第15話

文字数 1,665文字

 ナースステーションへ向かうために廊下を進んで二階に上がろうとしたところで、大迫の言葉を思い出す。彼は先ほど資料室にいたと言っていた。だとすればそこに麻薬を隠し持っている可能性がある。かえではその旨を清武に告げた。
「……という訳で資料室を調べて見ない? もしかすると何か出てくるかもよ」
「なかなか鋭いな、君は。確か資料室は一階にあったな。さっき香川さんを探していた時に見かけたんだ。だけど鍵が掛かっていたよ。全ての扉を確認したから間違いない」
 それでも取りあえず向かってみると、やはりノブは回らなかった。
「しのぶさんに貸してもらえるように頼んでみたらどうかしら?」
 しかし清武はかえでの意見を却下する。
「何て言うつもりなんだい? 君は。部外者である俺たちが、『大迫先生を疑っていますから、資料室の鍵を貸してください』だなんて言える訳ないだろう」
「じゃあ諦める?」
「何か良い方法はないものかな……」
 そこでかえではリュックを下ろし、中からピッキングの道具を取り出した。
「ジャーン! 私に任せなさい。これで鍵を開けてみせるわ」
「……ハンターは空き巣まがいのこともするんだな。これじゃあ、ヴァンパイアと変わらないじゃないか」
「細かいことは気にしないで。ハンターも時には法を犯すことも必要なの。正義の為ならば多少のことは目を瞑るしかないのよ」
 誇らしげに胸を張る。その様子を呆れ顔で眺めている清武は、イエロー眼鏡を揺らしながら、くすんだ目を向けた。
「……初めて会った時からずっと考えていたんだけど、ヴァンパイア退治は正義なのか? 彼らにだって人権はあるだろう。家族がいるかもしれないし、何も悪いことなんてしていないかもしれないじゃないか」
「やけに肩を持つのね。奴らに人権なんてある訳ないじゃないの。人の生き血を吸って仲間を増やすのよ。人殺しもいいところだわ」
「それは偏見だって。彼らは生き残るためにほんの少し血を分けてもらうだけ。献血だと考えれば提供する方だって気が楽だろう? ボランティアと同じさ」
「……どうしてそんな事を知っているのかしら。やたらと詳しいところを見ると……」
 そう言って目を細める。清武は取り繕うように話題を変えた。
「ほら、急がないと看護師たちが見回りに来るかもしれないだろう? 早くしてくれ」
「へいへい、かしこまりましたよ。一瞬で開くから見てなさい」
 カチャカチャと金具を鳴らしながら資料室の鍵穴に差し込んだ。
 ……しかし、一瞬で開くと豪語しながらも一向に開錠する事ができない。気ばかりが焦り、まごついて思うようには、はかどらなかった。
 五分が経ち、十分を過ぎたあたりで清武がしびれを切らす。
「全然ダメじゃないか。こうなったら窓から侵入しよう。君はここで待っていろよ。それとも君がこの寒空の中に一人で行くかい?」
 面目丸つぶれのかえでは、それでも虚勢を張った。
「あなたがそこまで言うんであれば仕方が無いわね。あと少しで開きそうなんだけど」
「あと一分でダメなら君が裏に回る?」
「……お願いします清武様。私が未熟でした」
 苦虫を噛み潰したような顔で清武を見上げるかえでだった。
「それじゃあ行ってくる」
 そこでかえでは裏口へと向かう清武を呼び止めた。
「待って、もし窓が開いていなかったらどうするつもり? まさかガラスを割って入るつもりじゃないでしょうね」
「まさか! その時は諦めるさ。警察に口添えすれば、きちんと令状を取って捜査してくれるだろうし」
 清武の言葉を信じて待つことにした。彼の言う通り、これでだめなら警察に任せるしかない。ピッキングは諦めるほか無いのだから。

 時計は三時半前を指していた。清武がこの場を離れてから五分くらい経過している。まさか逃亡したのかもと疑いつつも、やがてガラスの窓が割れる音が聞こえた。
「警察に任せるみたいなことを言っていたくせに。結局は実力行使なのね」
 呆れ果てるかえでだが、自分だって他人のことは言えない。例え殺人は犯していなくとも、ピッキングで検挙されれば文句さえも言えないだろう。
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