第44話 お姫様モード願望

文字数 2,948文字

 つまり、私は恋に憧れて、ターゲットとして近藤先生を見ているのではないか? ということだ。
「それが、彼のことを考えている理由だね。恋をしているのではなく、疑似恋愛的な目なのではないか?」
 天野さんが解説する。
「だから、まだ恋に落ちてはいないということなのよね? それで納得がいくわ」
 スッキリした。天野さんの説明は分かりやすい。
 
「それでね、今日、近藤先生と話をしていて、決定的な理由にもう1つ気が付いたのよ」
 と私は続ける。
「おお! それは凄い! 何が凄いのかは聞いてからのお楽しみだけどな」
 天野さんが茶化す。

「ここが結心さんと違うところなんだけどね。私って、結構マイペースでしょ? だから自由を求めて独身なのよ」
「まあ、私はいい男性に巡り合えなかったから、結果論として自由を求めて独身なんだけどね」
 結心さんが笑う。
「だから、今さら恋人に振り回されたくない」と私。
「それは同感だけど、私は天野さんなら少し振り回されてもいい」
 結心さんが言う。
 ――天野さん、鼻の下が伸びてますよ!
「わっ、ご馳走さま!」――と言わされてしまった私。
「ありがとっ!」
 結心さんがウインクする。結心さん可愛い。

「そうすると、私は、恋愛をしても自由の確保できる相手がいい」
 これが私の主張。
「うん! 私も天野さんに、それを言ったよね?」
 結心さんも同じ主張。
「確かにその話は聞いた。本音の話だったんか。僕を納得させる言葉かと半分は思ってたかも」
 天野さんが苦笑いする。
「本音そのものなのよ。でも、天野さんなら、さっきも言ったけど、少しはいいからね」
 結心さんが微笑む。
 だから、貴方たちの話は、今はいいの!
 
「彼は私のファンだと言うし、私を大事にしてくれそう。私のペースに合わせてくれそう」
「なるほど! そうきたか! それは盲点だったなぁ!」
 天野さんがのけぞった。
「あはは、お姫様モード願望なのか」
 結心さんが笑う。

「恋人にする条件を近藤先生が満たしているわけね。既婚者という点すらも」
 私が決断した理由を説明する。
「既婚者だから結婚を迫られるリスクがない? なんやて? 世間の常識をひっくり返すような発想じゃないか!」
 天野さんが驚いた振りをした。

「そんな大仰な話じゃないわ。40才を超えると、不思議に落ち着いてくるのよ。子供はもう無理、高齢出産になるしね。そうすると、結婚する理由って何だろう? 勿論、愛し合う二人が生涯を支え合って楽しく暮らすのは悪くないわよ。それを否定しないわ。でもね、無理に結婚しても面倒なだけ。お互いの親戚とか色々と複雑な出来事も増えてくるだろうし。経済的な面で独立できていれば、結婚という形式に(こだわ)る必要性なんてないと思うの」
 私は持論を展開した。
 これは、結心さんだって同じはずだ。

「うん、全く同感なのよ、私も。結婚することで、却って自由が奪われると思っているの。これは、独身のままこの歳になったから思うことなのよね、多分」
 結心さんが大きく頷いた。
「支え合って生きていくことも素敵だと思うわよ。でも、それが全てじゃない」と私。
「それとね、一緒に生活するって、大変なことだと思うの。愛する人には、私の綺麗な部分だけ見て欲しいと思う気持ちもある」
 結心さんが本音を吐露する。
「そう! 自由の中には、それも入っているのよ」
 私たちは、いつものようにお互いの意見を補完し合う。
「結婚したら新鮮じゃなくなるかも知れないけど、恋人のままだと新鮮さが長続きしそうに思えるしね」
 結心さんが更に利点を追加。
「独身のままで恋人関係がいいよねぇ。嫌になったら別れるのも簡単だろうし」
 私も笑いながら付け加えた。
 
「もう男としては耳を塞ぎたい。こんな話、世の中の奥様方が聞いたら、愕然とするだろうねぇ。主人が喜んで独身女性を口説き始めるんじゃないか? と心配するかも知れない。それでもって、浮気した主人は、そもそも廃棄処分したいと思ってたのに、持っていって貰えない。戻ってこなくていいのにいずれ捨てられて戻ってきてしまう、とがっかりする人も多いだろうし」
 天野さんが笑う。
「つまり、美味しいところだけ下さいってことになるのかな?」
 結心さんも笑う。

「ひょっとして、『都合のいい女』ではなく、『都合のいい男』だったりするのかねぇ?」
 天野さんが聞く。
「だから、両方のケースがあるんですよ」
 結心さんが、人差し指と中指を立ててVサインをする。
「僕はどっちなんだろうねぇ」
 天野さんが笑いながら結心さんを見た。
「そりぁあ、お互い様に決まってるじゃないですか」
 結心さんに軽くあしらわれた天野さん。
「やっぱり!」
 天野さんも笑った。分かってたら聞くな、と思ったけど、口には出さない。
 
「はい。そこまでにしてね。貴方たちの会話は終わりそうにないからね」
 レフリーストップを掛けたら、結心さんがペロッと舌を出した。

「今日、近藤先生が研究室に来て、例の研究会はもう終結できるようにしてくださいと言うと『わかりました』と素直に言ってくれた」
「まあ、タイミングも良かったのだろうけどね」
 天野さんは分かっているのだなぁ。
「それと、USBの件でも私が少し突っ込むと、案外あっさりと私に負けたの。溜飲が下がった気持ち」
「そりゃ凄いが」
 結心さんが褒めてくれる。

「今、私の周りには、近藤先生しかいないし。私に好意を持ってくれているから気持ちいいし、私の言うことを聞いてくれそうだし、取り敢えず彼と軽く付き合ってみてもいいかな? と思っているのよ、今日の私。昼間に近藤先生との話を終わってから、何となくそう思った。……自分でも驚いてしまう」
「人生いろいろだからねぇ。それも1つだから否定はしない」
 天野さんが、認めてくれた。
「まだ、好きになるかどうかは分からないけどね」
 私は、まだ恋しているわけではないのだ。

 結心さんと天野さんが顔を見合わせて目で頷いた。え? 何? 結心さんが口を開いた。この二人、無言でお互いに分かるの?
「少し聞きたいのだけど、近藤さんは詩織さんの言う妻帯者だよ? 不倫は嫌なんじゃなかったの?」
「不倫は嫌なんだけど、貴方たちを見ていると幸せそうだから、正直に言うと、私も彼氏が欲しいと思ったの。だから、それでもいいかなって」

「え? 不倫だよ? 子供ができたらどうするの?」
 天野さんが突っ込みながら、ニヤリと笑った。
「ごめんなさい! それを言わないで! 謝ったじゃない。私が悪うございました。……気を付けます」
 私は頭を下げた。
「女が注意するだけじゃだめなんだよ。分かってるよね?」
 天野さんが追撃する。
「分かってるって」
 私は反論できない。
「ということは、もうそこまでの覚悟をしているということなのね?」
 天野さんが(とど)めを刺した。
「うん、まだ彼を好きだと確信持てないけど、不倫をするかも知れないから、それを想定して全てを覚悟してる積もり」
 と私は答えた。
「じゃあ、何も言わない。応援する!」
「私も応援する!」
 結心さんも言ってくれた。

「でも、じゃあ、僕は何の為に講習会とかレッスンするんだろ?」
 天野さんがポツリと言った。
「ごめんなさい!」
 私は頭を下げるしかない。だって、そうなってしまったんだもの。

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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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