一月の物語 神様はご先祖様

文字数 5,557文字

 「たっ、たいへんです。


 昇龍(しょうりゅう)さん。


 奥の本殿に(まつ)られているはずの

≪神様≫が。。。 ≪神様≫が。。。」


 年が明けたばかりの元旦の朝早く、
あまりにびっくりして祈祷師(きとうし)昇龍(しょうりゅう) 導光(どうこう)
電話をかけてきたのは、月照(つきてらす)神社の
宮司様でした。


 導光がよくよく話を聞いてみると。。。


 例年のことながら、
年末から様々な行事で忙しい神社では、
()き上げやら祈祷(きとう)やらで、
てんてこ舞いだった昨夜の大晦日(おおみそか)から
初詣(はつもうで)に訪れた地元住民の長蛇の列で
にぎわう中。。。


 いつものように本殿に(まつ)られている
≪神様≫に祈りを捧げようとしたところ、
そこに鎮座(ちんざ)していらっしゃるはずの
≪神様≫が行方不明になってしまわれたと
言うのです。


 (そんなことがあるはずはない。


 年が明けたばかりの元旦である今日は、

一年の中でも一番人々が神社を訪れることは

≪神様≫もご存知のはず。


 人々の願いに耳を傾けて下さる

とても大切な時期であるはずなのに。。。


 なぜそんなことに?)


 とにかく、知り合いの宮司様から
≪神様≫の《捜索願い》を(うけたまわ)った導光は、
きっと何かの間違いだろうと思いつつも、
急いで月照(つきてらす)神社に向かいます。





 神社に到着した導光は、自分の目を
疑いました。


 「こっ、これは。。。

 いったいどういうことだ。」


 導光が驚くのも無理はありません。


 なぜならすでに≪神様≫は、
本殿を抜け出し、ふわふわと神社の上空を
(ただよ)っておられたのですから。


 しかも、まるでサンタクロースのように、
大きな、大きな白い袋を肩にかついで
いらっしゃいます。


 その袋はパンパンに膨らんでいて、
今にもはちきれそうでした。


 そして導光を空から見下し、ニッコリと
微笑(ほほえ)まれると、そのまま北の方に飛んで
行かれてしまったのです。


 (これはただ(ごと)ではない。)


 そう思った導光は、≪神様≫を見失わない
ように急いであとを追っていきます。


 ところが不思議なことに≪神様≫は、
まるで導光に同行を求めるかのように
ゆっくりとゆっくりと進んでいらっしゃる
ご様子。


 どうも神社のある奈良県から日本列島を
北上しながら飛んでいかれているようです。


 (いったいあの≪神様≫は

どこに行かれるつもりなのだろう。


 それに。。。


 あの大きな袋は何だ?


 中に何か入っているように見えるが。


 パンパンでやけに重そうだ。)


 導光は注意を払いながら、≪神様≫の
あとをずっとつけていきました。





 いったいどのくらい時間が経ったの
でしょうか?



 気がつくと導光は、海沿いの町まで
来ていたのです。


 辺りを見回し、今、自分がどこにいるのか
確かめてみると。。。


 (えっ? なに? 松島?


 まさか。。。


 ここは、本当にあの松島か?)





 そう。


 導光がたどり着いたのは、なんとなんと
宮城県は松島。


 それも海沿いの松島港に近い場所。


 驚く導光を見下ろしながら、
≪神様≫は一軒の家の上空を何度も何度も
旋回(せんかい)していらっしゃいます。


 しばらくすると、その家から一人の中学生
ぐらいの≪少女≫が出てきました。


 その家の上空で旋回していらっしゃった
のは、どうもこの≪少女≫が家から出てくる
のをずっと待っていらっしゃったからの
ようです。


 ≪神様≫は歩みを進める≪少女≫のあとを
空の上からゆっくりとついて行かれました。


 不思議に思う導光もそのあとをつけて
いきます。


 ≪少女≫は、初詣でにぎわっている
地元の神社の横を通り過ぎ、細い路地に
入って行きました。


 時々胸を押さえながら、苦しそうな表情
で、歩く速度も遅く、何度か歩みを止めては
また歩き出す。


 しばらく進んでいくと、家と家との間の
狭いすき間に小さなお(やしろ)がありました。


 やっとたどり着いたという表情をして、
≪少女≫はそのお(やしろ)に手を合わせ、
何かお願いをしているようでした。



 その時、導光には≪神様≫の声が
聞こえたのです。


 「導光よ。


 (われ)の願いを聞いてはくれぬか。」


 「はっ。 かしこまりました。


 どのような願いでございましょう。」


 「(われ)が数百年かけて集めたたくさんの

【福徳】がこの袋の中に入っている。


 この【福徳】をこの子に授けたい。 


 だがそのためには、神社に(まつ)られている

≪神≫としての名前ではなく、天界にいた時

(われ)の名前を思い出さねばならぬ。 


 もう何百年も前のこと。 


 (われ)は以前の名を忘れてしまった。 


 この子に【福徳】を授けるためには、

その以前の名を唱えてもらわねばならぬ。 


 今の≪神≫としての名は、すべての人々の

願いを受け止めるための名前。


 ひとりの先祖として、子孫であるこの子に

【福徳】を授けるためには、(われ)自身の名を

もって授けなければならぬ。


 たいへん不思議なことに、この子には、

記憶をよみがえらせるというすばらしい

力がある。


 【(いにしえ)の名よ。 

 遠い記憶よりよみがえりたまえ。】


 この言葉をこの子に唱えてもらって

ほしいのじゃ。


 それこそが()が名を思い出すための

言霊(ことだま)となる。」





 そうは言われても、いったい初対面の
この≪少女≫に、どのように説明すれば
わかってもらえるのか。


 いきなりこの言葉を唱えてほしいなど
とも言えず、どう切り出そうか、迷った末に
導光が≪少女≫に声をかけようとすると。。。



 「導光さん? ですよね。」


 導光はびっくりしました。 


 まさか≪少女≫の方から声をかけてくる
などとは思ってもいなかったのです。 


 しかも≪少女≫は導光の名を知って
いたのです。





 その≪少女≫によれば。。。


 小さいころから病気がちだった
≪少女≫は、友だちもできず、
よくこのお(やしろ)の前で、ポツンとひとりで
遊んでいたということです。 


 そしていつもこのお(やしろ)の≪神様≫に、

 「早く病気が治って、

みんなとかけっこをしたり、

山に登ったり、海で泳いだり、

学校に行って勉強したい。


 だから早く病気を治してください。」

 そうお願いしていました。


 物心ついたときから夢など一度も
見たことがなかったのに。



 ちょうど一週間前、夢の中で不思議な
声を聞いたというのです。


 「一週間後の一月一日の元旦、

午後一時に必ずこのお(やしろ)を訪れ、

≪神様≫にお願いをしなさい。 


 そこで待っていれば

導光という名の祈祷師がやってくる。 


 あとは導光に任せればよい。 


 そうすれば、きっとそなたの願いは

叶うだろう。」 



 「それなら話は早い。 お嬢さん。


 【(いにしえ)の名よ。 

 遠い記憶よりよみがえりたまえ。】


 という言葉を唱えていただけますか?」


 導光がそう≪少女≫にお願いすると、
≪少女≫はまるで訴えるようなまなざしで
導光を見つめながらうなずき、唱えます。


 【(いにしえ)の名よ。 

 遠い記憶よりよみがえりたまえ。】


 ≪少女≫がその言葉を唱えると、
≪神様≫は、はっとした表情をお見せに
なり、

 『豊徳(ほうとく)恵寿(けいじゅ)』。 

 そうつぶやかれました。


 そして導光にこうおっしゃったのです。


 「導光よ。


 (われ)は思い出したぞ。


 神社に(まつ)られる前の()()を。」





 『豊徳(ほうとく)恵寿(けいじゅ)



 それが≪神様≫の以前のお名前。



 そして≪神様≫は、ご自身の想いを
その≪少女≫に伝えてほしいと
導光に懇願されたのでした。


 導光は、その≪少女≫に、
夢の中で聞いたその声の(ぬし)
≪少女≫のご先祖さまだと説明し、 
今は≪神様≫であらせられる
ご先祖さまからのお言葉を伝えたのです。





 「()が子孫よ。


 愛しき、愛しき()が子孫よ。


 ずいぶん待たせてしまったな。


 どんなにこの手を差し伸べたかった

ことか。。。



 この日まで。。。

ただ遠くから見護(みまも)るしかなかった。。。

無力な(われ)を。。。許してほしい。。。





 生まれながらに弱き体。


 されど笑顔を絶やさず、

さながら、春の木漏(こも)れ日のごとく、

柔らかな光で周囲を包みこむ美しき魂よ。



 そなたの笑顔に、(われ)さえも救われた。


 そなたのような子孫が生まれたこと、

心から誇りに思う。



 満ちあふれる慈愛の心で

人を笑顔にする()が子孫。


 そなたこそが幸せになるべき者。



 さすれば、その幸せが周囲にも

広がっていこう。
 




 まさにこの日、

ついに、()が全ての【福徳】を

授けるべき時がやってきた。
 

 そなたの幸せを願う(われ)の想いとともに、

どうか、どうか受け取ってほしい。」





 導光がそのお言葉を≪少女≫に伝えた時、

澄んだ≪少女≫の瞳から、とめどなく涙が

あふれてきました。


 「導光よ。

 (われ)は今、その子の目の前に()る。 


 (われ)に向かってその名前を唱えるように

言ってはもらえぬか?」

 
 「承知いたしました。」


 導光が、≪少女≫に『豊徳(ほうとく)恵寿(けいじゅ)』と
唱えるように頼むと、≪少女≫は≪神様≫の
方に向かって手を合わせ、願いを込めて、
豊徳(ほうとく)恵寿(けいじゅ)』と唱えました。


 そして、ていねいに一礼したのです。







 するとその瞬間。





 バ~ンッ!!!



 物凄い音がして、≪神様≫がかついで
いらした、大きな、大きな袋が開いたかと
思うと、たくさんの【福徳】がその袋から
飛び出してきたのです。





 一番最初に出てきたもの。


 それは≪少女≫が一番望んでいたもの。


 《病気治癒》《健康長寿》でした。 


 次から次へと飛び出す【福徳】。


 《無病息災》《学業成就》

 《金運・財運上昇》

 《出世成功》《昇進昇格》

 《商売繁盛》《家内安全》

 《一発逆転》《良縁成就》 などなど。


 まだまだ数えきれないほどの【福徳】が
飛び出し、大きな、大きな(だいだい)色の光に
なると、≪神様≫はその光の中にご自身で
何百年もかけて作り上げた【恩恵】をそっと
添えて≪少女≫の魂に宿していったのです。







 もう何代も何代も前のご先祖様。 


 天寿を(まっと)うし、何百年にも及ぶ、
それは、それは厳しい修行を()て、
ついに≪神様≫へと昇格されたご先祖様。


 天界で人々を見護(みまも)るよりも、
地上に降りて、もっと人々のすぐそばで
人々を見護り、その願いを叶えたい。 

 
 その一心で、流れ着いた神社に(まつ)られ
ましたが、そのお心の奥には、愛する子孫を
幸せに導きたいという強き想いがずっと
秘められていたのです。


 ゆえにその強き想いで≪神様≫はまた
さらに長い年月をかけて、たくさんの
【福徳】をお集めになりました。


 きっといつの日か、ご自身の集めた
【福徳】とご自身が作り上げた力である
【恩恵】の数々を残さず渡せる子孫が現れる
のを願いながら。


 ≪少女≫を見つめるその優しいお顔は、
もはや≪神様≫としてのお顔ではなく、
間違いなくご先祖様としてのお顔。


 ≪少女≫の幸せを願うその想いが
確かに≪神様≫の表情にはっきりと
表れていました。  





 ご自身と血のつながった子孫というご縁も
もちろんおありだとは思います。


 けれど、ずっとずっと子孫である
その≪少女≫の幸せをただひたすら願って
くださっていた慈愛に満ちたご先祖様。





 ≪神々≫が人々の幸せを願うように、

 親が子の幸せを願うように、

 先祖が子孫の幸せを願う

 その愛はとても(とうと)く美しいものです。





 すべての【福徳】や【恩恵】が
≪少女≫に注がれたのを見届けると、
≪神様≫はまたニッコリと微笑(ほほえ)まれ、
あっという間に空へと飛び立たれて
行きました。


 やっとご自身の長年にわたる切なる想いを
果たせて安心され、ご自身の神社へと
おもどりになったのでしょう。


 子孫の幸せを何よりも願うご先祖様。


 とは言え。。。

 今は神社をお(まも)りする≪神様≫で
あらせられる以上、これからは、なお一層
そのお務めを果たすべく尽力してくださる
ことでしょう。






 涙をぬぐっている≪少女≫に向かって
導光は優しく言葉をかけました。


 「たった今、ご先祖様はお帰りに

なりましたよ。


 ずっと、ずっとあなたのことを

見つめながら。


 とても嬉しそうなお顔をされていました。



 これからあなたにはたくさんの幸せが

待っています。


 いいえ、待つ必要もないでしょう。


 こうしている間にも、その幸せが、

物凄いスピードであなたに向かってやって

来ているのが私にはわかります。


 それは、どれだけ苦しい状況にあっても

≪希望の光≫を持ち続けたあなただからこそ

起こすことができた奇跡。


 ご先祖様もおっしゃっていたとおり、

あなたの笑顔はほんとうに素敵だ。


 その笑顔を前にすると

なぜだかみなが幸せな気持ちになる。


 あなたのその笑顔から

勇気と安らぎをもらった人々は

きっとたくさんいるでしょう。



 その笑顔こそが

あなたにとって一番の≪宝≫であり、

誰も手にすることができないもの。



 私は、誰もが持っているその人自身の

≪宝≫にそれぞれが誇りを持ち、

自信を持って生きていってほしい。


 そう思っています。



 いつまでもその笑顔を絶やさず、

ご自身を信じて生きていってくださいね。



 あなたのように

周囲の人々を優しく包み込むことが

できる人はなかなかいない。



 これからは、ご自身の幸せと

あなたの幸せを願う人々の幸せも

祈りながら生きてくださいね。」


 物腰柔らかに穏やかな口調で
励ましてくれた導光に、その≪少女≫は、


 「ありがとうございます。 導光さん。


 ご先祖様に何とお礼を言っていいか。


 私、絶対に幸せになります。


 そして、今まで私を励ましてくれた

人たちに恩返しがしたい。。。


 そう思っています。」


 ≪少女≫のその力強い決意表明のような
言葉に導光のアドバイスは、


 「まずはあなた自身が幸せになること。


 それが一番の恩返しになりますよ。」


 導光のその言葉に
≪少女≫はしっかりとうなずきました。







 ご先祖様の愛しい子孫を想うその(とうと)
お気持ち。


 その愛の深さをひしひしと感じながら
感慨(かんがい)深げに導光は家路へと向かうのでした。





 ところで。。。

 いったい導光はどうやって
ここまで≪神様≫を見失うことなく
たどり着いたのか。。。



 それはこの物語の中では
あえて語らないことにいたしましょう。



 さてさて。。。



 勘のいいみなさんなら、どうしてこの
≪神様≫が、何百年も待ち続け、数ある
子孫の中でもこの≪少女≫に【福徳】を
お授けになったのか、きっとお分かりに
なることでしょう。


                                     終

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