第33話 火曜日への打ち合わせ

文字数 2,951文字

 天野(あまの)さんと結心(ゆい)さんが、今夜は二人で外食をしてデートを楽しんでからやってきた。ここで食べないのは楽でいいけど、何だか少し疎外感を感じてしまったのは私の思い過ごしだろう。
 でも、何だか、寂しいと感じてしまったのも事実。

 二人並んで、私の向かい側に座った。気のせいか、先日よりもくっついてるような気がするけど、これも気のせいに違いないから気にしない。

「なんだか、お二人お揃いでやって来たって感じね」
 笑いながら私は言った。
「いや、そりゃ、お揃いでやってきたのよ。一緒にきたからね」
 当然のように天野さんがニコニコしながら応える。結心さんは無言で笑う。
 あ~ぁ、何だか、幸せオーラを撒き散らしながら座っていられると、こっちが恥ずかしくなってしまうわ。

「二人で食事してきたのよね?」
「うん、食べてきたよ」と結心さん。
「美味しかった?」と私が聞く。
「もちろん! 何を食べても美味しい私たち」
 結心さんが、私に微笑む。そんな風に、先に言われると、もう突っ込めないわ。
 
「じゃ、コーヒーも要らないのね?」
「それは、いただくわ」
 シレっと結心さんが(のたま)う。あれ? 最近の結心さん、岡山弁が減った?
 二人で、コーヒーの用意をした。もちろん、既にコーヒーメーカーにセットしてあったから、コーヒーカップに淹れるだけ。
 コーヒーカップをテーブルに置いて落ち着くと、打ち合わせに入った。
 
「来週の火曜日は、よろしくお願いしますね」
「ああ、こちらの専門分野だから、資料なんか何もなくても、いくらでも話をできるから心配いらない」
 天野さんが事も無げに答える。
「私は、『社長秘書』だっけ? 何をすればいいの?」
 と結心さんが質問した。

「いや、美人は座ってるだけで絵になるから、何もせんでええよ」
 天野さんが調子に乗って(しゃべ)る。
「私と、傍でケーキ食べてたらいいのよ」
 私も、調子を合わせる。
「あんたら、他にすることないんよなぁ。困ったもんじゃ」
 天野さんがぼやくけど仕方ない。

「まず確認しときたいのは、どこの部屋で、誰と話をすることになるの?」
 天野さんが真面目な話をする。
「とりあえずは、近藤先生一人の積もりでいるのだけど、学生を交えたほうがいいの?」
「学生も対象にして勉強会を考えているなら、学生もいたほうがいいけど、近藤先生が何を考えてるのか分からない」

「じゃ、取り敢えずは近藤教授だけと話をして、流れによって場所を移せば?」
 美人秘書の結心さんが結論を絞る。
「お、流石、有能な美人秘書じゃなぁ! そうしよう! 場所は?」
 天野社長が即決。
「場所は、近藤先生のところがいいかと思ってる。お二人には、先に私の研究室に来てもらってから、私が連れて行く予定」
 これは、私が来訪者を近藤先生の研究室に案内することで、院生たちに、貴方たちのために動いているのよというアピールにもなるのだ。

「部屋は離れているの?」
 と結心さんが質問した。
「フロアが違うだけ。私が2階で、近藤先生は3階」
「じゃ、それでいいですね?」
 結心さんが天野さんに向かって確認した。
 天野さんは、目で頷いた。この二人、本当に社長と秘書みたいじゃないの。

「まあ、多分、近藤先生と話をするだけで終わると思うのよね。アクセスなんて、普通は学生が手を出さないと思うから」
 天野さんが当然のような顔をして断言した。
「難しいの?」
 私が質問したけど、私もエクセルを見よう見まねで触るだけの程度。
「……そうよねぇ。会社のシステム関連以外は、私たちもワードとエクセルとパワーポイントくらいしか触らなかったし。そもそも、アクセスって知らなかったわ」
 結心さんがOL時代を振り返っていた。

「エクセルだけでも、やり方によっては何でもできるのよね。アクセスを知ると便利になるという話だけ」
 天野さんが簡単に説明してくれる。
「同じようなものなの? 難しさが違うだけとか」
「テーブルは似たようなもの。というか、エクセルのテーブルをそのままそっくりアクセスに取り込むことができるからね。もちろん、条件設定等をきちんとしないといけないけれどもね」
「何のことやら、チンプンカンプンだわ」
 私は、ついていけない。
「ま、この辺はその時に説明する」
 天野さんが言うと、結心さんが「私は、何をするの?」と聞く。

「僕の手を握ってくれてたらいい」
 天野さんが脱線しようとする。
「こんな風に?」
 と言って、結心さんが天野さんの手を握る。
「うんうん、こんな感じだな」
 天野さんが笑う。
「こら、ここでいちゃいちゃするな。火曜日はもっとだめよ! 分かってるだろうけど。……貴方たち危ないからねぇ」
 ダメ出しをしておいた。それでも、結心さんは手を離さないで、にこにこしている。
 この二人、私の前でも堂々といちゃつくのねぇ。こちらは彼氏いない歴43年なんだからね。
 
「あはは、一応美人秘書だから、話の中身は分からなくてもメモ用紙にキーワードくらいを書いて、秘書の振りをしてくれたらいい」
 天野さんが

の指導をする。
「それだけでいいの? 振りだけでいいのね?」
 結心さんが笑う。
「基本的には、殆どメモも要らない。話した内容は、ほぼ僕が頭の中に記憶するから心配ない」
「へぇ~、記憶できるんだ」
 私は感心したけど、考えてみると自分の専門分野なら頭に入るわよね。
「まあ、大切なキーワードをメモして欲しいときは、僕から指示するよ。そのほうが臨場感あるもんねぇ」
 天野さんが笑う。

「それでね、目的はそこじゃないからね? 分かっているのよね?」
 二人の顔を交互に見ながら、私は念のため確認する。
「分かっとるわ。ケーキを食べに行くんじゃろ?」
 天野さんが引っ掻き回す。
「もう! ……この前ケーキ食べ損ねたから、『二人にコーヒーとケーキくらい出してね』と言っておいたのよ」
「食べ物の恨みは怖いなぁ。……近藤先生に、『あれ失敗だったよ』と教えておいてやろう」
 天野さんが、まだ遊ぼうとする。

「はいはい、話を戻すわよ! では、結心さん、正解を言ってください」
「は~い! 近藤先生の顔を見に行くことで~す」
 結心さんが、胸を張って答える。
「……違わないけど、微妙に違うなぁ」
 私は悲しくなってきた。
「顔を見たら、なんでも分かるのよね、結心さんは」
 天野さんが突っ込みを入れてくる。

「なんでもは無理だけど、いい人かどうかくらいは分かるよねぇ」
 結心さんが、正解に少しずつ近づいてくる。
「もう一歩!」
 願うように結心さんの顔を見る。
「でも、私はもう、天野さん以外には目もくれないのよね」
 結心さんが、また脱線しようとする。
「なんで、貴方たちは遊ぶのよ!」
 睨んでやったら、少しまともになった。
「頭の良し悪しとか性格を見るのが天野さん。私は、心に濁りがないかどうかを見分けるの」
 結心さんが真面目になった。

「え? 心の濁りを見分けられるの?」
 天野さんが突っ込む。
「そうよ、天野さんに騙されないように、じっと見つめるの」
 結心さんが天野さんを見詰める。もう知らん。何とかしてくれるだろう。
 
「はいはい、火曜日の打ち合わせは、これでいいわね?」
 と手仕舞いした。
 
「じゃ、ここからは、その心の濁りを判別する聴聞会にしましょう」
 私は、天野さんに向かって言った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み