儀式
文字数 1,103文字
この世で一番嫌いな場所が見えてきた。おれは爪の間の泥を親指の爪でほじくりながら、いつもは通らない畑のなかを突っきっていった。老いぼれの姿はない。代わりに黒い、小さな影が闇と野菜の間を跳ねまわっていた。
ハツが手塩にかけて育てた秋キャベツをひとつ、蹴っ飛ばす。葉っぱを撒き散らしながら転がっていくそいつを見ているうちに笑いがこみあげてきた。きっときちがいどもを何百回も蹴っ飛ばしたら、あんなふうにバラバラになって死んでいくんだろうな――そう思ったからだった。
ちゃんと口を動かして、いった。誰も聞いちゃいなかった。
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玄関の脇でハナコが盛大にしっぽを振っていた。出迎えられたおれはキツネ色の首に素早く腕をまわし、頭をなで、鼻鳴きを封じた。そんなことをされてもハナコは自分の気持ちを思いのままにぶちまけてくる。あっという間に服を毛まみれにされた。
べちゃべちゃの鼻を泥や松本の血でできた染みに押しつけてくるハナコ。その体を抱えこみながら犬小屋のなかの餌箱をのぞきこむ――いつのものかわからない
最後の猿芝居――ぶっ壊れているこの人生をいっぺんに修理するための儀式。玄関の前で深呼吸をする。息を止める。目をつぶる。開ける。息を吐く。おれの命令を無視したハナコが自分の動ける範囲一杯のところで首を傾げていた。