第13話 必殺技と宿題
文字数 2,752文字
「しかし、よくよく考えたら、名前を書かないならラヴレターもありうるかもなぁ」と、天野さんが予測の一部を修正した。
「え? 嫌だなぁ。気持ち悪いかも知れない」
うわぁ! それ最悪じゃないですか!
「貴方は太陽です。月の女神さまです、とかねぇ。ありゃ、両方書いたら矛盾するか? 恋は盲目や、あはは」
「もう、止めてよ」
天野さんは、冗談とかに本当の話が混ざるから、どこからどこまでを真剣に聞けばいいのか分かりにくい。集中力が試されるのだ。
「いや、自己保身を強く意識している彼なら、寧ろ、絶対的な証拠になる名前を書かない可能性が高い。そうすると、愛の告白を書いて手紙が他人に漏れるようなことがあっても、誰が書いたかわからなければ最悪のケースは回避できることになる」
「なんて書くの?」
「『不倫なんかは求めていない。だから安心してくれ。迷惑は掛けない。嫌なら無視してくれて構わない。自分の気持ちを知ってもらえただけで満足する』というような内容になるかねぇ」
「……なるほど。じゃ、今までどおりでいいじゃん?」
そんな内容なら、話もしていない今までと変わらないわよね。何の為に書くわけ?
「確かに。でも、優しい女性なら可哀そうにとか思うかも知れない。そうすると、『こんなにも愛してくれているのに、無視なんてできないわ。お茶くらいならいいわよ』となるかも知れない。実は、それが次の狙いの核心。ほんの一歩始まりさえすれば、未来は開けていくのよ。一瞬の隙を男は見逃さない。な~んてね」
「私は、そんなに甘くないわよ。もう少し上手くラヴレターって書くものでしょうに」
「僕はラヴレターを書いたことがないから、そういうのは苦手なんや」
「へぇ~。案外というか手抜きタイプなのね」
「手抜きじゃなくて、面倒くさいと思うタイプなのよ」
「それじゃ女性にモテないわよ?」
「お言葉ですが、案外モテるのよ」
「お姉ちゃんから、天野さんがモテてたなんて話を聞いたことないわよ」
「あれ? おかしいなぁ。僕がモテて困ったから、断る手伝いさせたことあるんじゃけどなぁ」
「ま、今は追及しないでおいてあげる」
「偉そうに。相談に来てるのはそっちじゃろうが」
「あっ、そうか。ごめんなさい」
彼が笑ったので、私も笑ってしまった。
天野さんて、こうして時々脱線して緩めてくれるのね。
「というわけで、ラヴレターをもらったときに、読んだ後で、どう対応するかを考えておいてね」
「どうすればいいの?」
「あんた、思考停止状態なん?」
「だって、もう頭がぐちゃぐちゃ」
「あのな、断る・付き合う・今までどおり、とかくらいしか対応方法はないじゃろ?」
「うん。付き合うのはない」
「それなら、簡単じゃろ? はっきり断るか、そもそも今までも付き合ってないのだから現状維持かのどちらかだよね?」
「強く求められたら『断る』で、あいまいに言われたら『今までどおりの同僚という関係』を言えばいいのよね?」
「ほら、答えられるじゃんか。何が『ぐちゃぐちゃ』や」
と天野さんが言うけど、誘導してもらわないと出てこないのは何故?
それでも親切な天野さんは、もう少し詳しく説明してくれた。――案外、優しいじゃない。
「断るなら、『男に興味ないので今までどおりで』と答えるか、それか、あの『必殺技』を使うのじゃ。直接切り捨てるのもよし、手紙で粉々に砕くのもよし。ラヴレターをもらったあと、必殺技をどうするのか。文面または言葉をどうするのか? それくらい自分で考えておけ」と、宿題を出された。
「え~? そう言われたら簡単そうに思えるけど、実際の場面でちゃんと話せるかなぁ?」と私は不安でいっぱい。
「だから、それを自分で考えておきなさい、と言ってるのよ。他人に考えてもらったセリフは、咄嗟に出てこないよ? 自分の頭の中で考えて考え抜いて結論を導き出した答えのセリフだからこそ、自然に言葉がでてくる。覚えるのではなく、導き出すのが大切なのよ」
「なるほど、確かにそうだわ。学生たちにも、私はそう言ってる」と私は思い出した。
「算数の苦手な子は、解き方を丸暗記しようとする。だから、少し捻られた問題を出されると答えられない。得意な子は、考え方を理解する。だから、少しくらい捻られた問題でも、直ぐに理解して解答を導くことができる」
天野さんは、私のことを小学生みたいに思ってるのかしら? でも、今の私は、この事件に関しては、そんなレベルかも知れない。
結心 さんに相談して整理しないと、もう、全部覚えてないかも知れない。やっぱり、今度から結心さんと一緒に会ったほうがいいかも知れない。なんだか、頭が働かなくなるって惨めな気持ち。私は、そこそこ頭がいいと思ってたのだけど、自信が揺らいでしまう。
天野さんの会社を出た私は、ぼーっとしたまま大通りに向かって、多分トボトボと歩いていた。何か考えながらなのだけど、何を考えてたのか覚えていない。かなりの時間歩いていたのだ。気が付くと、結心さんのお店の前に来ていた。疲れた。脚も心も。
「いらっしゃいませ~! ……詩織さん、どぅしたん? お疲れモードじゃなぁ!」
「岡山駅のほうから、ここまで、なんとなく歩いてしまったのよ。脚がパンパン!」
「そりゃまた、若人なんじゃなぁ! 一駅以上歩いたのね」と結心さんが驚いた。
「昨日の話を相談しに、天野さんの会社へ行ってきた帰り。そのまま歩いてきてしまった」
「恋する乙女は大変じゃなぁ!」と結心さんが笑う。
「どこが恋する乙女よ!」
「乙女じゃなかったか?」
「そこじゃないでしょ? 恋してない!」
「あ、そっか! そっちか!」と結心さんがボケてくる。
「天然ボケか?」
「あはは」
なんか、馬鹿な話をしてたら、ちょっと元気が戻ってきたかも。
「で、どうなったん?」
「まだ、早い時間だから仕事の邪魔でしょ? 今度にするわ」
「聞きた~い!」
「じゃ、仕事済んだら、久しぶりに家 へ来る?」
「うんうん! お弁当持っていくわ」
「あなた、ピクニックにくるの?」
「早く聞きたいからねぇ」
「仕方ない。軽い晩御飯作って、待っててあげるわ」
「わ~い! 枕持っていこうか?」
「持ってこなくていい。帰れ」
「あはは。じゃ、あとでねっ!」
帰ってから、ちょっと早いけどシャワーを浴びて、街中をあるいた埃を落とし、普段着に着かえてソファでゆっくりした。
久しぶりにたくさん歩いたから、本当に脚が疲れている。ソファで横になって脚を少し上げて寝転んでいたら、うとうとしてしまった。
目が覚めると、外は少し薄暗くなっていた。夕飯を用意しておかなくっちゃ。たまには、独りでない食事もいい。
いつも、ちょっとしたおかずは多めに作って保存してあるから、二人分程度の簡単な夕食の用意はすぐできる。
だって、私はプロだもの。
「え? 嫌だなぁ。気持ち悪いかも知れない」
うわぁ! それ最悪じゃないですか!
「貴方は太陽です。月の女神さまです、とかねぇ。ありゃ、両方書いたら矛盾するか? 恋は盲目や、あはは」
「もう、止めてよ」
天野さんは、冗談とかに本当の話が混ざるから、どこからどこまでを真剣に聞けばいいのか分かりにくい。集中力が試されるのだ。
「いや、自己保身を強く意識している彼なら、寧ろ、絶対的な証拠になる名前を書かない可能性が高い。そうすると、愛の告白を書いて手紙が他人に漏れるようなことがあっても、誰が書いたかわからなければ最悪のケースは回避できることになる」
「なんて書くの?」
「『不倫なんかは求めていない。だから安心してくれ。迷惑は掛けない。嫌なら無視してくれて構わない。自分の気持ちを知ってもらえただけで満足する』というような内容になるかねぇ」
「……なるほど。じゃ、今までどおりでいいじゃん?」
そんな内容なら、話もしていない今までと変わらないわよね。何の為に書くわけ?
「確かに。でも、優しい女性なら可哀そうにとか思うかも知れない。そうすると、『こんなにも愛してくれているのに、無視なんてできないわ。お茶くらいならいいわよ』となるかも知れない。実は、それが次の狙いの核心。ほんの一歩始まりさえすれば、未来は開けていくのよ。一瞬の隙を男は見逃さない。な~んてね」
「私は、そんなに甘くないわよ。もう少し上手くラヴレターって書くものでしょうに」
「僕はラヴレターを書いたことがないから、そういうのは苦手なんや」
「へぇ~。案外というか手抜きタイプなのね」
「手抜きじゃなくて、面倒くさいと思うタイプなのよ」
「それじゃ女性にモテないわよ?」
「お言葉ですが、案外モテるのよ」
「お姉ちゃんから、天野さんがモテてたなんて話を聞いたことないわよ」
「あれ? おかしいなぁ。僕がモテて困ったから、断る手伝いさせたことあるんじゃけどなぁ」
「ま、今は追及しないでおいてあげる」
「偉そうに。相談に来てるのはそっちじゃろうが」
「あっ、そうか。ごめんなさい」
彼が笑ったので、私も笑ってしまった。
天野さんて、こうして時々脱線して緩めてくれるのね。
「というわけで、ラヴレターをもらったときに、読んだ後で、どう対応するかを考えておいてね」
「どうすればいいの?」
「あんた、思考停止状態なん?」
「だって、もう頭がぐちゃぐちゃ」
「あのな、断る・付き合う・今までどおり、とかくらいしか対応方法はないじゃろ?」
「うん。付き合うのはない」
「それなら、簡単じゃろ? はっきり断るか、そもそも今までも付き合ってないのだから現状維持かのどちらかだよね?」
「強く求められたら『断る』で、あいまいに言われたら『今までどおりの同僚という関係』を言えばいいのよね?」
「ほら、答えられるじゃんか。何が『ぐちゃぐちゃ』や」
と天野さんが言うけど、誘導してもらわないと出てこないのは何故?
それでも親切な天野さんは、もう少し詳しく説明してくれた。――案外、優しいじゃない。
「断るなら、『男に興味ないので今までどおりで』と答えるか、それか、あの『必殺技』を使うのじゃ。直接切り捨てるのもよし、手紙で粉々に砕くのもよし。ラヴレターをもらったあと、必殺技をどうするのか。文面または言葉をどうするのか? それくらい自分で考えておけ」と、宿題を出された。
「え~? そう言われたら簡単そうに思えるけど、実際の場面でちゃんと話せるかなぁ?」と私は不安でいっぱい。
「だから、それを自分で考えておきなさい、と言ってるのよ。他人に考えてもらったセリフは、咄嗟に出てこないよ? 自分の頭の中で考えて考え抜いて結論を導き出した答えのセリフだからこそ、自然に言葉がでてくる。覚えるのではなく、導き出すのが大切なのよ」
「なるほど、確かにそうだわ。学生たちにも、私はそう言ってる」と私は思い出した。
「算数の苦手な子は、解き方を丸暗記しようとする。だから、少し捻られた問題を出されると答えられない。得意な子は、考え方を理解する。だから、少しくらい捻られた問題でも、直ぐに理解して解答を導くことができる」
天野さんは、私のことを小学生みたいに思ってるのかしら? でも、今の私は、この事件に関しては、そんなレベルかも知れない。
天野さんの会社を出た私は、ぼーっとしたまま大通りに向かって、多分トボトボと歩いていた。何か考えながらなのだけど、何を考えてたのか覚えていない。かなりの時間歩いていたのだ。気が付くと、結心さんのお店の前に来ていた。疲れた。脚も心も。
「いらっしゃいませ~! ……詩織さん、どぅしたん? お疲れモードじゃなぁ!」
「岡山駅のほうから、ここまで、なんとなく歩いてしまったのよ。脚がパンパン!」
「そりゃまた、若人なんじゃなぁ! 一駅以上歩いたのね」と結心さんが驚いた。
「昨日の話を相談しに、天野さんの会社へ行ってきた帰り。そのまま歩いてきてしまった」
「恋する乙女は大変じゃなぁ!」と結心さんが笑う。
「どこが恋する乙女よ!」
「乙女じゃなかったか?」
「そこじゃないでしょ? 恋してない!」
「あ、そっか! そっちか!」と結心さんがボケてくる。
「天然ボケか?」
「あはは」
なんか、馬鹿な話をしてたら、ちょっと元気が戻ってきたかも。
「で、どうなったん?」
「まだ、早い時間だから仕事の邪魔でしょ? 今度にするわ」
「聞きた~い!」
「じゃ、仕事済んだら、久しぶりに
「うんうん! お弁当持っていくわ」
「あなた、ピクニックにくるの?」
「早く聞きたいからねぇ」
「仕方ない。軽い晩御飯作って、待っててあげるわ」
「わ~い! 枕持っていこうか?」
「持ってこなくていい。帰れ」
「あはは。じゃ、あとでねっ!」
帰ってから、ちょっと早いけどシャワーを浴びて、街中をあるいた埃を落とし、普段着に着かえてソファでゆっくりした。
久しぶりにたくさん歩いたから、本当に脚が疲れている。ソファで横になって脚を少し上げて寝転んでいたら、うとうとしてしまった。
目が覚めると、外は少し薄暗くなっていた。夕飯を用意しておかなくっちゃ。たまには、独りでない食事もいい。
いつも、ちょっとしたおかずは多めに作って保存してあるから、二人分程度の簡単な夕食の用意はすぐできる。
だって、私はプロだもの。