第16話 結心さんの整理 (2)

文字数 2,832文字

「えーと、最大の難関は、お茶とかしたいと言われたときにどうするかよなぁ?」
 と結心さんが言う。
「そうよねぇ……職場が同じというのは、本当に難しい」と私。
「下手に同情してお茶すると、本人だけでなく、周りからも誤解されるかも知れんなぁ」
「うーん、二人だけでお茶はまずいと思う」
「これも、『彼氏がいます』の必殺技を使いつつ、必ず誰かと一緒という環境にすることじゃな」
 流石は結心さん。さらりと解決策を考えてくれた。
「お茶ひとつでも、トラブルの元になりそうなものは避けることにする」

「最後の問題はなんだっけ?」と結心さんも私も、だんだん疲れてきた。
「手紙への回答を、どうするか? だったかな?」
「あ、そうそう! 手紙で返すか、口頭で返事するか」だよね? と結心さん。

「手紙って、いろいろと跡が残るし、口頭のほうが良くない?」
 私は基本的に手紙なんか書きたくないもの。
「私もそう思う。いずれにせよ、ラヴレターに対しては、彼氏がいるからダメでいいのだし、口頭でごめんねって言えばいい」と結心さんも同じ意見だ。

「ラヴレターでないときは?」
 と質問する私は、もう思考力ゼロみたい。
「ラヴレターじゃなかったら、『褒めてくれてありがとう! でも私は彼氏がいるから、今までどおり同僚としてよろしくお願いします』と言えばええじゃろ。簡単なもんじゃが」
 と結心さんは、もう他人事だと思ってるわけじゃないけど、簡単そうに締めくくった。
「最後に、手紙を貰ったときは時間には余裕があるから、私や天野さんに相談してからでもいいことは、覚えておいてね。焦らなくてもいいということを」
「うん、ありがとう。心強いわ、お姉さま」
「こらこら、私の方が

のよ」
「あ、そうか。結心さんが頼りになるから、私のほうが若いと思ってしまったわ」
「いやん! 2才も違うのよ!」
「ほぼ同じでしょ?」
 キリがないから、ここらで止めて、二人で笑い転げた。結心さんと話していると落ち着くわ。

 さて、本日の会議の結果を纏めます。議事録みたいね。
 1.回答方法は、口頭。
   手紙は跡が残るから避けた方がいい。証拠にはなるから、書くなら毅然とした回答。
 2.勉強会の場合は、複数だから自然体で対応。
   できるだけ二人きりにならないように注意する。
 3.花束は断るが、プレゼントはケースバイケースで臨機応変に対応。
   1億円なら考える。――ま、これは冗談よね。
 4.ラヴレターであろうとなかろうと、「彼氏がいる」ことを理由にしてやんわりと断る。
   これこそ断るときの王道だ。相手は既婚者だけど、相手を傷つけないことも大切。
 5.彼氏のイメージとかは、とりあえず、天野さんを仮の彼氏としておく。

 なんだか、纏めてみると、すごく簡単だった。これも悩んだのが嘘みたい。
 要するに、「すでに彼氏がいる」というのが、キーポイントなのだ。
 やっぱり、結心さんは頼りになる。って、私の方が年上だよ。これでいいのか?

 難しい話が済んだので、ちょっとガールズトーク。

「ねえ、結心さんは、彼氏いるの?」
「いたらこんなところで、遊んでないわ!」
「こんなところって、……確かに、そうだわ。あはは。……結心さんは、彼氏欲しいと思ったりする?」
「……う~ん、微妙な質問よねぇ。彼氏がいたことはあるからね。まあ、本音では欲しいかも」
 と結心さんは遠くを見る。

 そりゃまあ、この歳まで何もなかったのは、私くらいなものよねぇ。綺麗で可愛い結心さんだったら、いろいろあっただろうし。
 私は、女子校だったから、意外とチャンスは少なかった。それに興味がなかったのも大きい。興味がなかったというのは、女子と過ごしていたら気を遣うこともなかったというか自然体でいられたのが、気持ちよかったのだ。男子がいたら、変に意識したかも知れない。
「ずっと、男女共学の世界で暮らしてたから、あまり意識はしてなかったと思うけどなあ」
 と結心さんは過去を振り返る。
「やっぱり、過ごしてきた環境の影響は大きいよねぇ、きっと」
 と、私は姉のことを思い浮かべた。

「詩織さんは、お姉さんとの二人だけよな?」
「そう。1つ違いの姉。姉は高校大学ずっと共学だったから、男子がうろうろしてた。でも、未だに独身だけどね」
「私は一人っ子。兄弟姉妹がいる人を少し羨ましいと思ってるよ。いたらいたで、面倒かも知れないけど」
「確かに、そこは微妙なのよ。姉がいていいと思うときもあるし、うるさいと思うときもあるしね」

「学生時代は、同性の友達も大切だけど、異性の友達というか最終的には彼氏が欲しいと思った」
 と結心さんが京都での学生時代を振り返る。
「自然な流れだよね」
「それで、近寄ってきた内の一人と付き合ってみたんじゃけど、いざ付き合ってみると価値観が違うと気が付いて、それで別れた」
「価値観は大切よね!」

「そうやって何人かと付き合ってみたけど、何か違うと思ったり、話していて楽しくなかったのよ。こんなのが彼氏と付き合うってこと? 私は彼氏に何を求めているのだろう? と思うようになった。それで暫く男性とのお付き合いを敬遠してたら、いつの間にか、年月(トシツキ)が過ぎて今になっておりまする」
 と結心さんが交際経験を話してくれた。
「そういう男性が何人か続くと、男性との交際を躊躇するようになるよねぇ。……感性の近いひとに巡り合うって、案外難しいのよねぇ」
 男性との交際経験のない私は、男性と付き合うこと自体が怖いと思った。
「そうそう! もう運命なのよ、きっと。そもそも、男性に何を求めるのかということと結婚とは、また別じゃしなぁ」
 と結心さんの心の叫び。
「わかる! わかる!」
 私はすごく共感する。

「男性って、女性の友達とどこが違うん? 友達だったら性別不問でええじゃろ? ということは、異性って性の違いだけよなぁ?」と結心さん。
「まあ、突き詰めたら『性』なんだろうねぇ。その違いの上に、色々と心の問題が複雑に絡んでくる」
「私は、そこへ近づく前に別れたからなぁ、全部。あはは」
 と結心さんが自嘲気味に笑う。
「残念だった?」
「いや、それもよう分からんわ。そもそも、恋愛じゃなかったと思う。だから、一歩先へ進まなかった。価値観が似ている人でないと、変に気を遣うだけで楽しくないと思う。恋愛って、要するに心の問題でしょ? だったら、心を通わせることができる人でないとね」
 と、結心さんが過去を総括した。

「そうよねぇ、私も今まで欲しいとか思ったことないけどね。……今日、天野さんに『そりゃ、彼氏がおらんからじゃろ』と言われたとき、なんかねぇ、悔しいと思ってしまった。今回ばかりは『無用の用』みたいな感じかも」
「なくても困らんけど、今回だけは、あったら悩まずにすんだって? 可哀そうな詩織さん」
「うるさいわ! モテる女の苦労なのよ。……彼氏いないけど」
「確かに! 美人は辛いなぁ!」
 と結心さんは綺麗に纏めてくれた。ありがとう! 結心さん!

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み