六月の物語 黄金の人生(富山 宝さんの場合)

文字数 11,327文字

 
 人は誰もがみな、

生まれてくるその瞬間に

何かしらの運というものを

ぎゅっと握って

生まれてくると言われています。


 みなさんも手相はご存じでしょう。 


 手相はそれを象徴するもののひとつ。


 望んだ運を

両手にしっかりと握り締め、

今度こそは

絶対に幸せになるぞと

並々ならぬ決意をもって

生まれてくるものなのです。

 
 今回の物語は

そんな運の中でも

特に莫大(ばくだい)な金財運を手に

この世に生まれてきた

ある人が主人公。


 さて、この人、

その運を人生の中で

うまく使いこなせて

いるのでしょうか?

 



 いえいえ、

残念ながら

人生はそんなに

甘いものではありません。
 

 莫大な金財運に

恵まれているはずなのに

()えない人生。


 毎日毎日

あくせく働いても

増えない貯金。


 ぜい沢をしている

わけでもないのに

先が見えないために

人生設計を立てられずにいる、


会社員の富山(とみやま) (たから)さん。


 四十二歳。 


 独身。


 ただ今、厄年(やくどし)真っただ中です。
 


 季節は初夏。

 
 ゴールデンウイーク中も

まったく休めず働き通し。


 遅ればせながら

やっと一週間の休暇を取り、

山梨の実家に里帰り中です。
 

 そんな宝さん。


 実家では毎日家の中で

ゴロゴロしてばかり。


 母親から

散歩でもしてくるように(さと)され、

仕方なく外出することにしました。


 小さい頃、

友達と一緒に

よく忍者ごっこをした竹林が

あったのをふと思い出し、

久しぶりに

そこへ行ってみることにしたのです。
 




 「チリン!」





 おや? 


 今、鈴の()が聞こえませんでしたか?


 そう。


 これは運命が

変わる瞬間に鳴らされる

新たな人生の始まりの合図。

 
 もちろん宝さんには

まったく聞こえていません。


 おそらく運命を(つかさど)る存在が

それを知らせてくれたのでしょう。



 お待たせいたしました。 



 宝さん。 


 あなたの運命も

ようやく変わるべき時が

来たようですよ。





 そんなこととはつゆ知らず。


 宝さんは

子供時代を思い出すように

(なつ)かしい竹林の中を

どんどん進んでいきます。


 笹の葉が

やけに()(しげ)る林を抜けると、

そこには見慣れぬ風景が。

 
 (あれ? 

こんなところに池なんてあったかな?)
 

 そう思い、よく見ると。。。


 なんとその池の(ふち)

一匹のアライグマが

眉間(みけん)にシワを寄せ、

汗をかきながら

何かを一生懸命に洗っているのです。


 一見、どこにでもいるアライグマ。


 変わったところと言えば

丸メガネを

かけているところでしょうか?


 このアライグマ。


 何かブツブツ言っているようです。


 ちょっと盗み聞きしちゃいましょう。



 「あれっ。


 ホントに頑固(がんこ)だな。


 このサビ。


 全然落ちないぞ。


 最近、オレも年を取ったのか、

細かいところが

良く見えないんだよな。


 しかたなく

メガネかけてるけど。


 このメガネのせいで

オレの美男(イケメン)

台無しだよな。


 しっかし、この財布。


 そうとうなもんだな。


 サビが着き過ぎて

全然キレイにならない。


 これじゃあ、

運にも見放されるわな。」


 
 (どうして

アライグマがこんなところに?)
 


 「あっ!」


 なんと、なんと、

よくよく見てみると、

そのアライグマが洗っているのは

宝さんのお財布ではありませんか!

 
 「えっ、僕の財布、

いつの間に

あのアライグマが取ったんだ!」



 ブチッ!



 おやっ?

 たいへん!


 宝さんのその言葉に

アライグマは切れちゃいました。



 そしてムッとした表情を浮かべ、

鼻の方にずり落ちた

丸メガネの向こうから

のぞかせているその目で

宝さんを

じろっとにらみつけました。(怖)



 そして、こう言ったのです。


 「人聞(ひとぎ)きの悪いこと

言わないでくれよ。」


 突然話し出すアライグマに

宝さんビックリします。

 
 「感謝してくれよな。


 オレはさ。


 あんたのお金を増やすために

こうしてシャバシャバ

あんたの財布を

洗ってやってるんだから。」


 「えっ?」


 「あっ、オレ? 

オレは『財運洗(ざいうんあら)いグマ』。


 まぁ、財の力を持った

一種の霊獣(れいじゅう)ってとこかな?」
 

 そうです。


 この洗いグマこそ

財を何億倍にも増やすと

言われている

あの伝説の『財運洗(ざいうんあら)いグマ』。



 ところがこの洗いグマ、


 人を選ぶのです。
 


 お金がない苦しみがわかる人。

 お金を貯めるための努力をしている人。

 そして、

 本当の意味でお金を大切に使える人。
 

 この洗いグマが好むのはこんな人たち。


 なかなか巡り会えるものではありません。

 
 「ほらよっ、一丁上がり! 

 これでもう

最低限お金に困ることはないよ。」


 そう言うと、

財運洗(ざいうんあら)いグマ』は

宝さんに向かって

財布をポ~ンと(ほう)りました。

 
 この洗いグマのおかげで

宝さんの財布は

ピッカピカの金色です。


 「この先、もう少し歩いていくと

坊さんがアンタを待ってるよ。


 たしか名前は、

金色法師(こんじきほうし)』だったっけな?
 

 それにしても

アンタは本当に運がいいねぇ。


 それもこれも

アンタがお金に汚い人間じゃないからだよ。 


 じゃあ、その坊さんに

たんまりご褒美(ほうび)もらってきなよ。」
 

 半信半疑の宝さん。


 信じるも信じないも、

足が勝手に前へ進んでいくのです。


 しばらく行くと

財運洗(ざいうんあら)いグマ』が言っていたとおり、

一人のお坊さんがニコニコしながら

宝さんに向かって手を振っています。


 旅姿のようですが、

(つえ)を持ち、

深編(ふかあ)(かさ)を頭からかぶっています。


 そのお坊さんは

かぶっていた笠を

頭から取り、

お顔をお見せになりました。


 そして、

 
「富山 宝さんですな。」


 ニッコリ笑いながら

宝さんにそうおっしゃったのです。


 どうもお坊さんは

すでに宝さんをご存じの様子。
 

 「はっ、はい!」


 あせって返事をする宝さん。


 ちょっと緊張しているようです。
 

「私の名は『清心成宝(せいしんじょうほう)』。


 またの名を『金色法師(こんじきほうし)』と申します。


 この世の金財の動きを(つかさど)っている

聖霊(せいれい)でございます。
 

  この『清心成宝(せいしんじょうほう)』、

長きに渡り

ずっとあなたの人と()りを

拝見してまいりましたが。


 いやぁ、実に気に入りました。
 

 そのあなたの≪清らかな心≫。
   

 あなたはお金の大切さを

ご存知であると同時に

お金よりも大切なものがある

ということも

よ~くご存知の方ですね。

 
 お金を手に入れるためなら

どんな汚いことでも

するような人ではない。


 人を(だま)したり、

蹴落(けお)としたりしてまで

自分だけが大金(たいきん)

手にしようなどとは思わない。


 人として

本当に大切なものが

何であるのか

よくわかっていらっしゃる。

 
 私は常々そのようなお方にこそ、

金財で幸せになっていただきたいと

思っているのです。」
 


 宝さん。



 この法師様の放つ威厳(いげん)、お言葉。


 そして何より自分を

真っすぐに見つめて

穏やかな表情で

語りかけるその(りん)としたお姿に

身が引き締まる思いです。


 宝さんの

お金との向き合い方も

その法師様には

すべてお見通しの様でした。

 
 法師様は

宝さんの持っている財布を見ると、

「あっ、それは先ほど『財運洗(ざいうんあら)いグマ』に

洗ってもらったあなたの財布ですね。」

と問いかけます。


 そしてご自分の持っていた(つえ)の先を

その財布に向けました。
 

 するとどうでしょう。


 その杖の先から

(まぶ)しいほどの強い光が放たれ、

財布はあっという間に

宝さんの手の中で

黄金の(かぎ)に変わったのです。

 
 宝さん。


 ビックリするは、手は震えるは。
 

 「あなたは元々、

莫大な金財運を

両手にしっかり(つか)んで生まれてきた方。
 

 ところがなぜか

その運を使いこなせなかったため、

どんどんその運がサビついて

劣化(れっか)してしまっていたのです。


 例え莫大な金財運に

恵まれて生まれてきても、

人生の中で

その運をうまく使いこなせる方は

ほんの一握(ひとにぎ)り。


 長くは続かないものです。


 そう、

 ≪諸行無常(しょぎょうむじょう)

という言葉があるように。


 運とは実に気まぐれなもの。


 人の(みにく)

あさましい欲望(よくぼう)察知(さっち)した途端(とたん)

すぐにどこかへ行ってしまいます。
 

 しかし、

あなたの心の中にある

()るがない(じく)≫。


 それを曲げない限り、

手にした金財は増えることこそあれ、

けっして減ることはないでしょう。


 さあ、その鍵を持って

この道を真っすぐにお進みなさい。


 『黄金財天(おうごんざいてん)』とおっしゃる

金財の神様があなたをお待ちかねです。
 

 そのお方こそが、

あなたがずっと叶えたいと

願っていた夢を

叶えて下さるはず。


 あなたが手にしているその鍵は、

開財(かいざい)(かぎ)≫。


 『黄金財天(おうごんざいてん)』様は、

その鍵でなければ

けっして開けることのできない

≪金財の貯金箱≫をお持ちです。


 その箱にこそ、

あなたが生まれてくる時に

(つか)んできた

すべての金財が入っております。


  白いお着物に

赤いちゃんちゃんこをお召しになった

白髪でおひげの長~いお方ですから

すぐにおわかりになるでしょう。
 

 この道はあなた自身の道。
 

 あなたの道を

真っすぐに真っすぐに

進んでいくのですよ。」


 法師様にそう言われた宝さん。


 (こうなったら

これが夢であろうが

現実であろうが構わない。

もう行くしかない )


 そう思い、

法師様に言われたように

真っすぐに道を進んでいきました。



 すると、

向こうの方で

宝さんに手招きをしている人の姿が。


 宝さん、

急いでその人の元に()()ります。



 (あれっ? なんか変だなぁ。。。)
 


 そう、確かに何か変なのです。
 

 法師様のお話では

たしか『黄金財天(おうごんざいてん)』様は

白いお着物に

赤いちゃんちゃんこのはず。


 ところがこの人は、

頭の上から足のつま先まで

ピッカピカの金色尽(きんいろづ)くし。


 おまけに七三にきっちり分けた

金の髪の上にちょこんと乗った

ツバのある帽子までが金色。


 金色のスーツ。そして金色の靴。


 かなりくどい金色。


 嫌味(いやみ)のある金色とでも

言いましょうか?


 意外にも、

その人は列車の車掌(しゃしょう)でした。


 そしていつの間にか宝さんは

駅のプラットフォームにいたのです。


 駅名は≪竹林の里≫。


 そして次の駅名は、

金銀財宝(きんぎんざいほう)≫。

 
 「富山 宝様でいらっしゃいますね。


お待ちしておりました。」

 
 列車の車掌は

ニッコリ笑って宝さんに尋ねます。

 
 「そっ、そうですが。

あなたは、黄金財天(おうごんざいてん)様ですか?」



 (あや)しげな

金色のスーツ姿のその車掌(しゃしょう)

宝さんが疑うような表情で

聞き返します。



 「いいえ! 


私の名は田貫川(たぬきがわ) 金造(きんぞう)。 


 すぐ後ろにございます

大富豪超特急(だいふごうちょうとっきゅう)≫の車掌でございます。


 これはこの超特急に乗るための切符。 


 この列車に

乗りさえすれば

あなた様は

≪金銀財宝≫で満ちあふれた

≪黄金の人生≫を

歩むことができるのです。


 運転席にお座りになり、

目の前に見える風景を

ご覧ください。


 その風景は、

世の中のほとんどの人々が

莫大な財を手にしたら

絶対に叶えたい夢ばかり。


 この田貫川(たぬきがわ)

長年リサーチにリサーチを

重ねて調べ抜き、

改良に改良を加えて。。。


 特に今回は

富山様用にカスタマイズし、

富山様のお気に召すよう

()りすぐりの夢を

取り(そろ)えております。


 この列車が

次の≪金銀財宝≫駅に到着するまで、

その風景の中で

ご自分が叶えたいと願う

景色が見えましたら、

目の前にある

赤いストップボタンを

押してくださいませ。


 何度でも押すことができます。 


 あなたが叶えたい夢は

いくつでも叶うのです。


 あなたが選んだだけの人生を

送ることができるのです。


 どの風景も莫大な財がなければ

絶対に叶えられないもの

ばかりでございます。」
 

 さすがの宝さんも

これには言葉もでません。   
 


 「ただ。。。」


 さんざん美辞麗句(びじれいく)

並べ立てたあとで、

深々とかぶった帽子の下から

チラチラと宝さんの様子を

うかがいながら

その車掌は

意味深(いみしん)なひと言を小声で発します。

 
 「ただ。。。何ですか?」


 宝さんがそう尋ねると、
 

 「ただ。

見える風景は

あくまで世の中の人間たちを

リサーチした結果生まれたもの。 


 その中に

あなたが絶対に叶えたいと願う夢が

あるかと問われますと。。。


その保証は。。。まぁ。。。」

 
 「できない、 そういうことですね。」


 そう宝さんが念を押しました。

 
 こうなると

車掌も簡単には引き下がれません。


 「。。。私は。。。

今まで数多くの幸運な方々を

この列車にお乗せしました。


 そのほとんどの方々から

感謝のお言葉を

いただいているのも事実です。


 ですので、富山様にも

必ず満足していただけるものと

確信しております。


 さあ、この切符を受け取り、

≪黄金の人生≫を歩みましょう。


 はい。どうぞお受け取りください。」
 




 その時です。
 




「チリリリリ~ン」


 列車が出発する合図の鐘が

鳴り響いたのです。
 

 「富山様、時間がございません。


そろそろ出発のお時間です。 


 このチャンスを逃せば

億万長者になる夢は

泡となって消えていくでしょう。 


 今ならまだ間に合います。


 さあ、早くこの切符を。。。」
 


 迷いながらも

宝さんの手は、

徐々に差し出された

切符の方へ伸びていき、
 

 そして、

まさにあと少しで

宝さんがその切符に

触れるだろうその瞬間。
 


 「ちょっと待った!」


 あらっ、その声は。


 「宝さん、(だま)されちゃダメだ!
 

 そいつは列車の車掌なんかじゃない。


 そいつの正体は、

 『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』だ!」


 まさに寸前(すんぜん)で止めに入ったのは

先ほど宝さんが遭遇(そうぐう)した

あの丸メガネの

財運洗(ざいうんあら)いグマ』でした。


 切符、受け取らずに済んで

よかったですね。


 えっ、本当に

受け取らなくてよいのでしょうか?


 果たしてどうなるのか。


 それでは、
このあとの続きを見てみましょう。
 

 あっ、読んでみましょう。。。でしょうか?


 そうです。


 『財運洗(ざいうんあら)いグマ』が言っていたとおり、

この車掌の正体は、『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』。


 通称、
 『欲そそりのタヌキ』と呼ばれています。


 幸せになりそうな

人の元に現れては

心の奥底に(ひそ)んでいる

欲望を引き出し、

心を(なや)ませ(まど)わせる。


 (けが)れのない心を(よご)し、

()しき方向へ導くことを

≪ライフワーク≫にしているような

邪悪(じゃあく)な存在。

 
 『財運洗(ざいうんあら)いグマ』は

宝さんを説得します。


 「宝さん。


アンタには叶えたい夢があるはずだ。 


 そうだろう。


 その列車に乗っても

その夢を叶えることはできない。


 早くこっちの道を進んで

黄金財天(おうごんざいてん)』様に会わなきゃ!」


 思わぬ邪魔が入り、

車掌、いや『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』は

(あせ)り始めます。 


 「こんな(いや)しい

アライグマの言うことは

お気になさらず、

大富豪におなりください。


 この列車に乗りさえすれば

すべてが叶うのです。」
 




 こうして

財運洗(ざいうんあら)いグマ』と『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』は

とうとう言い合いの

喧嘩(けんか)になってしまいました。


 そして、いつまでも決断せず、

迷っている宝さんに

しびれを切らした『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』は

ついにその本性を(あら)わにしたのです。

 
 「黙れ! アライグマッ! 


 何かというと

いつもオレ様の邪魔(じゃま)をしやがって!


 もう少しで

うまくこっち側へ

引き込むことができたのに。



  だいたい人間なんてものはな、

はなから信念なんて

持っちゃいないのさ。


  目の前に(かね)をちらつかせりゃあ、

すぐにコロッて変わっちまう。

 
 (つらぬ)きたい想いや

叶えたい夢なんて

(かね)魔力(まりょく)にゃ(かな)わない。


 富山さんよっ、

アンタだって本当は

喉から手が出るほど

(かね)がほしいんだろ!


 金持ちになりたいはずだ!


 オレ様はウソは言ってない。


 本当に金持ちになれるんだ!


 オイッ、アライグマ! 


 オレ様はウソを言ってるか?


 答えてみろっ!」
 

 「。。。そっ、それは。。。」


 『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』の言葉に

財運洗(ざいうんあら)いグマ』は言葉を()まらせます。

 
 「。。。宝さん! 


 すべては宝さん次第だ! 


 揺らいだら終わりだ。


 ブレちゃダメだ!


  法師様も言ってたろ!


  ≪揺るがない軸≫を持てって。」
 




 自分のことで()めている

煩悩(ぼんのう)ダヌキ』と『財運洗(ざいうんあら)いグマ』。


 しばらく二匹をじっと見つめていた宝さん。



 そして静かに語り始めます。



 さあ、いったい何て言うのでしょうね?



 「タヌキさん。 

  あなたの言うとおり、

 この列車に乗れば、

 おそらく私は

 億万長者になれるのでしょう。」


 「えっ? 

じゃあ、列車に乗ってくれるの?」


 『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』は

勝ち誇ったような表情で尋ねます。

 
 「いいえ。 

 アライグマさんの言うとおり、

その列車に乗っても

私の夢は叶うとは限らない。


  私の夢はいくらお金があっても

叶うものではないのです。


  それは、私が一番よく知っています。


  タヌキさん。


  あなたは、

 人間はお金ですぐに気持ちが変わる、

 そうおっしゃいましたね。


  正直に言うと私も迷いました。


  でも幸せも人それぞれです。


  お金は確かに

人の心を豊かにするもの。


 絶対に必要なものなのでしょう。


 ただし、

それも手に入れる人たちの心次第。


 お金はお金。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 お金が人の気持ちを

変えるのではなく、


人がお金で

変わってしまうだけ。


 お金は

心を豊かにすると同時に、

使い様によっては

恐ろしいものに

変わってしまうものなのです。


 私は、『黄金財天(おうごんざいてん)』様の

ところへ行きます。


 財天様なら、

私が本当に(ほっ)しているものを

授けてくれるような気がするからです。」


 宝さんのその言葉に

財運洗(ざいうんあら)いグマ』は安堵(あんど)の表情を見せ、 


 「よかった。 


 宝さん。 


 早く行くといい。


 『黄金財天(おうごんざいてん)』様は

きっと首を長くして

宝さんを待ってるよ。」


 そう言って、

進むべき道を指さしました。

 
 『財運洗(ざいうんあら)いグマ』をじっと見つめ、

大きくうなずく宝さん。
 




 よかったですね。



 もしここで

あの列車に乗ってしまっていたら。


 まあ、でも

ただお金持ちになりたい人なら

これでハッピーエンドですけどね。


 宝さんは一味違った人のようです。

 
 ちょっと寄り道してしまいましたが、

宝さん、今度は真っすぐに

黄金財天(おうごんざいてん)』様の元へ

向かって行きました。


 法師様のおっしゃっていたとおり、

白いお着物に

赤いちゃんちゃんこ姿の老人が

一キロメートルぐらい先で

宝さんに手を振っています。





 やっと『黄金財天(おうごんざいてん)』様の元に

たどり着いた宝さん。
 

 『財天』様は長~いおひげをなでながら、

「待っておったぞ。よう来たのう。」と

うれしそうに目を細め、

宝さんを抱きしめます。


 「こりゃ非常にめずらしい。。。」


 「えっ。」
 

 『財天』様のお言葉に

宝さん不思議そうな顔をしています。

 
 「アンタの心じゃよ。

 清らかで優しく、

けっして揺るがない心を持っとる。


 アンタのような人間に会うのは、

そうじゃなぁ。。。

かれこれ四、五千年ぶりじゃろか。」


 そうおっしゃると

『財天』様は

宝さんの手に握られていた

鍵を見つめ、

こう続けます。


 「それは『金色法師(こんじきほうし)』から授かった

開財(かいざい)(かぎ)≫じゃな。」
 




 気がつくといつの間にか、

宝さんは

『財天』様のお屋敷の中にいたのです。


 ものすごいお屋敷です。


  それこそすべてが黄金尽(おうごんづ)くし。


 ところが、同じ黄金でも

さきほどの田貫川(たぬきがわ)。。。ではなく、

煩悩(ぼんのう)ダヌキ』の

くどくどしい金色とはまったく異なり、

何とご説明いたしましょうか、

澄んだ金色とでも申し上げましょうか?


 壁から床、ドアや家具、

窓に至るまで

ありとあらゆるものすべてが

そんな美しい黄金。


  (まぶ)しいほどの金色の光で

目が慣れるまで時間がかかるほどです。
 

 そばにいた召使いから箱を受け取ると、

『財天』様はこうおっしゃいました。


 「これは

≪金財の貯金箱≫といわれる箱じゃ。

 この箱の中に

アンタがこの世で

手にするすべての金財が

これでもかというくらいに

詰まっておる。


 見てみぃ。

 もうパンパンで

今にもはち切れそうじゃ。


  アンタは今まで

ずいぶん人助けをしてきたようじゃな。


 そうして積んできた徳が

また貯金としてこの箱に貯まり、

いよいよ開けるべき時が

やって来たということじゃ。


 さあ、その鍵でこの箱を開けるがよい。 


 鍵を開ける前に

莫大な金財を手にしたら

何をしたいか

心の中で思い浮かべてくれぬか?


 それから鍵穴にその鍵を差し込み、

右に二回、左に三回まわすがよい。」

 
 『財天』様にそう言われた宝さん。


 今まで実現したくても

実現できなかった夢、

そして希望すべてを心の中で

(今度こそ、どうか叶ってほしい。)

そう願いながら。。。

ついに≪開財(かいざい)(かぎ)≫を

≪金財の貯金箱≫に差し込みました。


 そして右に二回、

左に三回まわしたのです。

 



 「カチャッ」



 鍵の()く音が聞こえました。
 


 さあ、

いったい中には

何が入っているのでしょう。


 金財というからには

お金なのでしょうか?


 でもその貯金箱は

手に乗るほどの大きさ。


 例えるなら、そうですね。


B5サイズで高さは十センチほどです。



 な~んて言っているうちに

宝さんが

貯金箱の(ふた)を開けようとしている

ではありませんか。


 パンパンで

はち切れそうだった貯金箱は

宝さんが開けるまでもなく、


「バ~ンッ!」


ものすごい音を立てて

勝手に()いてしまいました。





 あらっ、



 よ~く見てみると、



 意外にも

中には巻き物がひとつ、

そして筆が一本。


 巻き物は

箱からポ~ンと飛び出て、

『財天』様の手の中に

入っていきました。


 『財天』様が

巻き物の(ひも)をほどくと、



 あら不思議。



 空中に浮かんだと思ったら、

まるでどこまでも続く道のように

ひらひらと遠くへ。


 解きほどかれた巻き物には、

ゼロ(0)の数字が

どこまでも書かれています。


 いったいどれだけ

ゼロの数字が並んでいるのか、


まったく見当もつきません。


 その時、三人の召使いが

水の入った(きん)(かめ)を持ってきました。


 「その筆を取るがよい。


 ここに三つの(かめ)がある。


 よく見てみい。


 何か見えるじゃろ。」
 
 
 それぞれの甕の中の水に映ったもの。

 
 一つめには

「9999兆」という文字(もじ)


  二つめには

 富士山と同じくらいの高さに

 ド~ンと積まれた金塊の山。


 そして三つめには、

それは、
 
拍子抜(ひょうしぬ)けすることに

ただの数字の《8》でした。

 
 「この三つの甕に映ったもののうち、

ひとつだけ好きなものを選ぶがよい。

 そして巻き物に書かれた

一番先頭のゼロ《0》の数字の前に

選んだものをその筆で書くのじゃ。


アンタが選んだものと

それに続くゼロ《0》の数だけの

≪金財≫を

アンタは手にすることができる

ということじゃ。


 もし二つめがいいなら、

(きん)』という文字を書くがよい。


 もっともこの二つめの場合は、

人間界では

俗にいう時価で計算される。


 山と積まれたこの金塊。


 果たしていくらになるのか、

ワシにもわからん。


 (うわさ)によれば、

今なら(きん)の値打ちもよいらしいから、

二つめを選んでも(そん)はせんじゃろう。


 さあ、どれにするか決まったか? 


 その筆で書くがよい。


 まあ、もっとも

三つめを選ぶ人間はいないと思うがな。」
 

 『財天』様がそうおっしゃると、

意外なことに宝さんがこう答えたのです。


 「そんなことはないと思います。

 私は、三つめの《8》を選びます。」


 それを聞いて,

ビックリする『財天』様。


 「なに? 

本当に《8》でよいのか?」
  

 「はい!」


 そうはっきり答える宝さん。
 

 『財天』様は

しばらくじっと宝さんの顔を見つめ、

黙っていました。


 そして、

 「アンタという人間は。。。

この()に及んで

本当に欲がないのう。」


「いいえ。 


 私も人間です。


 当然欲はあります。


 黄金の人生、

私も歩んでみたいです。」

 
 「ならばどうして。」

 
 「私が本当に手に入れたいものは

お金では買えないものだからです。」
 

 「そうか。


 アンタがそこまで言うのなら

ワシはもうこれ以上

余計なことは言わんでおこう。


 その筆で《8》と書くがよい。


 ただその前に

ひとつだけ教えてくれぬか?


 どうして《8》を選んだのか。」
 


 さあ、宝さん、

いったいどうして

《8》を選んだのでしょう?



 宝さんの答えは

とても意外なものでした。




 
 「ただ《8》が好きだからです。

 私にはこの数字が

リングに見えるんです。


  人と人との間を(つな)(くさり)

つまり(きずな)に。」

 
 「そしてこの数字には

もうひとつ大きな意味があるな。」


 そうおっしゃると、

『財天』様は

宝さんの書いた数字の《8》を

人差し指でポンッとはじきました。


《8》の数字はクルクル回って

ちょうど横になって止まったのです。
 



 
 「無限大(むげんだい)。ですね。」

 
 「そのとおりじゃ。


 アンタが手にした金財は無限じゃ。


 けっして尽きることがない。


  他の二つを選んでいたとしたら、

いつかアンタの財は()()てる。


これは、

アンタという人間に()れた

ワシからの褒美(ほうび)じゃ。」

 

 宝さん、

思わぬご褒美をいただけて

本当によかったですね!
 

 聞かずとも

『財天』様には

最初からわかっていたのです。


 宝さんの叶えたい夢が

いったい何なのか。



 そして、

宝さんが《8》を選ぶということも。





 だって、神様ですから。(笑)



 「ワシはもうこの人生に疲れた。


 来る日も来る日も人間を待ち続け、

もう五千年以上になる。


 ここまで来れる人間は

ほとんどいない。


 数えるほどじゃ。


 途中で『財運洗(ざいうんあら)いグマ』に会ったじゃろ。

 まずはその洗いグマに

選ばれなければならん。


 洗いグマから

事前に情報が来るんじゃ。


 「今度こそ、

ここまでたどり着ける人間だ。」とな。


 ところがそんな中でも

ワシの元まで来れた人間は、

アンタで。。。


そうだのう。。。


五人目かのう。


 ワシは、今度は人間として

人間界に生まれてくることにした。


 人間界でどれだけ

アンタのような

心持ちの人間がいるかを

この目で見てみたい。


 ただ待っとるだけでは

なかなかアンタのような人間を

幸せにすることはできんからな。


 もしかしたら

アンタの身近に

生まれてくるかもしれんぞ。」


 そうおっしゃると、

『財天』様は、

意味深(いみしん)な笑みを浮かべ、

すっ~と消えていきました。




 
 おや? 


 何やら向こうの方で

誰かがブツブツ言っている声が

聞こえませんか?


 ちょっと近づいて見てみましょう。

 
 あらあらっ、


 これは、これは。。。


 先ほどの田貫川(たぬきがわ) 金造(きんぞう)こと

煩悩(ぼんのう)ダヌキ』さんではありませんか。


 
 「オレ様のいったい何が

間違ってるっていうんだ!


 オレ様は、

(かね)で人間を

幸せにしてやってるじゃないか。」

 

 『煩悩(ぼんのう)ダヌキ』さん。


 かなりがっかりしている様子ですね。


 無理もありません。


 なぜなら、

あと一人、

あと一人を

あの列車に乗せることができれば、

煩悩(ぼんのう)ダヌキ』さんも

長年の夢を

叶えることができたそうですから。


 でも、どんな夢なのかは

知りませんが、

もし叶ってしまったら

大変なことに

なっていたかもしれません。





 

 法師様もおっしゃっていたように、

この世は≪諸行無常(しょぎょうむじょう)≫。


 どうやら

煩悩(ぼんのう)ダヌキ』さんの生きる世界も

そんなに甘くはないようですね。






 あの時、法師様は宝さんに

とっても大切な二つのお言葉を

残してくださいましたね。


 みなさん、それが何か、

お分かりになりますか?
 

 ひとつは、

≪揺るがない軸≫を持つこと。


 そしてもうひとつは、

最後のお言葉、

「あなたの道を

 真っすぐに真っすぐに

 進んでいくのですよ。」



 その二つのお言葉が

きっと宝さんの心に

届いていたのでしょう。
 

 さてさて。。。



 みなさん。


 その後、

宝さんがどうなったか

気になりませんか?


 実は、宝さんには

結婚しているお兄さんが一人います。


 たいへんおめでたいことに、

この度、子宝に恵まれました。


 なんと、生まれたお子さんは男の子。


 ところがこの子。


 なぜだかお兄さんが

()っこすると泣き始め、

いっこうに泣き止みません。

 
 でも不思議なことに、

宝さんが()っこすると

ピタッと泣き止み、

宝さんの顔を見て

ニッコリ笑うのです。


 その笑顔は

まさにあの時出会った

黄金財天(おうごんざいてん)』様の笑顔そのもの。


 ドキっとする宝さん。



 みなさん、

最後に『財天』様がおっしゃったこと、

覚えていますか?

 「ただ待っているだけでは

なかなか思いが実現できない。」


 そして

「今度は人間として生まれてくる。」



 おっしゃるとおりですね。


 ただ待っているだけでは始まらない。

 実現したいことがあるなら

まずは行動を起こすこと。


 それから、もう一つ。

 おっしゃっていたとおり、

人間として生まれてきた。


きっとこの男の子は

『財天』様の

生まれ変わりに違いありません。

 
 人と人との絆、

そして関係というものを

何よりも大切にしている宝さん。


 宝さんにとっては、

きっとそれなくしては

実現できない大きな夢が

あるのでしょう。


 『財天』様の

生まれ変わりである

甥御(おいご)さんが

きっと近い将来

宝さんの右腕となって

くれることでしょう。
 




 よかったですね。宝さん。





 あなたの夢は、きっと叶いますよ。
 

                              終
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