やっぱり姉妹だからかね? 女の子の部屋は、もっとピンクっぽい色とか、可愛いものを並べてるかと思ってたわ。あ? 年のせいかも知れんな。もう落ち着いてもええお年頃やもんなぁ」

 別に気にしてないけど、東京弁やら大阪弁や岡山弁が混ざってる。殆どが岡山弁だけどね。
「ピンクだなんて、高校生じゃないんだからね? 落ち着いて当たり前よ」

 雑談しながら、お茶とお菓子を出して、お・も・て・な・し。
 一昨日の「金曜告白事件」――金曜日夕方に告白された事件――を説明した。

「なるほど、なかなかヤリ手のおじさんやなぁ」
 って、天野さんもおじさんだよ。あれ? 私もおばさん? あは、これ、この前も書いたわ。
「え? そうなの? ……」
「その説明はあとでするとして、そんで、あんたは、どう思っとるんや? その先生のこと好きじゃないんか?」

「そりゃ、不倫なんてしたくないわ。好き嫌い以前の問題だと思ってるから、貴方に相談してるのよ」
「それは建前上の答えでしょ? 不倫だから嫌だと言ってるわけよね? 僕は、好き嫌いを聞いたのよ」
「どういう意味? 好き嫌いが関係あるの? さっきも言ったように、それ以前の問題でしょ?」

「確かに! 門前払いだということよね? 結論は出てるわけだよね。だったらなぜ僕に相談してるのよ? まあ、どうやって断ったらいいかを教えて欲しいのだとは、分かってるのよ。その上で、敢えてあんたの気持ちを確認してるわけ。こういうことは、心の内を含めて丁寧に対処すべきことだと思う。特に、職場が同じだからこそね。じゃ、別の聞き方をするけど、不倫てどういう意味に解釈してるの?」

 え? なんか難しい話なの? どう答えたらいいのかしらん?
「配偶者とかパートナーがいるのに、別の異性とお付き合いするってことだと……」
「だよねぇ。お付き合いって、お茶や食事をすること?」

 うわぁ、説明しにくいことを言わせるのねぇ。
「そりゃあ、それ以外も色々あるとは思うけど……」
「色々なこと、つまり色事ね?」

「変な表現しないで。これでもレディなんだから」
「そりゃ失礼すますただ。でもね、女子高生じゃないんだから、大人の異性間の付き合いとなれば、それなりの触れ合いがあるのは常識でしょ?」
「うん、あ、はい! それは分かります」

「じゃ、お茶や食事とか、まあ酒も飲んだりもあるかも知れないけど、そこまでなら不倫とは言わない?」
「まあ、普通は不倫とは言わないでしょ?」
「そうだよね。つまり、不倫とは、お茶とかのレベルより深い関係にあると思ってるわけやな?」
「うん」

「僕が、何故こんなことを言ってるのかというと、お茶を飲む程度なら不倫じゃないと思ってるのに、その先生との関係を最初から不倫だと決めつけてることを疑問視してるのよ」
「え? ……え~と、……そう言われると、そうよねぇ……」
「だから、もう少し具体的に質問すると、『不倫は嫌だ。好き嫌い以前の問題だ』と言う根拠を聞こうとしたわけよ」
「まあ、そう言われると確かにそうだけど、え~と、だから、……感覚的な話なのよ」
 天野さんに問い詰められると、私はしどろもどろになってしまった。だって、普通は、その答えでいいじゃない。なんで、天野さんは難しくするのよ。

「だからね、好きだと言われてもお茶を一緒に飲んで話をするくらいなら問題ないのよね? まあ、そこは、好き嫌いの問題じゃないかも知れないけどね」
「確かにそうよね。嫌いならお茶も嫌だけど、そうでないならお茶くらいはいいのか」
「そう。それなら不倫じゃないでしょ? 目くじら立てるほどじゃない」
「じゃ、何故、(まと)めて全部を不倫だと言ったのかしら?」
「僕に聞く? 自分に聞けよ」
「あのね、好きですと言われると、そういうお付き合いを無意識の内に想像したのかも知れないわね。それで、不倫と判断してしまった。好き嫌いを考える前に」
「よくできました。分かってるじゃない。多分、女子の世界で生きてきたからかも知れないなぁ。男性恐怖症とまではいかないけれど、男性との関係を特別に見てしまう」
「そうかも知れないわね。天野さんとはそういう感覚ないけどね」
「僕は中性なのか?」
「あはは。一応男性と認識

してます」
「なんや、その言い方は」

 私は、女子高から女子大で、女子ばかりの世界で生きてきたから、実を言うと男性とのお付き合いの経験がないのだ。だから、具体的なイメージがない。天野さんとこうして会ってるのは、お付き合いじゃないからカウントしない。
 勉強に夢中だったからと言えば聞こえはいいけど、心ときめくような男性に会ったことないし、あまり男という生物に興味がなかった。

 今も目の前に男性――といっても、もう若くはないわね――がいるけど、そういう目で見る習慣がないのだ。
 習慣と言うのは変な表現かも知れないが、とにかく、どきどきもしないし、そもそも異性と言う感じに思えない。
 でも、もちろん、男性だと頭の中で認識はしている。例えば、手を握られそうになったら、手を引っ込めるくらいには認識してる。

 あれ? 天野さんだと手は引っ込めないかも知れない? やっぱり男性と認識してない? 嫌悪感がないだけの話でしょね。
 年令的には、2つ年上なのだから、恋愛対象となり得る男性なのよね。でも、天野さんには悪いけど、興味湧かない。あ、別に悪くもないか。天野さんも私に興味ないのだと思う。女性として気遣ってはくれてるけど、女の子としては扱ってくれていない。

 もちろん天野さんは妻帯者だから対象外なので、そういう想像すら本来あり得ない。
 あ、でも、お姉さまとか妹が好きとかそんな趣味もない。どちらかというと、やはり男性のほうがいい。ま、ノーマルよね。

 正直にいうと、なんだか恥ずかしい話をしている気がしてきた。
 エロ話じゃないかも知れないけど、こういう話を男性としたことないから、顔が赤くなってるんじゃないだろうかと気にかかる。

 もう、対処方法だけ教えてくれたらいいのに、回りくどく掘り下げ過ぎるのよ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み