第1話

文字数 1,817文字

 奥村かえではヴァンパイアハンターである。
 ヴァンパイアハンターとはその名の示す通り、吸血鬼を見つけて成敗することを生業とする者のことだ。とはいっても、かえではこれまで一度もヴァンパイアを倒したことがない。それどころか遭遇した経験すら無いのだ。

 彼女がハンターを志したのは、今から一年ほど前にさかのぼる。
 何となく大学を卒業して、何となく自動車販売店の受付をしていたが、何となく自分には合わない気がしたので、一年も経たないうちに辞職してしまった。
 やりたいことなど特になく、家事手伝いをしながら平凡な両親の元で生活をしていた。ところが、退屈しのぎに始めたネットゲームにハマってしまい、就活どころかアルバイトもせず、部屋に籠るようになった。
 当然のように両親からは早く就職するようにとせっつかれるが、一度引きこもりになると、なかなか抜け出せるものではない。
 衝突すればするほど意固地になり、気が付けば、食事とトイレ以外は部屋から一歩も出なくなっていた。かえでとしては、「そのうち何とかなるだろう」という楽観的な思いが、胸中の大半を占めているため、さほど真剣に考えてはいなかったのである。

 ある日のこと。
 ゲームの小休止中に何気なくネットサーフィンをしていると、ふと、ヴァンパイアハンターのサイトが目に留まった。
 興味本位でクリックしてみると、そこにはマスクやサングラスで顔を隠した自称ハンターたちの情報交換が行われている。かえではマウスを動かす手が止まらなくなった。どこどこで吸血鬼を見かけただの、いきなり襲われたがニンニクを持っていたおかげで難を逃れただの、死闘の末に十字架で仕留めただの……。
 彼らのまことしやかな武勇伝を読んでいくうちに、自分もハンターになりたいと強く意識するようになっていく。
 だが、ニートであるがゆえに資金がなく、活動するには両親を説得する以外、手段がなかった。
 それでも諦めきれないかえでは、断られるのを承知で相談を持ちけると、意外にも両親はもろ手を挙げて応援してくれた。もちろんヴァンパイアの存在を信じていたのでない。部屋に籠っているよりかは、はるかにマシだと娘の行動力を評価したに過ぎなかった。
 こうして両親の協力を得ることに成功し、サイトに集まる情報を閲覧しては悲喜こもごも、伝説のヴァンパイアを探して、母親から借りた軽自動車で全国あちこちを飛び回っている日々を送るようになった。

 ハンターとして活動を始めてから約一年後。
 いつものサイトの掲示板をチェックしていると、ふと興味深い話に目が留まった。栃木県の山中にある小さな病院で、ここ一年の間に三件も不審死が相次いでいるとの情報だ。死因はいずれも心臓発作であるが、実はヴァンパイアの仕業ではないかと掲示板で異様な盛り上がりをみせている。
 先を越されてはならないと、かえではジャージの部屋着から一変し、防寒着としてあずき色のセーターの上からベージュのダウンジャケットを羽織る。続けて動きやすいデニムのパンツに着替えると、最後にボサボサなロングの髪を軽くとかしてポニーテールにまとめた。それからサイトにあった住所をプリントアウトしてからリュックに入れ、母親から鍵を借りると、「しばらく帰らないから」と手を振りながら颯爽と自動車に乗り込んだ。
 キーを回して力強くアクセルを踏み込むと、期待に胸を躍らせながら、国道を制限速度ギリギリで北上していく。
「私がやらなくて誰がやるのよ」
 鼻息荒く、ハンドルを握りしめては、凶悪なヴァンパイアに自ら正義の鉄槌を下す姿を想像し、ピュっと口笛を鳴らす。

 家を出たのは夕方であったが、国道を飛ばしているうちに、いつの間にか日もすっかり落ちて、街灯の明かりが夜道を照らす。ダッシュボードの小さな時計によると夜中の九時を回っていた。
 正月明けで道が混雑していないにもかかわらず、こんなに時間がかかったのは方向音痴のせいもあるが、もしヴァンパイアが現れるとすれば夜中であることは間違いないと踏んでの行動だった。そのため、途中でワザとゆっくり食事を取ったり、対決に備えて体力を温存するために仮眠を取ったりして万全の体制を整えたのであった。
 暖房はマックスに捻っているが、その効果はほとんど感じられず、まるで冷蔵庫の中にいるようで、かじかむ手でハンドルを握りしめる。手袋を用意しておけばよかったと少し後悔しながら、グスっと鼻をすすった。
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