第16話

文字数 1,730文字

 数分が経ち、やがて鍵の回る音がすると中から清武が出てきた。
「覚せい剤は見つかった?」
 期待をよそに清武は残念ながらと首を振った。それからおもむろにポケットに手を入れるとプラスチックの四角い物体を抜き出して、目の前で振って見せる。
「代わりに面白いものが手に入った。これは何だと思う?」
「……どう見てもUSBメモリーにしか見えないわ。あなたがそんなものを欲しがっていたなんて知らなかった。そんなセコイ真似をしなくても、私ので良ければ安くしておくわよ」
「……本気で言っているのか? 俺がただのメモリーを欲しがっているとでも?」
 さっきの仕返しとばかりに、冗談よとおどけながらペロリと舌を出した。
「パソコンで何かを見つけたのね。そういえば大迫先生も資料室でファイルを見ていたと言っていたわ。まさか……?」
 コクリと頷きながら、清武は口を半開きにして牙にしか見えない自称八重歯を見せた。
「見たところによると、何かの薬物のデータだった。考えうるは試験薬のそれだと思う。ここから導き出せる答えは一つしかない。大迫先生は極秘裏に治験薬を患者に投与していたんだ。恐らく覚せい剤に近い成分の新薬の開発のために、患者たちを実験台として扱っていたに違いない。不審死の正体はこれだったんだよ」
 USBメモリーを強く握りしめた清武は、鼻息を鳴らしながら背中をこれでもかと逸らせた。
「それじゃあ、岡崎さんを殺したのも?」清武はコクリと頷いた。
「今夜、治験を試みたのだろう。予め岡崎さんには強力な睡眠薬を呑ませておいて、試験薬の入った注射を打とうとしたが、直前に目覚めて暴れ出したため、その場にあったナイフをとっさに刺したのだろう。実際の犯行時間はもっと前、恐らく午後十時ごろだった。それにきっと酒井典江も共犯だ。たぶん二人は付き合っていて、犯行時刻がばれないように口裏を合わせたに違いない。それに香川に投与したのも同じ物でまず間違いはないだろう」
 腰に手を当てながら感心の意を示す。
「そういう事だったのね。じゃあ、電話線を切ったのも大迫先生の仕業ってワケ」
「そうだ。あの時誰かが通報すれば、警察の手によってすぐにでも犯行時刻を特定されてしまい、大迫の犯行が露見するのは時間の問題だったろう。治験の事もそうだが、彼にしてみれば、殺人の露見だけはどうしても避けなければならなかった。大迫自身も言っていた通り、検死というのは時間が経てば経つほど犯行時間の特定が難しくなる。だから自ら検死せざるを得ない状況を作り、俺たちに嘘の診断結果を告げた。きっと知恵の輪を落としのも大迫先生か酒井典江のどっちかだろう」
 イエロー眼鏡の奥に透かされた丸い瞳は輝いて見える。出会ってからまだ数時間しか経っていないが、一見冴えないこの男が、これほどまでに見事な推理を繰り広げようとは思ってもみなかった。
 清武の背中を軽く叩く。彼はUSBメモリーを落としそうになり、慌てて拾い上げた。
「これを先生に突き付ければ、必ず真相を語ってくれるだろうさ。さっそくナースステーションにGOだ!」
 しかしかえでは動こうとはしない。それどころか資料室の中に足を踏み入れた。
「ちょっと待て。これ以上ここに用は無い。ぼやぼやしていると大迫が逃げてしまうかもしれないじゃないか」
「どうして入ったらいけないのかしら。まだ手掛かりがあるかもしれないでしょう? それにそれだけじゃ、大迫先生のファイルかどうか証拠が無いし、治験薬だって見つかるかもしれないでしょう」
 清武が止めるのも聞かずにずかずかと中へ入っていく。すると立ち並ぶ本棚の先に窓が見えた。予想通りガラスに穴が開いている。そこから侵入したのは一目瞭然であり、それ以外はあり得ないと思われた。しかしどうしても納得がいかない。窓ははめ殺しで開かない構造だ。カラスも直径二十センチくらいしか割れていなかった。如何にして侵入したのだろうか。
「どういうことかしら? ちゃんと説明してくれないと“てこ”でも動かないわよ」
「……判ったよ。全てを話す。ここでは話しづらいからロビーまで行こう」
 それ以上言葉を発さないまま、資料室の扉を閉めた。二人は廊下を歩きロビーまで来ると並んだ椅子に腰を沈めた。
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