十月の物語 ブルームーンの奇跡

文字数 8,675文字

 キーワード

 ≪ブルームーン≫
 一ヵ月に満月が二回現れる現象。
 一ヶ月中に訪れる二回目の満月を指す
という説もある。


 その中でも、一年のうちにこの現象が
二月(ふたつき)(二ヵ月)あることは(まれ)で、
実際に、数年前にはこの現象が起こった
ということである。


 一説では本当に月が青くなると
言われている。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここは宇宙に存在するある惑星(わくせい)


 月に君臨(くんりん)する龍王の赤子(あかご)
今やっとはるかかなた何億キロも離れた
この惑星までたどり着いたところでした。


 龍の赤子(あかご)は思いました。


 (ボクは知ってる。


 ここには伝説のお宝があるって。 


 この地にボクは呼ばれたんだ。 


 だから羽根をひろげてやって来た。 


 おじいさまが言ってたんだ。


 「もしもおまえが

幸せになってほしい人を見つけたら、

そのお宝で幸せにしてあげなさい。」って。 





 あっ、あった! 


 この玉だ!)


 実は龍の赤子(あかご)がやって来たこの惑星は、
天に住まう神々が大切な財宝を保管する
倉庫だったのです。


 赤子がそれを手に取って帰ろうと
したとき。





 「異界(いかい)子龍(こりゅう)よ! 


 その宝玉(ほうぎょく)を持って何とする。。。」


 どこからか声が聞こえてきました。 


 どうやらその声の(ぬし)
その財宝を守る門番のようです。


 そして、突然姿を現しました。


 仁王(におう)さまのような形相(ぎょうそう)のその門番は
龍の赤子の前に立ちはだかります。


 その門番を見て、龍の赤子は
ちょっとビックリしました。


 でもその時、龍の赤子は思ったのです。


 (怖そうだけど、

 このおじさんはきっと優しい。


 だって。。。



 あの子とまったく同じ

暖かいぬくもりがあるんだもん。


 だからボクは

勇気を()(しぼ)って答えたんだ。)



 「エッヘンッ! 


 大好きなあの子の幸せのため。。。」



 すると、その門番は赤子をとがめる
どころか、にっこり笑って、す~っと
消えていってしまいました。



 (このお宝で、早くあの子が幸せに

なってくれるといいな。)





 そう。


 龍の赤子が手にしたそのお宝とは。





 天界でも一、二を争うほどの
たいへん貴重な財宝。


 ≪青妃涙(せいきるい)≫と呼ばれるその宝玉(ほうぎょく)は、
天を統率(とうそつ)する最高位の神の(きさき)

喜びの涙を流した時にだけ
青く光る美しい玉となり、

みごとこれを手にした者は
どんな願いでも叶えることができ、

悲しみや苦しみも
瞬時に喜びに変えてしまうという
たいへん貴重なお宝。



世界三大美女の一人と言われている

あの(かた)も、

フランス革命で有名な革命家の

その(かた)も、


 そして、

日本の戦国武将の中でも

五本の指に入ると言われている

この(かた)も、

誰もがのどから手が出るほど
欲しがったと言われる代物(しろもの)なのです。


 そしてこれを届ける役割を
(にな)っているのは、月に君臨(くんりん)する
この龍の一族だけ。


 それも次期国王となる龍の王子のみに
与えられている特権なのです。


 誰にもたらすのか、当然それを決定する
権利も持っています。


 この龍の一族は、月から地上へ
やってきて、人々に幸せを届ける
たいへん高尚(こうしょう)な存在。


 ただし、
それをもたらすことができるのは

 一年の内、
≪ブルームーン≫が二回起こる年のみ。


 この年はすでに
一回目の≪ブルームーン≫が
八月に起こり、

二回目の≪ブルームーン≫が起こる
今月、十月。 


 最初の満月が昇る十月二日の今日。


 龍の赤子はお宝を持ったまま地球を
目指して真っ直ぐ飛んでいきました。 


 まだまだ未熟で小さな四本の羽根を
はためかせ。







 さてさて、こちらは東京のある町。 


 マンションの五階に
月石(つきいし)龍平(りゅうへい)」君という
小学校二年生の男の子が住んでいます。 


 お母さんは三年前に病気で亡くなり、
今はお父さんと二人暮らし。 


 「龍平」君は耳が聞こえません。


 お父さんとは
≪手話≫で会話をしています。


 「宿題、終わった?」


 「うん、終わったよ。」


 「じゃあ、夕飯にしよう。


 またチャーハンでごめんね。」


 「ううん、ぼく。。。

 お父さんの作るチャーハン大好きだよ。」


 「龍平」君のお父さんは
ソフトウェアを開発しているエンジニア。


 「龍平」君はお父さんのことが
大好きで、将来はお父さんのように
エンジニアになりたいと思っています。





 夕飯が終わって、
部屋で勉強をしていると。。。


 「トントン。」


 なにやら窓をたたく音が。 


 「へんだな? 風かな?」





 ここはマンションの五階。


 人がたたくはずはありません。



 しばらくすると

「トントン」とまた音がします。


 不思議に思って「龍平」君は窓の
カーテンを開けてみます。







 なんと。。。



 窓の外には見たこともない
小さな生き物がふわふわと
浮かんでいるではありませんか。


 ワニのような、恐竜のような、
真っ白な生き物。


 背中には四本のちっちゃい羽根があり、
ニコニコしながらうるんだ青いひとみで
こっちを見ています。



 (龍に似ている。。。) 


 「龍平」君がそう思った時。






 「ポ~ン!」



 音がしたと思ったら
目の前にはすでにその生き物が。



 「うわぁっ!」



 「龍平」君びっくりです。


 「おどろかせちゃった?  


 ごめんね。 


 はじめまして。


 ボクの名前は『月花龍(げっかりゅう)』、 


 月からやって来たんだ!」


 「えっ 月から?」


 「うん、そうだよ! 君の名前は?」


 「ぼくは「龍平」って言うんだ。


 でも。。。


 ぼくは耳が聞こえないはずなのに、

君の声が聞こえるのはなぜ?」


 「なぜって。

 
 きっと心が通じているからだと思うよ。


 はい、プレゼント!」


 「これを。。。ぼくにくれるの? 


 ありがとう。


 わぁ、きれ~いな青い玉だ。」



 「龍平」君がそれを手に取ると、
その玉からまるで滝のように
ものすごい勢いで青い光が流れ出し、

クルクルと渦を巻いたかと思うと
玉と一緒にす~っと龍平君の
右手の甲に入っていきました。



 「「龍平」君。 君の右手の甲には

龍の紋章があるんだよ。


 金色に輝くその紋章は

ボクたち龍の一族と縁がある証拠。
 

 ボクはそれを目印に

君のところまで来ることができたんだ。 


 君はボクの住む月と同じ香りがする。 


 同じぬくもりをもってる。 


 ボクは月からずっと君を見てた。


 幸せになってほしいとずっと思ってた。 



 あの青い玉はね、

幸せを運ぶお宝だったんだ。



 でもお宝に選ばれなければ

せっかく持ってきても

一瞬にして消えちゃう。 


 自分で元の場所にもどっちゃうんだ。



 あの玉はきっと

君が受け取ってくれるのを

ずっと待っていたんだと思う。


 ボクはそれを届けに来たんだ。」


 「ぼくに渡すために

わざわざ遠い月からきてくれたの?」


 「うん。そうだよ。」


 「ありがとう。」







 「「龍平」君。 

 ボク、君にお願いがあるんだけど。」


 「なに?」


 「ずっと君のそばにいてもいい?


 ボク、君のそばで

ずっと君を(まも)りたいんだ。 



 君はお母さんが亡くなってから

いつも泣いてたでしょ? 



 ボクはそんな君をいつも月から

見てたんだよ。 



 ボクが君のお母さんの代わりに

ずっとそばで君を(まも)るよ。 


 そのためにもっともっと修行して

はやく大きくなって強い龍になりたいんだ。 



 そうすればもっと君を幸せにできる。」


 そういうと龍の赤子は「龍平」君の
手の上にぴょんと飛び乗りました。 


 子供の両手に収まるくらいの大きさ。 


 青いつぶらな、かわいらしい瞳に
真っ白な体。 


 小さな四本の羽根をひらひらはためかせ、
「龍平」君を見つめています。


 ふわふわモコモコで
人差し指でちょんちょんつついてみると
おもちみたいにやわらかです。 


 「ほんとにずっと一緒にいてくれるの?

 
 ぼくの友だちになってくれる?」


 「もちろんだよ。


 じゃあ、ずっとそばにいていいんだね。」


 「うん。いいよ。」







 そしてその龍の赤子『月花龍』は
二十九日後の二回目の満月の日に
また「龍平」君に会いに来ると約束
しました。 


 強く成長した姿で必ずもどってくると
「龍平」君に誓ったのです。







 一方こちらは龍の王国。


 王国では、赤子である王子が
行方不明になってしまい大騒ぎです。 


 そんな中、母である龍王の(きさき)
母であるがゆえ、息子の固い決心を
すでに感じ取っていました。 


 そして、その鋭い眼差(まなざ)しで、一瞬にして
息子の居所を突き止めたのです。


 龍は千里の先まで見抜く千里眼(せんりがん)
もっていると言われ、その目が、人間の
心の奥底をも瞬時に見通すとも言われて
います。


 すぐにでも息子の元に
()けつけたかったのですが。。。


 どうしても次の満月の日まで
待たなければなりませんでした。 


 息子は無事だろうか。


 無事であってほしい。


 今はそう願うしかなかったのです。







 『月花龍』が姿を消してから、
「龍平」君はずっと『月花龍』の姿を
探していました。


 本当にまた戻ってきてくれるのか? 


 もう戻ってきてくれないのではないか?


 ずっと心配したまま、
とうとう約束の日はやって来ました。







 それは十月三十一日。


 二回目の満月の日の夜。




 部屋にいると、


 「「龍平」君。 「龍平」君。」


 「龍平」君を呼ぶ声がしたのです。 


 でもあの時の声とは違って
何かもっと落ち着いた大人のような声。


 その時、「龍平」君は、

(きっと『月花龍』だ。

ぼくとの約束を守ってくれたんだ。。。)


 そう思い、急いで窓のカーテンを
開けました。





 驚いたことに「龍平」君の目の前には、
あのかわいかった龍の赤子の『月花龍』
ではなく、大きく成長した大人の成龍(せいりゅう)
姿があったのです。



 ほんの一ヵ月たらずで赤子が進化を
果たすというのは、通常であれば
不可能なこと。


 でも『月花龍』は「龍平」君の
幸せのため、この一ヵ月ずっと厳しい
修行に励んでいたのです。


 傷つき、苦しい思いをし、
自分を追い込みながら、自らの力を
高めることだけを目標に。


 自分がこんな姿になってしまったら
「龍平」君が怖がって嫌われてしまう
のではないか。


 そんな不安な気持ちとずっと葛藤(かっとう)
していました。


 でも「龍平」君をただただ幸せにしたい
という強くひたむきな想いが
『月花龍』にその覚悟を決めさせたのです。


 よく見ると翼はところどころ折れ、
体のあちこちは傷だらけ。


 痛みで顔は引きつり、いかに厳しい修行を
重ねていたのかがよくわかります。



 「かわいそうに。。。」



 「龍平」君は
その傷をやさしくなでてあげました。





 するとどうでしょう。
 


 体じゅうにあった傷も、折れた四本の翼も
一瞬にして修復(しゅうふく)し、元の美しい傷一つない
青い目の白き龍の姿にもどったのです。


 なんと「龍平」君にはそのような存在の
傷を優しく(いや)す不思議な力があるのです。


 『月花龍』を思う「龍平」君の
ひたむきな気持ちを満月の光のパワーが
後押(あとお)しし、あの赤子(あかご)だった子龍(こりゅう)
みごとに威厳ある成龍(せいりゅう)へと進化を
果たしました。


 かわいらしかった青い目は
一瞬で周囲の状況を的確に見抜く
凛々(りり)しい眼差(まなざ)しへと変わり、

赤子特有のもちもちとした体は
どんな苦境にも耐えられる
強靭(きょうじん)な肉体へと変化し、

小さかった羽根は、
瞬時にどこへでも飛んでいける
立派な四本の翼へと成長していました。







 そして月と地球のつながりが
もっとも深まるこの日。



 二度目の満月の光のパワーが
最高レベルに達したその時。



 地上は月の光で力強く照らされた
のでした。





 それはまるで満月のスポットライト。


 昼間と見まがうほど美しい
そのスポットライトで、みごとに月と地上を
つなぐ一本の道が生まれました。




 この道は最初の満月でできた
光の道よりさらに大きな道。


 何千倍ものパワーで、より大きな
光の道が作られ、これにより大きな成龍を
地上に送り出すことが可能になるのです。





 そして、ついに一体の龍がその道を通って
月からまっすぐに、まっすぐに舞い降りて
きました。 





 もうお分かりでしょう。



 そうです。 


 『月花龍』の『母龍(ははりゅう)』の降臨(こうりん)です。





 息子を迎えに来たのです。



 龍の王国から、ひたすら息子の無事を
祈っていた『母龍(ははりゅう)』が、
やっと地上に降り立つことができました。


 降り立った途端(とたん)
母龍(ははりゅう)』は息子のもとへと飛び立ちます。


 そのスピードは恐ろしいほど早く、
まるでジェット機のような轟音(ごうおん)を立てて
あっという間に『月花龍』と「龍平」君の
元にやってきたのです。





 愛しい息子のもとへ。





 龍の親子の再会です。







 「お久しぶりです。 母上。
 
 ご心配をおかけしてしまい、

申し訳ございませんでした。」


 「いいえ、あなたの固い決心を

この母はよくわかっていましたよ。 


 元気でしたか?」


 「はい、息災(そくさい)に過ごしておりました。」







 「いったいどれほど

このときを待ち続けたことか。


 「龍平」君。


 ()が息子、『月花龍』をおそばに

おいてくださり、ありがとうございました。



 この子が行方不明になってしまったとき、

私はとても後悔し、自分の無力さを

知りました。



 一刻も早く迎えに行きたい。



 でも行くための道がなかった。



 地上と私の一族が住む月はあまりにも

あまりにも遠すぎる。



 地球に(おもむ)くには、私が通るための

道が作られる二度目の≪ブルームーン≫の

満月のときでなければならなかったのです。





 でもその間、「龍平」君、

あなたのおかげで息子はみごと成長し、

優しい心を持つあなたのすばらしさを

見習い、ずいぶん大人になったようですね。


 ()が一族は、このご恩を一生忘れる

ことはないでしょう。



 お礼に、あなたご自身だけでなく、

周囲の方々とともに≪大いなる栄光≫を

つかむことができる【輝ける栄光の力】を

お授けいたしましょう。



 本来は()が一族だけが代々 継承(けいしょう)できる

この力。



 「龍平」君。 あなたはその力を

受け取るのにふさわしいお方です。



 どうか私たちの感謝の気持ちである

この力をお受け取りください。」


 そう言うと、『母龍』は、右足に
ついていた金色に光るリングをはずし、
「龍平」君の右手首にはめてくれたのです。


 「()が一族とあなたにしか見えない

このリング。


 月が宇宙にある限り、月の光がパワーと

なり、そのリングを通してあなたに幸運を

もたらすでしょう。」



 「ありがとうございます。」



 「龍平」君はそう言うと
両手を合わせて『母龍』に会釈(えしゃく)しました。





 「「龍平」君。


 「龍平」君にお願いがあります。


 私を()故郷(ふるさと)、月へもどすか、

それとも「龍平」君のおそばにいることを

許可するか、「龍平」君に決めていただき

たいのです。


 私は「龍平」君のそばにいたい。


 そしてずっとずっと「龍平」君を(まも)って

差し上げたい。


 でも私にそれを決める権利はありません。


 その権利があるのは、私の(あるじ)である

「龍平」君、あなただけなのです。


 もちろん私が月に帰っても月から

「龍平」君をお(まも)りすることはできます。



 私は月に帰るべきか、

それとも「龍平」君のおそばにいるべきか、

どうか、どちらかをご自身の言葉で

お答えください。」





  改めて『月花龍』にそう問われ、
『月花龍』がずっとそばにいてくれる
ものだと思っていた「龍平」君は
考えてしまいました。



 三年前にお母さんを亡くし、お母さんの
いない淋しさを一番知っている「龍平」君。





 もしここにいてほしいとお願いして
しまったら、『月花龍』は『母龍』と
(はな)(ばな)れになってしまう。







 「龍平」君は迷いました。





 そして。。。







 「ごめんなさい。 お母さん。 


 お母さんと(はな)(ばな)れにしちゃうけど。。。



ぼくは、『月花龍』に。。。


ぼくのそばにいてほしい。。。



 いて。。。ほしいです。



 わがままだけど、そばにいてほしい。







 ぼく、友だちがいないんです。


 ぼくはただみんなと一緒に遊びたい

だけなのに。。。



 みんなぼくから離れていくんだ。





 耳が聞こえないから。



 近所の子供たちと話ができないから。



 ずっとずっと淋しくて。。。



 お父さんに心配かけたくなくて、

いつも我慢(がまん)してた。



 ぼく、絶対に『月花龍』にずっと一緒に

いたいと思ってもらえるような人に

なるって約束します。



 だから。。。だから。。。


そばにいてほしい。。。」





 そして、「龍平」君は
今までずっと誰にも言えなかった
そのつらい思いを『母龍』に伝えると、


















 「うわあぁぁぁぁぁ。。。」




 とうとう大声で
泣き出してしまいました。





 泣きたいことがあっても
けっして泣かなかった「龍平」君。


 その「龍平」君が、やっと自分の気持ちを
正直に、そして勇気を出して『母龍』に
打ち明けたのです。







 泣き叫ぶ「龍平」君をしばらくじっと
見つめていた『母龍』は、



 「「龍平」君。。。


 あなたのお気持ち、私にはわかりますよ。


 よく正直に話してくれましたね。


 『月花龍』はそのひと言をずっと

待っていたのです。


 「龍平」君が勇気を出して打ち明けて

くれるのを。


 そうですね? 『月花龍』?」


 「母上には(かな)いませんね。


 その通りです。」


 「私にはすべてお見通しです。


 我々龍一族には千里の先まで見通す

眼があるのですから。





 「龍平」君。


 私のことは、どうかお気になさらず。


 本当の気持ちを正直に伝えてくれて

ありがとうございます。



 「龍平」君。


 ひとつだけ。。。



 私と約束をしてくれますか?」



 そう自分に問いかける『母龍』を
「龍平」君はじっと見つめます。


 もし自分にはできないような
約束だったらどうしよう。。。


 そんな不安な気持ちになりながらも
涙を手で(ぬぐ)い、「龍平」君は『母龍』に
尋ねます。



 「どっどんな約束ですか?」







 「()が息子、『月花龍』はこれからも

精一杯「龍平」君を(まも)ることでしょう。



 でも、そんな『月花龍』でさえも、

力になれないことがこれからたくさんあると

思います。



 その時は、「龍平」君のお父さま、

学校の先生、そしてお友だち、たくさんの

人たちに正直に「龍平」君の気持ちを話して

力になってもらってくださいね。



 そのためにも、自分からきっかけを

作っていくことも必要です。



 私には、「龍平」君を理解してくれる

人たちがこの世界にもたくさんいるように

()えますよ。


 もし理解してもらえなくてもけっして

あきらめず、理解してもらえるまで

やってみる。





 それは、「龍平」君にとっては

とても難しいことなのかもしれません。



 でも、それこそが「龍平」君にとって

幸せになるためのとっても大切な、大切な

一歩なのです。」



 『母龍』の暖かい言葉で、深く傷ついて
いた「龍平」君の心は少しずつ(いや)されて
いきました。





 そして「龍平」君は決断します。



 「お母さん。 ありがとう。



 ぼく、ずっと我慢(がまん)してた。


 ずっとあきらめてた。



 でもそれじゃダメなんだって

今、やっとわかりました。



 やってみます。



 もう我慢(がまん)しない。


 もうあきらめない。 絶対に。」


 『母龍』はそうはっきり答えてくれた
「龍平」君を微笑(ほほえ)ましく見つめながら、


 「大丈夫。


 「龍平」君ならきっとできます。


 だってもうすでに、私たちに勇気を出して

自分の気持ちを話してくれたでしょう。」


 そう言って
「龍平」君を安心させたのです。





 そして、今度は『月花龍』に向かって、 
こう言いました。


 そのときの『月花龍』を見る『母龍』の
眼差(まなざ)しはとても(けわ)しいものでした。


 「『月花龍』。


 あなたの使命は、もはや()が国の国王

として国家の繁栄(はんえい)尽力(じんりょく)することでは

ありません。



 今この瞬間から、あなたの使命は、

「龍平」君を守護(しゅご)する存在となり、

「龍平」君を(まも)り抜き、幸せにすること、

となったのです。



 あなた自身が決めたことです。


 もうあと戻りはできませんよ。



 国王である父上も、そして母である私も

あなたがその使命を(まっと)うすることを

強く望みます。」
 
 



 厳しくも理解してくれた『母龍』の優しい
決断の言葉に『月花龍』は、


 「私のわがままをどうかお許しください。
 

 母上。。。


 ほんとうにありがとうございます。



 父上に。。。


どうか父上に、くれぐれもよろしくお伝え

ください。」


 そうお礼を述べました。







 別れの時。





 『母龍』は、その大きな四本の翼で
『月花龍』をやさしく包み込むと、
しばらくじっと『月花龍』の顔を見つめて
いました。


 息子を(いと)おしく想う『母龍』のその瞳
からは一筋の涙が(ほお)を伝って流れていった
のです。





 それは。。。

 成長した息子の晴れ姿を見た(うれ)しさと、

愛しい息子と別れなければならない淋しさで

満ちあふれた、



 母だからこそ流せる涙。



 青く美しく光るその涙は、まるで
深い海色の雪のようにヒラヒラと宙に舞い、
「龍平」君の元へ舞い降りてきたのです。





 「なんてきれいな涙なんだろう。」





 しばらくすると、『母龍』は
その四本の翼をバサバサと大きく
はためかせ、月の光の道へと向かうと、
す~っと月へ向かって昇っていきました。





 「お母さん。 ありがとう。」







 「『月花龍』。。。


 ずっとぼくのそばにいてね。


 どんなことがあってもいっしょにいてね。」


 「はい。
 

 雨が降ろうと。


 風が吹こうと。


 雪が降ろうと。





 桜の花が咲き乱れる春も。


 太陽に向かって咲く向日葵(ひまわり)の夏も。


 色とりどりの秋桜(こすもす)の美しい秋も。


 そして、

 雪の中で力強く咲く白椿(しろつばき)の冬も。



 季節がどんなに移り変わろうと、

ずっと「龍平」君と一緒にいます。」





 「「龍平」君、あなたを(まも)ります。」



 「約束してくれる?」



 「約束します。」







 「「龍平」君も約束してくれますか?


 勇気を出して、自分の思いを伝えられる

人になるって。」



 「うん。 約束するよ。」










 そんな出来事から十年が()ちました。 


 「龍平」君も今は高校三年生。


 数学の授業中、教室の窓の外では
いつものように『月花龍』が
「龍平」君をじっと見護(みまも)っています。


 時々 可笑(おか)しな顔をして「龍平」君を
笑わせるので、隣の席の女子生徒が
不思議がって、


 「あ~。


 また窓を見て笑ってる~。


 どうして笑ってるの?」


 と尋ねます。



 そんな「龍平」君の答えはいつも同じ。 





 「どうしてかって? 


可笑(おか)しいから笑ってるんだ。」

                                終
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