第12話:エンロン危機

文字数 1,571文字

 そして「エンロン・オンライン」と称するサイト上にその新市場を構築した。そのサイト上で売買を仲介するだけでなく自らがマーケットメーカーとなって売買を主導するというものだった。具体例を同社が1997年に開始した「天候デリバティブ」で説明する。天候デリバティブとは、アパレル業者が手掛ける冬物衣料は寒さの厳しい冬によく売れる。

 その一方、暖かい冬になると例年より売れなくなってしまう恐れがあった。アパレル業者は天候が気になり、こうした浮き沈みを回避したいと考えた。そんなアパレル業者に対しエンロンは暖冬になれば一定の補償料を支払うオプションを販売した。また、屋外レジャー施設を運営する業者の場合は、その反対で、寒さが厳しい冬にると来場者数が減る。

 そうした屋外レジャー施設業者に対しエンロンは厳冬になれば一定の補償料を支払うオプション商品を販売した。もしくは、アパレル業者と屋外レジャー施設との間に入ってデリバティブ取引を仲介した。もちろん、実際の取引内容は上に挙げた例のような単純なものではなかった。

 キャップ「補償料の上限付き」やフロア「補償料の下限付き」スワップ「上の例で言えばアパレル業者と屋外レジャー施設業者のキャッシュフローの交換」やカラー「補償料の上下限付き」など、多くの条件を付けて危険を回避していた。このようにエンロンは単なる大手エネルギー企業から取引所や証券会社、保険会社などの機能を兼ね備えたソリューション・サービスIT企業へと変貌した。

 2001年に同社が打ち出した「世界に冠たる企業となる」というビジョンを目指し、その実現へと近づいていった。エンロンはロビー活動にも余念がなかった。テキサス州の知事を務めたJ・W・ブッシュ、父、J・W・ブッシュ元米大統領への献金に始まり、最終的には米連邦上院議会の議員の約7割に対して献金をしたと言われている。

 エンロンの社内には、ロビー活動と有利な政策との費用対効果を分析するコンピュータープログラムまで存在しており、「ザ・マトリクス」と呼ばれていた。費用対効果の観点から言えば共和党への献金が効果的と考えられますが、実際のところ同社に大きく貢献したのは、民主党のビル・クリントン米大統領時代だったと言われている。その頃に行われた10億ドルの補助金付き融資だったとされている。

 2000年のITバブル崩壊とともに米国経済は減速、エネルギー業界にも陰りが見えた。また、インドやブラジルといった海外で展開していた事業などにおいても採算の悪化や損失といった問題が散見された。それに加えて同社の情報開示の悪さが株価を下落させた。同社の高収益体質については以前から「謎」と言われていた。

 しかし、問題が表面化し情報開示の悪さが信頼低下を招き更に株価が下落という悪循環が始まった。エンロン社が主力事業として育てようとした通信事業は評価が高かった。しかし、2000年のITバブル崩壊で敷設した光ファイバーの利用拡大が進まず、約20億ドルもの損失が発生した。

 海外事業でも約24億ドルで取得した英国の水道事業が上手くいかずに頓挫した。ブラジルでのエネルギー開発は、採算が合わずに途中で白紙に戻し約20億ドルの損失を出した。それに加えて約25億ドルを投じたインドの売電事業では、取引相手の地方自治体が債務不履行に陥り、支払い遅延から約10億ドルの損失したと言われている。

 本業でも2000年に起きたカルフォルニアの電力危機の際、買収した発電所を意図的に停止させて卸電気料金をつり上げたとの批判に受けた。さらに地元電力会社PG&E社の倒産で5億ドル以上の損失を被った。これらの事業の業績悪化が株価下落を招いた。それに加え、CFO「最高財務責任者」らによる不透明な簿外取引とそれに絡む多額の損失が発覚した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み