第2話

文字数 2,323文字

 曲がりくねった細い山道を慎重に進み、星の天井を仰ぎ見ながらつらつらとハンドルを切っていく。一応ナビに目的地の病院を登録しているが、それを頼りに走らせるも、幾度もルートから外れてはUターンを余儀なくされる。真っ暗な林の道をライトで照らしながら慎重に走らせていると、やがて建物のある開けた広場に出た。ナビの終点はこの場所を示している。ここが問題の病院に間違いなさそうだ。
 車一台分がやっと通れるほどの幅しか開いていない正門をくぐり、車を駐車場に乗入れると、時刻は十一時を指していた。疲れと安心感のあまり深い溜息を吐くと、緊張で足が震えてくる。
 ドアを開けて病院の前に降り立つと、その顔を正面に向ける。
 凍てつくような木枯らしが頬を殴りつけて、吐く息も煙草の煙のように真っ白。見上げると先ほどまでの星空はすっかり姿を消し、満月だけが僅かに認識できる程度だった。
 まさにヴァンパイア日和と言って良いだろう。
 両手を腰にあてて、かえでは意気込み新たに病院を見据えながら「よし」と軽く呟いた。
 そこは三階建ての個人病院で、二階の中央部分の窓に明かりが灯っている。消灯時間はとっくに過ぎているだろうから、あの明かりはきっとナースステーションに違いない。
 勢いのあまり、半ば衝動的にここまで来たは良いものの、この先は全くのノープランであった。かえではこれからどうしたものかと思案に暮れずにはいられない。不審死はヴァンパイアとは関係ないかもしれないし、もしヴァンパイアの仕業であったとしても、現場を押さえなくては意味がない。そのためには病院内に潜入せねばならないのだ。しかも、いつ、どのタイミングで現れるかも判らないし、仮に現れたところで、どうやって犯行を食い止めたうえに、退治すればいいのか、皆目見当もつかなかった。 
 かえではそれでも待ち続ける覚悟だった。例え三日、いや一週間経とうが諦めるつもりはない。少しでも可能性がある限り、人々を恐怖に陥れる彼らを許すわけにはいかないのだ。

「さて、これからどうしましょうかね」
 両脇腹に手を当てながら独り言を落とすと、それに応えるかのごとくフクロウの鳴き声が聞こえてきた。まるで新米ハンターを応援しているようでもあり、からかっているようにも思える。
 一応、リュックの中に対ヴァンパイアの武器を用意していた。十字架とニンニク、それに勢い良く振ると伸びる防犯用の警棒だ。本当は催涙スプレーやスタンガンなども欲しいところだったが、ニートであるかえでには、それだけの資金的余裕はない。当然ながら応援してくれている両親も、そこまでの経費は負担してくれないし、かえでとしても、これ以上甘える訳にはいかなかった。
 周りを注意深く見回してみるが、深夜だけに人の気配はまったくない。
 これが昼間だと患者や見舞い客に溢れて活気に満ちているだろうが、今は暗い闇に閉ざされた薄気味悪い廃墟のように映った。まるで悪魔の住む奇岩城に思えて身震いすると、自らを鼓舞するために頬を両手で叩いてみる。
 パチンと乾いた音が響き渡ると、頬に痛みを感じ、少しだけ勇気が沸き上がり、足が軽くなったような気がした。
 だが、このままじっとしていては、らちが明かない。
 かえでは思いきって侵入を試みることにした。
 まずは正面エントランスの自動ドアの前に立ってみたが、当然のごとく反応がない。ガラス越しに目を凝らしてみると、間接照明と点々とした非常口を知らせる緑のランプに照らされながら、ロビーらしき広間に椅子が並んでいるのが確認できた。そこはまるでお化け屋敷のような陰鬱な雰囲気を醸し出している。
 正面からの侵入を諦め、ふうと息を吐きながら他に入り口はないかと探索を始めた。
 角を二つ曲がり裏手に回ってみると、通用口らしき小さな扉が目にとまった。ゆっくり慎重に近づき、ノブを回してみるが、鍵がかかっているらしく、開くことができない。そこでかえではリュックを下ろすと、中から三本の金属棒を取り出した。こんなこともあろうかと裏サイトでピッキングを見様見真似で習得していたのである。しかし、実際に試したことは一度も無かった。一応、自宅の玄関を練習台として試してはいたが、それ以外の経験はまったくのゼロ。それでもダメもとでチャレンジすることにした。
 悪戦苦闘しながらも、十分程かかってようやくロックが外れる音が鳴った。
「ビンゴ!」思わす声を漏らす。
 誰か来やしないかと肝を冷やしたが、周囲に変化は見られない。ふうとため息をつき、ゆっくりとノブを回して中に足を踏み入れると、まるで自分が泥棒になった気分になった。実際にそう見られても仕方が無い。もし誰かに見つかれば、不法侵入で通報されても言い訳が立たないだろう。正直にヴァンパンアハンターだと名乗ったところで病院スタッフは呆れるだけだ。警察に連行され、調書を取られ、両親が迎えに来るまでは解放されない――そうなれば二度とハンターの真似事などさせてはもらえないに決まっている。
 それでも歩みを止める訳にはいかない。勇み足に終わるかもしれないが、万が一の可能性に賭けてこそ、真のヴァンパイアハンターと言えるのだ。そのためにはピッキングして不法侵入しても構わないと自分に言い訳をしながら、誰もいない廊下を進んでいく。
 ただでさえ広いとは言えない通路の右側には、食器棚が並んでいた。四本の細いスチール製のポールを組み合わせた、いかにも不安定な作りに見える。もし、地震でも起きればすぐにでも倒れてきそうに思えて、怯みそうになった。すぐ横の扉には調理室とプレートがあり、きっと中に入り切れないから、ここに並べているのだろうと頭を巡らせる。
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