ニュータイプ

文字数 2,787文字

色がちがうだけだろう。赤く塗ればいいんじゃねえのか。

赤いだけじゃないんだよ! 使われてる部品も性能も全部ちがうんだから。

 プラモデルに性能のちがいなんてあるのか。あんパンをかじりながら聞いた。

指揮官専用機だからね。出力系統がまるでちがう。あと量産型には(*008)レードアンテナがついてないけど――

 だめだ。なにをいってるのかさっぱりだ。

新井、悪い。聞いといてなんだけど、全然わかんねえわ。

マジで~

 例のこづかい稼ぎ。おれは今日最後の客=(*008)ンダムが大好きな新井(あらい)(まこと)といつもの取引場所=ワックスのにおいがぷんぷんしているこの視聴覚室で、金と注文された品物を交換していた。


 新井はとなりのクラス=三組のチビで、いつも学者みたいなメガネをかけている。そいつを外したときの顔が想像できないほどのガリ勉顔だが、頭がいいという話は聞いたことがない。

店へ返しに行くわけにもいかねえしなあ……

 家が車屋をやってるせいか、新井はスポーツカーやバイクなんかにも詳しく、そのへんに関係するものもよく欲しがった。今日もこれのほかにチョロQ三個をDrスランプの最新巻とセットで渡している。しめて七百円のお買いあげだ。

で、どうするよ? これ。

どうするっていわれても、ボクこのタイプ三つ持ってるし……

まいったな……

 半年前にこの稼ぎをはじめてから今日まで、新井が注文をしてこなかったことは一度もない。いってみればお得意さんだ。使ってきた金も断トツで一番だろう。おれの学費の半分はこいつが払ってきたようなもんだ。

んじゃ、この分はタダにしとくわ。それなら文句ないだろ。

 最初で最後のサービス。たかだか百数十円のそれで申しわけないが、これまでの感謝の代わりだ。

マジでいいの? タダで?

SOARER(ソアラ)』と刺しゅうされた帽子の奥で目を輝かせる新井。その帽子も運動会の前に売ってやったものだった。おれは頷いて、食いかけのパンにかじりついた。

そうだ、ちょっと待って。

 六年ものとは思えないきれいなランドセルから取りだされてきたのは雑誌。表紙にはガンダムの絵が描かれている。そいつを細長い指でパラパラとめくりはじめる新井。連続したページの起こす風がおれの鼻っ面に新しい紙のにおいを運んできた。

どこだったかな……

ガンダムはいいぞ、おれ。

あったあった。

 ページとページの間から抜きだされてきたなにか。ペラペラしている。

写真見ながら描いたんだけどね。

 どこにもガンダムの描かれていない、風景だけのセル画=どこかの海。それか湖。白い灯台の向こうに島だか山だかが見えている。船やかもめのような鳥も描かれていた。パンをかじる顎が思わず止まる。

うまいな……

 まるで写真だった。よく見ると半分に少し足りない月が、夕方と夜の両方を混ぜあわせた空へ透き通るようにして浮いている。セルの左下には『たそがれの海』と小さく書きこまれていた。なんだか懐かしい気分におれはなった。

こういうとこ、いっぺん行ってみたいと思ってさ。

海が好きなのか?

うん。長野には海がないからね。余計にそう思う。

 もう一度絵を見た。波とその泡、流れている感じの雲、近くの島、遠くの島々、月の模様。細かいところを見ていけばいくほどよく描けている。ただ――

灯台だけ、なんかちょっとあれだ。小さいな。

実物見たことあるの?

長野(こっち)へ来る前は千葉にいた。あそこのまわりは海ばっかりだ。

 新井の問いに答えながら、おれはいろいろと思いだしていた。焼けた砂の海岸、防波堤の灯台、沖の灯標、コンビナート、でかいタンカー、貨物列車。そして――ヘドロの浮いた海。

まあ、この絵ほどきれいじゃなかったけどな。おれがいたところの海は。

 口の奥にあったあんパンを飲みこみながらいった。

ところで『たそがれ』ってなんだ?

 歌の歌詞なんかじゃよく聞く言葉。なんとなく寂しい感じの意味だろうと、おれは勝手に思っている。

夕方と夜の間をそう呼ぶんだって。

 丸っきりはずれでもないが、正しいともいえない言葉の意味。いや、どっちかといえばはずれか。

あげるよ。

あげるって、これお前、一生懸命描いたんだろ。

なんかね、急にあげたくなった。ザクをタダでもらったっていうのもあるけど。

 おれたちは互いに礼をいいあい、手にしているものをそれぞれのランドセルへとしまった。

じゃあな、新井。

 最後のこづかい稼ぎが終了する。あとは鍵の確認を松本がしっかりやってくるのを待つだけだ。おれはふたつめのパン――ジャムのそいつに取りかかりながら、海の絵と空気しか入っていないランドセルを肩へかけた。

なんだ。教室へ戻らないのか。

 ぼうっと突っ立ったままおれを見ている新井にいった。

さっきから気になってたんだけど、給食のパンじゃないよね、それ。今日、パン(しょく)でもなかったし。

 親指以外をグーにした右手で背中のほうを指した。

くじゃく屋?

 頷き、三分の一ほどにちぎったあんパンを新井に勧める。

ちょこっと抜けだして買ってきたんだよ。くそまずいパンしか置いてねえんだけどな、あそこ。

 新井に『いらない』といわれたそれを口のなかへ放りこむ。

今日の給食、いつもよりおいしかったよね。特にプリン。

そうか。おれはまだ食わないで残してある。

全部?

ちがうちがう、プリンだけだ。

 とてもじゃないが食う気になれなかった今日の給食=プリン以外のそれ。ソフト麺、ケチャップスープ、ハンバーグ、切り干し大根。どれもこれも天然スパゲティーを思わせるものばかり。となりの席の女子が、馬鹿みたいに赤いスープのよそられた器へソフト麺をぶちこんだときに吐きけがきて、皿に乗っかったハンバーグを先割れスプーンでぶっ刺した瞬間に胃が暴れだした。牛乳一本じゃ、さすがに腹がもたない。


 窓辺へ移動し、空になったパンの袋をサッシの溝へ押しこんだ。視聴覚室にはなぜかごみ箱が置いてない。新井がおれのことを『変わってる』といった。どこでそんなふうに思うのかを聞く。

そうだなあ……怖いのかそうじゃないのかよくわかんない。いつもケガしてるし、だけどこうやって欲しいもの用意してきてくれるし、でもガンダム知らないからまちがえるし、今日はなんだか気前がいいし、給食の後にすぐパン食べてるし。

 まとめるとつまり『ガンダムをよく知らない、傷だらけで大飯(おおめし)食らいのかっぱらい』ということか。そんなやつは探せばどこにでもいる。おれからしたら目の前のこいつや聖香のほうがよっぽど変わっていた。

きっと(*008)ュータイプだね。

なんだそりゃ。

あのね、ニュータイプっていうのは今までの常識を――

いや、説明しなくていい。たぶん、なんとなく、わかる。

 次の注文、いいかな――おれたちは破られることが決定している約束を交わしあい、それから別れた。
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登場人物紹介

沢村怜二《さわむられいじ》


問題児兼主人公。非常に残念な脳みその持ち主。12歳。

松本亨《まつもととおる》


怜二の友人で計画の発案者。頭の回転は速いがうそはあまり得意じゃない。早生まれの11才。

顔なし女《かおなしおんな》


怜二の心のなかに居つく思念体。人の不幸が大好き。

出脇静恵《いずわきしずえ》


怜二を生んだ女。ノリノリのきちがい。バッティングセンスはなかなか。息子思いの34才。

武田眞路《たけだまさみち》


怜二の悪友で金持ち。話があらぬ方向にぶっ飛んでいきやすい。少年野球チームにも所属。12才。

染川蘭子《そめかわらんこ》


美滝小学校の生徒会長。正義とプライドのかたまりかと思いきや、意外と清濁併せ呑んじゃうタイプだったりする。12才。

岡崎聖香《おかざききよか》


怜二とは瞬間的に恋人関係だったことがある。清廉潔白風味。イモ欽トリオの真んなかが好きな12才。

児島真奈美《こじままなみ》


怜二の悪友の彼女。自称スパイ。好奇心旺盛な不思議系少女。もうじき12才の11才。

相馬秋子《そうまあきこ》


美滝小学校の養護教諭。真面目でやや過干渉気味も多少の融通はきく。趣味でリッターバイクを乗りまわしている。29才。

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