閑話ー甘い

文字数 1,112文字



これは古い町の噺だ。
古い。
町、街?

古い建物ばかりの。


海は、
おそらく見えないだろう。

視えるかも知れない。
だが見えない。

確認したことはなかった。
海を見たいと思ったことはなかった。


海はないんだ。
ないに決まってる。

海なんて。

あってはイケナイ。

海のことなんて
知ってはイケナイ。


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築年数はシラナイ。

古い。

古い建物ばかり並ぶ町並み。

その一角。

一際、古いソレは建っている。


壁はツタに(おお)われ。
(こけ)も一部に成り果て、尽きて。

庭、だったであろう場ー
その面影の片鱗は(わず)かだ。


この町。
一番最後に建てられたものは
なんだったのか。
古くない建物はあるのか。

人気のない町は
夕闇の中
静かに
息を(ひそ)める。


僕は
ツタだらけの建物に帰宅する。



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エレベータはない。

古い建物ばかりの町。
ひと際
古い建物の、ココ。

段差も低い。
狭い階段がどこまでも続く。

僕の部屋ー
最上階の一番奥で。

ツタだらけの建物の
一番奥の、奥にある。


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僕の足音が響く。

階段を一歩。

カツ・・・ン。

階段を、
一歩。

カ・・・ン。

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扉が出てくる。

階段を上がり切り
一番奥までたどり着いた。


隣の扉が開かれた音を
一度も聞いたことがない。

僕は自分の部屋の扉を開けた。


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人気のない町は
宵闇(よいやみ)の中
静まりかえる。

息の音すら聞こえない。

僕は
ツタだらけの建物で
息を潜める。

毎日帰宅する。

夕闇に帰宅。
宵闇に紛れる。

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いつからここにいるんだろうか。

どこから帰ってくるんだろうか。


時々、疑問に思う瞬間がある。
それも一瞬のことで
すぐに当たり前になってしまう。

気が付くと
僕はこの部屋に帰ってくる。
そして夜になる。
繰り返す。

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人の住む町の中には
必ず『狭間(はざま)』があるという。

条件が整えば
必ず『狭間』にたどり着く。

手順を踏めば
望むと望まざるに関わらず
『狭間』に入ることになる。

狭間には
町があり、町の中には町がある。
町には
町が町として
棲み続ける。

同じ狭間を繰り返す。




慣れた道。
慣れた場所。
ふと甘い香りを感じたら
それは『狭間』が近い知らせ。

逃げても遅い。










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