第4話

文字数 3,967文字

ところが、あの頃の僕には、セックスは簡単じゃなかった。オナニーと違って、けっこう難しかしいんだなこれが。エロビデオで見るとやるのじゃ大ちがいだった。

また、時間を節約するために、デリヘルで呼んだ女性が到着する前にシャワーを浴びることもあった。ただ、ほんのちょっとお喋りをするだけでも、カチカチと時が刻まれていくのを気にしてしまうのでね。

はじめて会う女性とやるって、チンコがフルに立たないこともある。愛も、背景も、何一つないからである。

チンコがフルに立つには歴史というスパイスが必要だった。と言ったって、いい国つくろう鎌倉幕府とかじゃなくて、共有した時間。だから、やって来た容姿のいいA子さんやB子さんを毎回指名したこともあったけど、それもどうなんだろうなと、途中から疑問がわいてくる。やっぱりもっと抜け目なく、いろんな女を抱く方がいいんじゃないだろうかって考える。つまり男の価値は女の数。あれ、女の価値は男の数だけ?けど数はそんなに重要ではない。だって一人一人とのエッチなんか覚えてないもん。過ぎてしまえばただの幻。

そう考えると、量より質ってことかもな。

僕が好きなのは背徳の世界を予感させるような出来事に溢れたデリヘルで遊ぶことだった。お遊戯というべきかもな。僕は主役を演じ、まるっきり違う人間になる。いや、まんざら芝居ってわけでもなく、それがある種本当の自分なのかもしれない。だって、現実の世界は詭弁や嘘ばかりだろ。そうじゃない?みんな、どこかおかしいと思いながら、表面だけとりつくろっている。いずれにしても、あのころは、なんでもいいから変わったことを試してみたかった。野望は、ありとあらゆるセックスを試みることだ。

現実の世界に出ていく戸口のようなもので、要するに、気持ちよく送り出して欲しかったっていうのもある。どちらにしても、僕の人生は、みのまわりのごくありふれたことのほかは、そういうところに行かなければ、生活にほとんど変化がなかった。

デリヘルで女を呼び、何か変わったことが起きるように願い続けて行くが、実際のところ何ひと起きなかった。

世の中とはどういうものなのか、僕に言い聞かせる女ばかりだった。

また、そういう女こそが、世の中のすいもあまいも知っているようで、説得力があった。

自分の好みでない女性が来た場合はーーこんなブスがくるようじゃ、チェンジしても変わらないだろうからーーキャンセルした。が、「キャンセルだけは、やめておいたほうが……」

部屋に来たブスが僕にそう助言する。

「あ?ふざけんな、キャンセルだよキャンセル」僕はこんな言い方しないけどね。

すると電話に出たヤクザみたいなのが脅しをかけてくることもある。

『お兄さん、なんだって?』

「キャンセルします」

『キャンセル?うちにはキャンセルなんてものはございません』

「え?でも、キャンセルOKって書いてありましたけど」

『ちょっと女にかわれ』

立ちすくんでいるブスに受話器を渡し、彼女が『はい、もしもし』と言いながら、その間も僕に向かって『お願いします。お願いします。』と頭を下げて、僕の表情を確めてくる。

「キャンセルは?……しないですよね?」

しかし、金を払ってまでブスを抱くほど、僕はお人好しではないので、受話器を受け取って、僕は言う。

「すみません。僕まだ未成年なんです」

『女にかわれ』

女にかわる。女は僕の顔をじっと見て「はい、はい、そんなふうに見えます」女が聞く。「いくつですか?」

「16です」僕は実年齢より若く見られた。

女が電話の男と話続けて、僕にいう。「こんかいだけは、いいそうです」

なんとか切り抜けた。

続いて、何回チェンジしても、タイプの女性が来ないこともある。なので、違うデリヘルに電話をして来てもらって、でもやっぱりさっきの人がよかったので、もう一度呼ぼうとするが、もうやたらめったら電話をかけていたから、どの店の子だかわからなくなってるなんてこともある。

そいう日はあきらめて、次の夜、渋谷に場所を変え、ラブホテルに入って、電話を入れて待つ。すると、この前、大塚でキャンセルしたブスが来たこともある。

「何!お前、渋谷でも働いてるの?」

「そうなんです」

「そうなんですじゃねーよ!」

それと、やたらとホテルを気にする女。

「どうして、ここ使ったんですか?この前、デリヘルの女の子が殺されたんですよ」僕に目を向けて「ひょっとしてこの部屋かもしれない。なんかそんな感じしません?私、霊感強くて。それとあそこのホテルも使うのはやめた方がいいですよ。前に首吊りがあったんです……」

死の匂いがプンプンする中で女を抱くわけだ。

あと、明らかに写真と違う人が来ることもある。ていうかもう本人だか違う人がきたのか確かめようがなかった。

「これ本当にあなたですか?違う気がするんですけど……」

「かつら被って写真撮ってるから、違う気がするだけじゃないの」

「なるほど、そーゆことね」

それから、電話番号も店の名前も違うにもかかわらず、電話に出る人が同じということも。

結局一つの店に違う電話番号が3つも4つもあるだけじゃねーか。

そして、妙におびえている気の毒なおばさん。

「早くしてよ、キャンセル?キャンセルするの?この仕事怖いのよ。先週もあったのよ、女の子が殴られて。だからキャンセルなら、キャンセルでいいわ。私帰るから、お願いだからそこから動かないでちょうだい、いい?わかった?」

切迫したものがあって、この仕事も大変なんだなあ、なんて思った。

当時は雑誌の中の手のひらで顔を隠した写真に胸が躍った。雑誌では山の手貴婦人って銘打っていたのに、よくよく話しを聞くと、実はストレスが溜まってる北区赤羽からおこしの中学生のお子さんを持つお母さんデリヘル嬢で、その結果、最初は予定通り山の手貴婦人を演じていたのだが、ごっこを続けていくうちに、「あなたのお母さんは、ちゃんと学校の会合にも出席して、家庭のこともちゃんと両立してやってるのかよ!」と言われ、途中から彼女の実生活が入り混じり、自由にやり始めたため、こちらが俳優になって「はい、そうです!ちゃんとやってます!」と答えると、彼女の目つきがきっと上がり、引いては彼女自身の不満をぶつけてきた。「嘘をつかないで!いつも見て見ぬふりをして、全部他人任せのくせしやがって。そのくせ、何よ、お昼は楽しそうに駅前の喫茶店にランチに行っちゃって。そうよね?でしょ?違うの?私知ってるんだから……それからさあ、バカ息子の授業参観日や運動会には毎回出席して、真ん中に陣取りやがって!」彼女の言い回しはひとことひとことが現実的だった。で、僕のお尻を平手で叩いて、そそり勃つ僕の男根へと顔を寄せてきて、僕の顔を見つめたまま「どうしようもない子ね。もうこんなに大きくなてるじゃないのよ。今度あなたのママに会ったら言ってやるわ、どういう教育してんのよって」勃起の側面に流れた雫を付け根から舐め上げ、舌を回すように動かし、ゆっくり根元のほうに舐めおろしていくそんなおばさんもいた。

あとは、美人な奥さんなんだけど、ほとんど疲れ果てちゃってて、マッサージしてあげたこともある。

「奥さん大丈夫ですか?」

「ごめん、なんか、急に疲れちゃった」

やれやれ、これでは自分の思うように進めることはできなくなる。なのでそういうときは、白い錠剤ーーバファリンでもなんでもいいーーを一錠あげると奥さんたちは変なクスリと勘違いして、やる気を見せるようになる。要するに気の持ちようてことか。

あとは入ったばかりの新人のおばさんが来て、向こうが興奮しちゃう場合もある。「お願い、まだあと10分あるからもう一回しよ。私、若い子としたの初めてなの」

荒っぽく「どうしようもねーな、このメス豚!ケツの穴だせよ、ケツの穴でやってやるよ」

「ああっ!」

終わった後は「痛かった?」

「ううん、楽しかった」

というのはウソで「勘弁してください。もう、疲れてできません」なんて断ったこともある。

「あああ……いやん。お願い。して」

そのおばさんの電話番号聞いておけばよかったか?

それからあとは、客が何を求めているかを判断し満足させてくれるプロ。

40代くらいで、黒いコートを脱ぐと、ワンピースを裾からたくしあげて、細いのにむっちりした質感を想像させる太腿は黒のガーターつきのストッキングをはいて、下着は黒のレース地のものなのに聖母の顔をもった熟女で、この人に会いに、新幹線に乗ってわざわざ東京までくるバカもいるんだとか。彼女の演技はなかなかのものだった。つまり、顔がよくて演技がうまい人はめったにいないからね。AVもそうでしょ?また、演技とは関係ないんだけど、彼女がしたうんこの中で、泳ぐ芸能人もいるんだって。

そんな彼女が微笑んで僕を呼んだ。

「いらっしゃい」

僕は言われた通りにした。頭の中に、真っ白なフィルターがかかっていく気がする。

僕はまるで性に目覚めた少年のように胸がドキドキしている。僕が目をやると、彼女の瞳が輝きをまして、笑みを浮かべながら僕の頬をなで、指で僕の唇をなぞり、顔を近づけ、僕の唇に唇を重ねる。セクシーな香りをまとった彼女が、女優のように華やかに変身する。そして宝石のように輝く黒髪を振り乱し、やがてすべてが終わると、バスルームで僕の顔に放尿し、静かにひざまずくと僕を腕の中に抱きよせてくれた。

もちろん演じてるんだ。自分の幻想に加担してくれる女を得るために金を払っているので、女は役者でなければならない。この時間を演劇の一幕だと考える。僕が好きなのは、一時的に別人になることさ。いや、正確には、永遠に子供でいたい、そう思って、愛に飢えていて、ごっこにはまっていたんだ。

いずれにしても、この半年というもの、僕の生活は、こんな具合だ。




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