十二月の物語 幸福鐘《こうふくのかね》よ、鳴り響け

文字数 4,998文字

キーワード:
天啓(てんけい)≫:神からのメッセージ
神界(しんかい)≫:神々の住む世界
人界(じんかい)≫:我々人間の住む世界
≪クラッパー≫:鐘の中にある、
        鐘を鳴らすための
        丸い球体のこと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここは、とある森の中。


 底冷えのする十二月のある日。


 ヒラヒラと小雪舞う森で
道に迷ってしまった一人の男性が
美しい歌声に()かれて
ある教会までやって来ました。


 その男性の名は「宮原(みやはら) 幸信(ゆきのぶ)」。


 《グレゴリオ聖歌》が響き渡るその教会。


 一年ほど前、「幸信(ゆきのぶ)」は家の近くにある
教会を訪れたことがありました。


 その時耳にした聖歌隊が歌う、
この《グレゴリオ聖歌》。


 神への祈りと感謝の言葉が(つづ)られた
そのすばらしい歌声に心から感動し、
(ひと)(なみだ)したことを思い出したのです。


 再びその《グレゴリオ聖歌》を
耳にして、傷ついていた「幸信」の心は
なぜか(いや)され始めていました。





 実は、「幸信」が迷い込んだ
深い、深い森のこの辺り一帯は、
神父やシスターなど、ほんの一握りの
聖職者のみぞ知る聖なる地。 


 彼らが神々より≪天啓(てんけい)≫を預かった
時にのみ、この地に《幻鐘(げんしょう)の教会》が
出現するのです。 





 そう。 



 今、「幸信」の目の前にある教会こそが
まさにその《幻鐘(げんしょう)の教会》。


 ≪神界(しんかい)≫と≪人界(じんかい)≫の狭間(はざま)にある
この教会は、神々が直々(じきじき)に管理しており、

吹き抜けになっているその頂上には
幸福鐘(こうふくのかね)≫と呼ばれる鐘が存在します。





 その名のとおり、

この鐘が鳴り響くとき。




 それは≪吉報(きっぽう)≫の合図。 





 この教会に現存する古い資料によれば、
最後に鐘が鳴ったのは、もう数百年も前。 


 今に至るまで、この鐘の()
聞いた者は誰一人としていないのです。


 今回、幸運にも、ある≪神≫より
天啓(てんけい)≫を預かった、一人の『神父様』が
緊張と興奮で胸を高鳴らせ、
今か今かと「幸信」が訪れてくるのを
首を長くして待っていらっしゃいました。





 そこへ、重々しい音とともにドアが()き、
『神父様』が待ち望んでいた「幸信」が教会を訪れたのです。



 ギギッ、ギギギギギッ、

 ギギギッ、バッタンッ。



 教会に入った「幸信」は辺りを見回します。


 不思議なことに、先ほどまで聞こえていた
《グレゴリオ聖歌》を歌っていた聖歌隊の姿は
(まった)くなく、真っすぐ向こうの祭壇の前では、
『神父様』が膝間(ひざま)づき、両手の指を組んで
祈りを捧げていました。


 「幸信」はその祭壇へと続く赤い絨毯(じゅうたん)
敷かれた通路をゆっくりと歩きながら、
『神父様』に近づいていきます。




 そして。。。



 「あのぅ、すみません。


 どうもこの森で道に迷ってしまったようで。


 森を出る道を教えていただけませんか?」


 「幸信」は『神父様』にそう尋ねました。


 高鳴る気持ちを抑えながら
『神父様』は「幸信」にこうお答えに
なります。


 「宮原 幸信さんですね? 


 お待ちしておりました。」


 「えっ?


 どうして私の名をご存じなのですか?」


 突然、見ず知らずの人に自分の名を
呼ばれ、びっくりする「幸信」に
『神父様』は優しく語りかけるように
こうおっしゃいました。


 「私は神父。


 ある≪神≫からのメッセージを

あなたに伝えるために、

ここであなたを待っていたのです。





 いったい私はこの時を

どんなに待ち望んだことでしょう。


 幸信さん。


 あなたは道に迷ったのではなく、

この教会に導かれてやって来たのですよ。」



 『神父様』のそのお言葉に
「幸信」はただただ驚くばかり。


 「幸信さん。


 私には、あなたの心の中に(ひそ)み続ける

後悔の念が見えます。


 よかったら、その後悔の理由(わけ)

私に話していただけませんか?」


 初めて出会った『神父様』に
いきなりそんなことを言われた「幸信」は、
気が動転してしまいました。 


 そしてしばらく黙っていましたが、
なぜだか今まで誰にも語ったことのない
心の内を、「幸信」はぽつりぽつりと
話し始めたのです。


 「実は、私の助言のせいで、

ある人を傷つけてしまったのです。


 良かれと思って掛けた言葉で

その人は深く傷ついたようで、

それ以来一切連絡が取れていません。」





 『神父様』は、しばらくじっと
「幸信」を見つめていらっしゃいました。



 そしてこうおっしゃったのです。


 「幸信さん。


 その人は、あなたの言葉で傷ついたのでは

ありません。


 あなたに指摘されても、自分の(あやま)りを

素直に認めることができず、すべてを

あなたのせいにしているだけです。



 それより私には、今まであなたが

救ってきた多くの方々の、あなたに向けた

感謝の言葉が聞こえています。 


 あなたは本当に多くの方々を救って

きたのですね。


 人と接する時のあなたはいつも誠実で、

何より思いやりがあります。 


 心から相手を思いやる気持ちがある

からこそ、あえて厳しい言葉も投げかける。 


 互いが互いに無関心でありがちな

この社会で、なかなかできることでは

ありません。



 悪いと思う気持ちを(いだ)けずに

他人のせいにばかりしたり、

自らを正当化しようとして

生まれる心の影というものは

どんなに(ぬぐ)い去ろうとしても

絶対に取り除くことはできないものです。



 ですが、あなたは(まった)く違います。 


 人のためにあえて行動し、

人のために苦しんだ過去がある

あなたならば、誰よりも幸せになれる

権利があるのですよ。」


 「幸信」は、何か心当たりがあるような
表情で、黙って『神父様』の言葉に耳を
傾けていました。 


 「自分は本当に幸せになってもよいの

だろうか? 


 そう迷いながらも、幸せになりたいという

強い思いが、あなたのその心の中で、

≪一筋の光≫となってかすかに輝いている

のが、私にはよくわかります。


 幸せになりたいというその思いを自ら放棄

してしまった時、幸せになるための唯一の

支えであるその≪一筋の光≫でさえも

一瞬にして消えてしまうでしょう。 


 幸信さん、今ならまだ間に合います。

 
 ≪神≫も、あなたはもう幸せになるべき

時だとおっしゃっております。 


 七十億人以上いる人類の中で、

その≪神≫に選ばれたのはたった一人、

あなただけなのです。 


 どうかもう思い悩むのをやめ、

ご自身の幸せを願ってください。」




 多くの人を救ってきたと言われても、
その自覚がない「幸信」は、『神父様』に
尋ねます。


 「神父様は、私が多くの人々を

救ってきたとおっしゃいましたね。


 でも私は、神父様がおっしゃるほど

人を救っているとはとても思えません。


 私はそんなに完璧な人間でもない。


 知らないうちに人を傷つけてしまっている

こともあるのではないかとずっと悩んでいる

んです。


 何かの間違いではないでしょうか?」




 そう言う「幸信」を見つめながら、
『神父様』は首を横に振りながら、
こうおっしゃいました。


 「いいえ、間違いではないのです。

 
 自分の命を()けて人を救う。


 何もそのような行動ばかりが

人を救うということではないのです。 


 あなたは覚えていらっしゃらないと

思いますが、今のあなたとしてこの世に

存在する前、何度か転生を繰り返す中で、

あなたは実にたくさんの人々を救って

いるのです。 


 そう、閉ざされてしまった彼らの

傷ついた心の(やみ)を救ってきた。。。

とでもいいましょうか。」 


 「幸信」は『神父様』の言葉を聞き、
しばらく黙り込んでいましたが、

やがて意を決したように
『神父様』に尋ねます。


 「では、いったいどうすれば

私は幸せになれるのですか?」


 『神父様』は、「幸信」の首に
十字架を掛け、こうおっしゃいました。


 「これは、【希望の十字架】。

 あなたに渡すように、

ある≪神≫よりお預かりしたものです。 



 その≪神≫の名は『ベル』。


 あの天井をごらんなさい。」


 そして『神父様』は天井を指さしました。


 「あれは≪幸福鐘(こうふくのかね)≫と呼ばれる鐘。 


 ≪鐘の神≫『ベル』が創り出した

『ベル』にしか生み出せない特別な鐘です。 


 よく見てください。

  
 不思議なことにあの鐘には

本来存在するはずの音を鳴らすための

≪クラッパー≫が存在しないのです。 


 『ベル』に選ばれし者だけが

独自の≪クラッパー≫を

創り出すことができ、

それにはその『ベル』に選ばれた

あなたの願いが必要なのです。


 さあ、その十字架を

包むように手を合わせて目を閉じ、

心の中でご自分の叶えたい未来を

思い描いてください。 


 将来こうなりたい、こうしたい、

どのような願いでもかまいません。
 

 いくつでもかまいません。 


 あなたのその願いを

≪鐘の神≫『ベル』が受け止め、

その願いを叶えるための力を宿した

≪クラッパー≫を

創り出してくださるでしょう。


 すべての願いを

心の中で描き終わったら

目を開けてください。」


 「幸信」は手を合わせ、(わら)にもすがる
思いで、今まで願い続けながらもずっと
あきらめかけていた大願が成就するように
心を込めて≪鐘の神≫『ベル』にお願い
しました。 





 そしてそっと目を開けてみると、
鐘はまるで月明かりのような美しい光に
包まれ、その光が一層力を強めると、
次第に内側に虹色の光をまとった
≪クラッパー≫が出現したのです。


 「ああ、幸信さん。

 あなたの願いは。。。

 何て美しいのでしょう。。。」


 『神父様』は感極(かんきわ)まって少し涙ぐんで
いらっしゃるようでした。


 「あのクラッパーの輝く虹色は、

まさしくあなたの願いそのものです。 


 あとはあの鐘を鳴らすだけ。 


 あの鐘が鳴った時、あなたの願いは

すべて実現へと導かれるでしょう。


 さあ、願いを込めて、あの鐘に向かって


幸福鐘(こうふくのかね)よ、鳴り響け》


 そう叫んでください。」




 『神父様』のそのお言葉に、





 「幸福鐘(こうふくのかね)よ、鳴り響け!!!


 「幸信」は思いっきり叫びました。

 
 (≪鐘の神≫『ベル』よ、

どうか願いを叶えたまえ。。。)


 そう思いを込めて。







 するとその瞬間。









 ゴ~ン。。。 ゴ~ン。。。







 ついに≪幸福鐘(こうふくのかね)≫は鳴ったのです。 




 何という美しい音色でしょう。 




 数百年の時を越えてよみがえり、
再び鳴り響いた≪幸福鐘(こうふくのかね)≫。


 ≪鐘の神≫『ベル』が数百年かけて
やっと見つけた人物、

「宮原 幸信」。





 その「幸信」の願いを手に、
自らが自らの≪クラッパー≫で
鳴らしたその素晴らしき音色に
『ベル』も涙していました。




 そして。。。



 その『ベル』の姿を見た『神父様』も
また『ベル』に祈りを捧げられました。





 それは、

自分が生きている間、絶対に聞くことが
できないと思っていた《幻鐘(げんしょう)の教会》の
鐘の()を聞くことができた喜びと、

再びその鐘を鳴らすことのできる
唯一の人物、「幸信」と巡り会える
チャンスをくださった≪鐘の神≫『ベル』
への感謝の気持ちからでした。


 「幸信」の目にも感激の涙があふれて
いました。 





 そして、『神父様』に尋ねます。


 「神父様、こんな私でも本当に

これから幸せになれるのでしょうか?」


 『神父様』は「幸信」を真っすぐに見つめ、
こうお答えになりました。


 「幸信さん。 


 どうか、ご自分を信じてください。


 幸せには、

「これ」という決まりもなければ、

「こうあるべき」という形もありません。


 幸せかどうか、

それはあなた自身が決めるもの。 


 あなた自身が感じるものです。


 形として存在していないからこそ、

あなたが幸せだと感じたことは、

人が何と言おうと

あなたにとっての幸せなのです。 


 ほかの人にとっての幸せが

あなたにとっての幸せとは限らない。


 あなたの望む幸せは、

必ずあなたの心の中だけに

存在しているものなのです。 





 ≪幸福鐘(こうふくのかね)≫は

あなたが幸せになるその日まで、

これからもあなたの心の中で

鳴り続けるでしょう。 


 そして、


あなたが栄光をつかむその日まで、

あなたへの感謝の声もまた

あなたの心の中でずっと生き続ける

ことでしょう。
 

 ≪鐘の神≫『ベル』も、そして私も、

あなたのこれからの人生が

素晴らしいものとなるよう、

いつまでも祈っております。」


 そうおっしゃると、『神父様』はドアを
開け、奥の部屋へ入っていかれました。










 ふと気がつくと、
「幸信」はひとり森の中にいました。 


 目の前はもう森の出口。


 「教会は? 神父様は?


 あれは夢だったのだろうか?」


 そう自分に問いかける「幸信」。 







 いいえ、夢ではありません。 



 「幸信」の胸には、あの時、
『神父様』から掛けていただいた
【希望の十字架】がキラキラ輝き、

見上げた空には、あの時確かに見た、
虹色に輝く美しい≪クラッパー≫と
全く同じ色の虹がかかっていたのですから。


                                   終
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み