第12話

文字数 691文字

タクシーはネオンと車のヘッドライトが上下に映し出される靖国通りを伊勢丹方面に向かって走り、新宿ピカデリーをわき目に見ながら、左上の赤い東京大飯店のネオンが印象的で、そのまま明治通りを突っ切って、新宿2丁目でみゆきが「この辺でいいです」と言って、料金を彼女が払って降りた。霧雨がまだ降っていたため通行人はいなかった。人影のない小さな交差点や小さな店が立ち並ぶ歩道を歩き、街角のビル一階の扉を開けて、みゆきが店に入ってく。僕もそれに従って入っていくと、なんてことのないゲイバーだった。男性の従業員が一人で顔を上げ、テレビモニターと向き合っていた。こっちを見ると、「みゆき、いらっしゃーい!」と言った。

天井に高く設置されたテレビモニターには、松田聖子のミュージック・ビデオが流れていて、僕はみゆきとカウンターのスツールに座った。そして、しばらくみゆきは店員と普通に会話していたが、「あら、みゆき、来てたのね」と、買い物をして戻ってきたもう一人の男性従業員がカウンターに来て、僕を見て、「この方は?」と尋ねた。

みゆきはみゆきと呼ばれていたから本名なんだろうな、きっと。

従業員の二人は、好奇心に満ちた表情で僕に尋ねた。「みゆきのいとこ?」とか「違うわよ、みゆきのマンションの下に車でパンを売りに来る人よ、ねえ?」とか「パン屋なんて来るの?マンションの下に?」とか「最近メロンパンの移動販売があるのよ」とか「まさか」とか「何よ?」とか「え、友達?」とか「私、いま彼氏って言うのかと思ったわ」とか「なわけないじゃないよ。どう見たって、パン屋じゃないよ」とか、僕とみゆきはそれを笑いながら見ていた。
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