七月の物語 萬福ネコの虎之助、ここに参上

文字数 4,685文字

 
 皆さんはご存知ですか?


 百合の花の名前の由来を。


 ≪百年目に合う≫と書く百合の花。 


 実はこの百合の花が
たくさん咲いている花園が
東京にもあるのです。



 ここは隠れたパワースポット! 


 梅雨が終わり、
いよいよ夏が始まろうとしていたある日。


 (かぐわ)しい百合の香りが
幸運をもたらしてくれそうな、
そんな場所に、

一人の女性が
素敵な出会いを求めてやって来ました。


 白馬に乗った王子様が
現れないかな~と願いつつ、
百合の花園を眺めていると。


 彼女は自分をじっと見つめる
視線に気づきます。 


 あっ、背後に気配が。。。


 振り向いてみると、
そこには≪白馬に乗った王子様≫





ではなく、





なぜか一匹の丸々と太った
茶トラの猫がいたのです。


 しかも、その猫は
じっと彼女を見つめています。


 野良猫なのに
人を見ても逃げようとしません。


 百合の花が、
猫に悪影響を及ぼすと
知っていた彼女は、
急いで猫を抱き上げて、
別の場所に移そうとしました。



 「あれっ?」



 何か変。


 この猫、
丸々と太っているのに
まるで空気のように軽いのです。


 すると、


その猫は
彼女の顔をじ~っと見つめながら、


こう言ったのです。



 「白馬に乗った王子様じゃなくて、
どうもすみません。」



 突然、猫がしゃべりだし、
びっくりした彼女は
猫から手を離してしまいました。


 ところが、
地面に落ちるはずの猫は
宙に浮いたまま。


 「あれっ、あれっ?」


 猫は話を続けます。


 「驚かせてすみません。


 私の名前は『虎之助(とらのすけ)』。 


 ずっと昔、

あなたの何代か前のご先祖様に

飼われていたネコなのでございます。 


 その方のお名前は『夏目漱石左衛門(なつめそうせきざえもん)』。


 あなたはその方のご子孫ですよね?」



 彼女の名前は夏目(なつめ)百合子(ゆりこ)


 確かに何代か前に

漱石左衛門(そうせきざえもん)』という名のご先祖様がいたと

以前父親から聞いたことがありました。


 「百年前から

ずっとずっと探しておりました。 


 私はずっと昔、

この世に生きた野良猫だったのです。 


 飢えて死にかけていたところを

あなたのご先祖である

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様に助けられたとです。」



 なぜだかちょっと

九州弁が入っている様子。


 実は、生前、
人に愛されて幸せな一生を終えた猫は、

 その幸福を
これでもかというくらいに
自らに詰め込み、

丸々と太った『(まん) (ぷく)ネコ』となり、
お世話になった人の元へ

そのご恩返しとして、
幸福を届けにやって来る。。。

そんな伝説があるのです。



 「『漱石左衛門(そうせきざえもん)』様のおかげで、

こうして私は『(まん) (ぷく)ネコ』として

存在することができたとです。


 恩返しばしに行こうとしたら、

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様は私にこう言ったとです。



 「「おまえは本当に『虎之助(とらのすけ)』なのか?


 恩返しをしようと

わざわざワシの元まで来てくれて。


 ありがとう。 『虎之助』。


 だが、ワシは十分幸せだ。


恩返しは必要ない。


 おまえのその気持ちだけでうれしい。


 ワシはただ

おまえを助けたかったから

助けただけなんだよ。


 おまえがいてくれたおかげで

ワシは淋しくなかった。


 お礼を言いたいのはこのワシの方だ。」」



 「「ご主人様。
 

 それでは私の気がすみません。


 あの時私はもうこれで自分は死ぬんだ、

そう思ってあきらめていたのです。


 そんな私を

死から救ってくださったのは、


ご主人様、あなたです。


 ご恩返しができなければ

私はずっと後悔したまま

成仏(じょうぶつ)しなければなりません。


 私がここまで成仏(じょうぶつ)するのを

引き延ばしたのは

ご主人様に

ご恩返しをしたかったからなのです。


 どうか、ご恩返しをさせてください。」」



 私は泣きながらそう言って

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様に

お願いをしました。


 すると『漱石左衛門(そうせきざえもん)』様は、



 「「そうか。


 よくわかった。


 それならば。

 
 ワシに代わって、

ワシの子孫に恩返しをしてくれないか。


 妻に先立たれ、

子供たちはもうここには住んでいない。


 すでに所帯(しょたい)を持ち、

住み慣れた土地に(きょ)を構えている。


 ここにもどってくることはないだろう。


 いずれ孫も生まれるだろうし。


 ワシの願いは、

孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)と子孫が代々繁栄し、

幸せになってくれること。


 そのワシの子孫の誰かを、

おまえの力で幸せにしてくれぬか。


 『虎之助』。


 よろしく頼む。」」



 そこで私は百年もの間、

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様の

子孫の方々を日本中探しとりました。」



 長い、長い時間と、

なんとしても命の恩人のご子孫を

幸せにしたいという強い想いで、

『虎之助』は

その身にどんどん幸福力を詰め込んで、

ついにこんなに丸々太った

(まん) (ぷく)ネコ』となったのです。



 「それは、わかったけど。


ねぇ、どうして九州弁のような

話し方をするの?


 私の父の実家は北海道。


 九州じゃないわ。


 九州弁を話すなんて、

なんかおかしい。」



 百合子さんの(うたぐ)り深い言葉に

『虎之助』は、



 「そっ、それには、深~い、

う~んと。。。

深くはないですが、

理由(わけ)がありまして。



 寒がりの私には

北海道の冬はとても(つら)く。


 生前はずっと囲炉裏(いろり)のそばから

離れられませんでした。


 『(まん) (ぷく)ネコ』となってからも

寒さ嫌いは相変わらず。


 寒さに耐えながら

(あるじ)だった

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様のご子孫を探すため、

まずは北海道から

≪ご恩返しの旅≫を始めたのです。


 秋になっても捜索は難航し、

とうとう苦手な冬に。


 その寒さに耐えられず。


 私は次の地、青森へ移動しました。


 ところが、青森の寒さは北海道以上。


 続いて秋田、岩手と徐々に南下しながら

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様の

ご子孫を探し続けましたが全然見つからず。


 そこで、夏は日本列島の北の方を捜索し、

冬は南の方を捜索することにしました。


 そんなある日、

九州でご子孫の捜索をしている時、

私と同じように

(まん) (ぷく)ネコ』となり、

恩人探しをしているネコと出会い、

九州の観光地を

案内してもらっているうちに。。。」


 少しうつむきながら
申し訳なさそうに話す『虎之助』に

百合子さんは、

 「九州の観光地を

案内してもらっているうちに、

どうしたの?」


 ちょっとにらみつけながら
問いただします。


 「すっ、すっかり

九州が気に入ってしまい、

ごっ、五十年ほど

九州で過ごしていたため、

中途半端に九州弁が

体にしみついてしまったようで。。。」


 「恩返しだとか言っているわりに、

五十年もロスしたわけ。


 信じられない。


 その間、いったい何をやってたのよ。」


 「面目(めんぼく)ございません。


 どうも寒がりの私には

九州が合っているようで。


 でも沖縄は暑すぎて

私には合いませんでしたが。」



 百合子さんの目が怖~い

『虎之助』でしたが、

思い切って

百合子さんにこう切り出しました。



 「ですが、百合子さん。


 あなたには

叶えたい願いがありますよね? 


 どうかその願い、

私に叶えさせてください。 


 実は、今年がちょうど百年目。
 

 『(まん) (ぷく)ネコ』でいられるのも

これが最後の年なのです。


 あなたの願いを

叶えることができなければ、

漱石左衛門(そうせきざえもん)』様の

ご恩に(むく)いることができないまま、

私は成仏(じょうぶつ)してしまうのです。」



 確か、そういえば、

百合子さんの父親の話では、
父方のご先祖様は
代々猫を飼っていたそうで、

その猫の名前は

なぜだかみんな『虎之助』だと
聞いていました。


 父親もどうして代々猫の名前が
『虎之助』だったのかは
わからないと言っていましたが。



 ということは、

この猫は初代『虎之助』?


 まんざら
ウソを言っているようにも見えない
この変な猫の言葉を、

百合子さんは
とりあえず信じてみることにしました。



 そして、

「私、欲張りだから、

願いを一つに(しぼ)ることができないの。


 それでもいい?」


 その百合子さんの言葉に、
『虎之助』は、
飛び上がるくらい喜びました。



 そして、

 「おまかせください。


 全部、叶えてみせます。」


 今度は真顔で
はっきりと答えたのです。



 「それでは百合子さん。

 心の中で

叶えたい願いを思い描いたら、

私にひと言、

≪『(まん) (ぷく)ネコ』、願い叶えたまえ≫

呪文(じゅもん)を唱えてください。」


 百合子さんは、

『虎之助』に言われた通り、

願いを思い描いたあと、

≪『(まん) (ぷく)ネコ』、願い叶えたまえ≫

と呪文を唱えました。 


 するとどうでしょう。 


 『虎之助』は目をキッと見開き、
百合子さんをじっと見つめます。


 『(まん) (ぷく)ネコ』の『虎之助』には、
その呪文で、
相手の願いを読み取ってしまう
特別な力があるのです。



 「あなたの願い、よくわかりました。 


 誰もが幸せになれる、

心が救われるような願いですね。


 ですが、(とうと)い願いであるだけに、

その願いを叶えるためには

かなり困難を要するようです。


 高い、高い(へい)

乗り越えなければならない

とでも言いましょうか。」



 すると不思議なことに
目の前にはいつの間にか
高い、高い(へい)が現れました。


 「百合子さんの代わりに

私がこの(へい)を乗り越えてみせましょう。
 

 私が無事に乗り越えられれば

あなたの願いは全て叶いますよ。


 あなたのお言葉で

私に力を与えてください。


 私が遠くから助走をつけて

思いっきり走りながら飛び越えます。


 合図をしたら、

 「「走れ! 『虎之助』!」」 

と叫んでくださいますか? 


 そのお言葉が

助走する私に

勢いをつけてくれるのです。」



 遠くで構えている『虎之助』が
合図をすると、
百合子さんは、思いっきり叫びました。



 「走れっ! 『虎之助』~~~。」



 『虎之助』は
すごい勢いで走ってきたかと思うと、

塀の二メートルほど手前で
突然宙に浮かびました。





「ぼわ~~~ん!!」





 あんなに丸々太った猫が、
高い、高い塀を
いとも簡単に乗り越えたとたん。。。





 その塀が
上から徐々に消えて行ったのです。



 消えて行った塀の向こうには
丸々と太った『虎之助』、





ではなく、



一匹のスマートな猫が
こちらを見てすわっていました。



 そう、
詰め込んだ幸福を
すべて百合子さんに
宿してしまったので、

『虎之助』は
もとのスリムな猫に
もどっていたのです。 





 「おめでとうございます!  

 私のことを

信じてくれてありがとうございました。 


 成仏(じょうぶつ)してしまった『虎之助』ですが、

これからも百合子さんを見守っています。」



 そう言うと、
『虎之助』はすっと姿を消しました。





 満足そ~な笑みを浮かべて。





 その後、
百合子さんの願いは
どうなったと思いますか?


 もちろん、全部実現しましたよ。 


 どんな願いだったのか。


 それはみなさんのご想像におまかせします。


 それを知っているのは
おそらく『虎之助』だけでしょう。



 ひとつ疑問が残ります。


 数ある子孫の中で、
なぜ『虎之助』は百合子さんを選んだのか。


 『虎之助』は
百合子さんの願いを
どんな願いだと言っていましたか?


 ヒントはそこに隠されています。





 猫はとても気ままな生き物だと
思われているようです。 


 でも、実はとっても
愛情深い生き物なんですよ。


 だって
お世話になった人のことは
絶対に忘れず、
恩を返してくれるんですから。


 気ままなように見えますが、
それは人より短い一生であるが故、

猫は猫なりに考え、

後悔のない生き方とは
いったいどういう生き方なのか、

よく考え抜いた結果、



無理をせず、
やりたいことをやるのが一番だという
答えを導き出した、

猫だからこその生き方なのでしょう。



 猫のように無理せずに生きる。 


 それは私たち人間にとっては、

特に働きバチと言われている
日本人にとっては
難しいことなのかもしれません。 


 でも、無理をやめ、
気楽に生きることを選択したとしても、

この世の中は
意外とどうにかなるように
できているものなのです。 


 自分ばかりが無理をしなくても、
頼れる場は必ずあるということです。



 日々ストレスを抱えているみなさん。



 猫のように
無理せず生きてみるのも
いいかもしれませんよ。



                                       終
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