第23話 男の目 女の目 (2)

文字数 2,664文字

「で、たくさんある逸話の中から、1つだけでいいから、その《ずれた》感覚の事例を教えてくれる?」
 と天野さんがにっこりと微笑む。
 
「なんで《ずれた》って分かるの?」と結心さん。
「そりゃ、たくさんの経験があるっていうことは、上手くいかなかった経験が多いと言うことでしょ? つまり、失敗経験が豊富だと」
 さすが天野さん鋭い!
 
「確かに。……もう、私のこと丸見えになってるのかと不安になるわ」
 と結心さんは胸を押さえる。
「大丈夫よ、胸は見えてないから。あれ? 無いのか?」と天野さん。
 
「当たり前よ! 見えてたら超能力者じゃない。……え? あるわよ! 失礼な!」
 と結心さんは思わず胸を張った。……私は胸ないからしない。
「僕は、超能力者になりたい」
「そういう願望があるのね? 高いわよ?」
「え? 金を払ったら超能力者になれるんか?」
「あ、違った! そっちだったか! それは無理」
「あれ? じゃ、願望を叶えることか?」
「もう、この話は突き詰めたらだめよ」
 と結心さんが笑いながら言って、なかなか話が戻らない。
「はいはい、漫才は後にしようね!」
 と私が司会者みたいになってしまった。
「ごめん! で、何の話だったっけ?」
 と結心さんはボケてくる。
「ずれた話の経験談でしょ? 貴方がずれてどうするのよ」と私。

「そうだった。簡単に話すと、デートに誘われて、お茶を飲んだり食事したりしたのだけど、どうにも話が盛り上がらない。彼は一生懸命、色々な話をしてくるので話題は豊富だったのだけれど、どれも通り一遍の話。経験談みたいな面白い部分がなくて、本で読んだ知識を並べてるだけ。話に引き込まれていけない。私が、突っ込んでいく話題が全くなかったのね。これって、感性という話じゃないかも知れないけど、ちっとも楽しくなかった」

「なるほど、簡単な話より少し長かったけど、よく分かったよ。それこそ天野さんの言う《周波数》がずれてたのね?」と私。
「そうそう。結局、そのあと、適当な理由を付けて、お付き合いは断ったの」
 と結心さんの懺悔(ざんげ)。――懺悔じゃないか?
 
「周波数があってたら、例え話題が1つだったとしても、興味を持ったら、ずっと聞いていたり質問したりと話は続くよね」と天野さん。
「そうなの! 話題の数じゃないのよね。その人の興味ある話でも私の興味ある話でも、お互いに相手の話に乗っていけたらいい」
 と結心さんがキラキラしながら話してる。
 
「そこは、すごく大事なところだよねぇ。僕が言いたいのは、そこのところ。話題だけじゃなくて、感覚とか考え方や見方がずれていたら、他の性格とか色々好みが良かったり整っていても、この感性のところがずれていたら決して長続きはしないと思うんだよねぇ」
「分かってくれて嬉しい。私は、付き合ったことのある誰とも合わなかった」
 と結心さんが涙ぐむ振りをする。――おヌシ、やるな!

「それでね、そういった部分と、そこに容姿が関係してくるのよ。男性だけかも知れないけど」
 と天野さんは、話を先に進める。
「そこに容姿? やっぱり外観も大切なのよねぇ」と私。
「あ~、ちょっと説明不足かも知れないけど、容姿ってイメージに繋がるじゃない?」
「確かに」
「そのイメージで勝手に理想像を作り上げていたりして、そこに先ほどの優しいとかの好印象が加味され、更に感性が近いとなったら、もう一瞬で恋に落ちてしまうのは止められないでしょ。――フォール・イン・ラヴ」

「そうか……容姿とか態度がイメージを作り上げ、性格とかの付加価値を加味し、感性に訴えると一発で男性を落とせるのか! もっと早くに教えて貰いたかったわ」
 と結心さんは纏めながら残念がる。
「じゃ、僕とフォールインラヴして、これから楽しい人生を送ろうね」
 と天野さんが結心さんに向かって言う。
「わっ! 堂々と口説かれた!」
 結心さんが嬉しそうに顔を隠す振りをする。
「口説くのは、あとで二人きりのときにね」
 と天野さんが、ウインクした振り。
 うわ~! こんなにして口説くんだ!
 初めて現場を目撃したような気分。もう私の存在を無視しないで欲しいわ!
 
「これ! 漫才は止めなさい!」
 と火消しをする私。結心さんがペロッと舌を出して私にウインクした。天野さんも笑っている。この二人、どこまでが本気で、どこからが冗談なのか分からない。う~ん、上級者なのか? 初心者の私は、ついていけない。

「というわけで、結果として、最初の質問『男性はどういう目で女性を見ているのか』の答えというか、結心さんが知りたかった回答になってない?」
 と天野さんが纏める。
「あっ! 本当だ! 私の知りたかったのは、こういうことだったんだ!」
「とても質問した本人の言葉とは思えない反応だなぁ」
 と天野さんが突っ込む。
「面目ない!」と結心さんがペロリと舌を出して笑った。

「次は、『どういう気持ちで女性を口説くのか』だったよね?」
「はい!」と結心さんは生徒になったのか、背筋を伸ばして、いい返事をする。
 ――何か、女の私が見ても可愛い。

「今どき女性が男性を口説くのも、ごく普通になっていると思うけど、それはさておき、男性の本音を聞きたいのよね?」

「まあ、いろんなケースがあるから、これもいっぱいあるんですよねぇ」
 と結心さんは察しがいい。
「大きく分けて、真面目に本気で口説くときと、本気じゃなくて遊びで口説くときに分けることができるのは、想像しているよね?」

「はい。これって、両方聞いておいたほうがいいような」と結心さん。

「そうだよね……って、遊びは《体》目的に決まってるわ」
 と天野さんは当然というように答える。
「あはは、それしかないのよね、やっぱり」
「だって、恋愛が性的要素を含む以上、男が女を口説くのが性的目的なのは自明の理」
 と天野さんがきっぱりと言った。
「……うん」
 私たち二人は、思わず同時に頷いた。

「まあ、口説くってのにも、性的目的と言ってもピンキリだから、全てをイヤらしくは考えないほうがいいけど」
 と天野さん。
「それも分かる」
 結心さんが小さな声で返事した。
「今どきねぇ、体目的で口説くのは男だけじゃないんだよ。女が男を口説くのも珍しくない。ホストクラブが繁盛してるんだから」
「そうだよねぇ。そう考えると、男だけが悪いわけじゃないか」と私。
「悪いとか、良いとかとは違うと思うけどね」と天野さん。

 要するに、『口説く』と一口に言っても、口説く人の思惑は千差万別だし、男も女も人それぞれ。でも、男女の発想の違いとかはあるのじゃないだろうか?

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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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