差別
文字数 2,392文字
くだらないやつに声をかけられた。
ちくり屋の石森。転入してきて三日めの放課後に、おれはこいつをぶちのめした。
石森が扉のなかをのぞきこむ。
二組のボスの座を追われた次の日から、ほかにやることがないのかというぐらい、こいつはおれのことを嗅ぎまわった。担任や佐東にあることないことをちくっては喜んでいるくだらない男。くそや死がいのまわりを飛びまわっている蝿とこいつはなにも変わらなかった。
蝿野郎の顎をつかみあげていった。盆につまようじを乗せたような顔がひくつく。廊下掃除の準備をはじめていた下級生どもがこっちを見たり、目を伏せたりしていた。
いいよ、放課後ね――頭よりもみぞおちが聖香のセリフを覚えていた。その時間まではまだあとひとつ、授業がある。おれと話すのをやめてやっぱり塾=公文へ行くことにしたのか。
蝿野郎が保健室の扉に向かって叫ぶ。そうしながらおれの手をさりげなく顎からどけた。
まるで自分はそんな名前じゃない、といった態度で脇を過ぎていく児島。なかなかスパイっぽかった。
盆の上のつまようじが細くなる。寝てるといわれれば、そうだろうなと思う目が女スパイの背中を追いかける。
こっちを向いた居眠り顔の顎をもう一度つかむ。今度は右手で襟首もつかみあげてやった。
相変わらず邪魔くさいことばかりいってくる蝿野郎。保健室に
まだだいぶ味の残っているガムが蝿の顔に当たって落ちて転がる――十円弱を無駄にした計算。大金を手にすることが決まっているとはいえ、ちょっともったいなかった。
蝿野郎がポケットからなにか――トイレットペーパーでくるんだものを取りだし、そいつでおれの左手を突っついてきた。
ふわふわしていた。マシュマロかなにかか。男から、ましてや蝿野郎にそんなものをもらっても気持ち悪いだけだ。食う気になんてとてもなれない。
寝てるといわれれば、そうだろうなと思う目がわずかに開く。
おれはトイレットペーパーでぐるぐる巻きにされたそいつを、巻物を広げるようにして手のひらへ転がした。
中身は女子が使うあれ。それも血のついたやつだ。この男はいつもこんなものを拾って歩いてるのか。
爪でつまんだそいつを蝿野郎の足もとへ放った。
鼻、喉、みぞおち、脇腹、股ぐら――急所だけを狙う。どこをぶん殴ればどうなるかはわかっている。死にたいなら殺してやる。そうじゃなくても殺してやる。蝿野郎の目玉のふちへ親指をかけた。
〝やめなさい!〟
弱い力で羽交い絞めにされた。後ろへ頭突きを食らわそうとしたときに白衣の袖が目に入った。
血まみれでぶっ倒れている蝿野郎。たぶん、気を失っている。
相馬が、伸びているヘンタイの横へ屈みその肩を揺さぶる。聖香のそれかもしれない生理用品は無視された。君づけで繰り返し叫ばれる蝿の苗字――やっぱり差別をされていたおれ。
廊下の前後へ目を走らせる――どこからともなく集まってくる教師ども。誰かがおれの体を階段脇の壁へ押さえつける。コンクリートの冷たさが頬に心地よかった。
壁に押さえつけられたままいった。おれの名前をがなる声がどこからか急接近してくる。誰だかわからない教師に放せと怒鳴った。頭と背中にかかっていた力が弱まる。壁から勢いよく体を離して後ろを見た――渡辺。佐東にいつでもへいこらしている三組の担任が特急でおれから逃げていく。
〝また貴様か!〟
右後ろからの怒鳴り声。振り向いた。げんこつ=のろまな佐東のパンチ。当たり前に
佐東が叫ぶようにいい、それからおれの首根っこを引っつかんできた。
どいつもこいつも色メガネ。佐東、お前の話なんか何度聞かされてもわかんねえよ、馬鹿。