二月の物語 以心伝心 クロワッサン! 舞姫天狗《まいひめてんぐ》は視ている 

文字数 15,790文字

 ここは、かの有名な東京都内の
スクランブル交差点。


 今日は二月十一日。


 建国記念の日で会社はお休み。


 その交差点で信号が青になるのを
待っているのは、「桃瀬(ももせ) 直美(なおみ)」さん。


 二十三歳。


 昨年三月に大学を卒業し、
晴れて社会人の仲間入り。


 新卒で都内の建設会社に入社して
もうすぐ一年になります。


 学生時代には、この辺りのカフェで
アルバイトをしていた「直美」さん。


 「直美」さんは、この町が大好きで、
いろいろと探索しているうちに
いつの間にか、この町の(つう)になって
しまうくらい。


 そう。


 「直美」さんにとって、まさにここは
勝手知ったる町なのです。


 そんな「直美」さんですが。


 実は、今日、(なつ)かしいそのカフェで
学生時代に仲の良かった友人たちと
会う約束をしていたのです。


 連日の残業で疲れていたのか、
寝坊してしまい、三十分ぐらい遅れて
到着するところです。


 (あ~。遅れちゃった。 

 みんなに怒られそう。)


 そう思った時、信号が青になり、
四方八方から一斉(いっせい)にたくさんの人々が
縦横無尽にスクランブル交差点の
横断歩道を渡り始めます。


 休日の昼間ということもあり、
いったいどこからこんなに多くの人々が
やってくるのだろうと思うくらい、

 人、人、人の嵐。


 ところが、「直美」さん。

 ちょうど半分ぐらい横断歩道を
渡り切った辺りで奇妙なことに気づきます。


 今まで自然に耳に入っていた車やバス、
オートバイの走る音、人々の話す声。


 聞こえてくるはずの音や声が、
まったく聞こえないのです。


 「えっ、何か変。。。」


 「直美」さんは、急に自分の耳に
異変を感じて辺りを見回します。


 不思議なことに、車もバスも人々も
目に見えるものすべてが止まってしまった
ままピクリとも動かないのです。


 (うそでしょ。


 どうしてみんな止まってしまっているの? 


 音も聞こえないし、見えるものが

何も動いていない。


 絶対おかしい。。。 )


 「直美」さんは、手で自分の顔を
何度も触ったり、手足に目をやったり、
足を前後に動かしたり。


 その時、すぐ前を歩いていた男性の足を
()ってしまいました。


 「うわっ。」


 ところがその男性は、身動きひとつ
しないのです。


 「直美」さん、今度は前に回って
その人の顔をじっと見てみました。


 変です。


 やっぱり変です。


 その男性は、一点を見つめたまま
まばたきひとつしないのです。


 まるでろう人形のように、
歩いたままの姿でまったく動かず
その場に立っています。


 「えっ、何が起こったの?」


 「。。。。。。。。」


 「どっどうしてみんな動かないの?」


 「直美」さんは周囲の人に声をかけ、

 「すみません。どうしたんですか?」


 そう言いながら、その人たちの肩を
(たた)いたり、顔を(のぞ)き込んだりしますが、
誰一人として反応しません。


 サーッ。。。


 次第に血の気が引いていく「直美」さん。


 急に恐ろしくなって、大声で、

「誰か、誰か助けてくださ~い!」


 そう叫ぼうとしたその時。


 向こうの方から、ゆっくりとした足取りで
こちらにやってくる人の姿を見つけたのです。


 女性の様でした。


 すごく背の高い。。。


 百八十センチはあるでしょうか?


 止まったまま動かない人々の間を
縫うようにゆっくり、ゆっくりと歩き、

まるでロボットが顔を右へ左へ
動かすように、歩みを進めながら
誰かを探しているようでした。


 「ちがう。。。


 あの人、人を探しているんじゃない。


 あの人は、この人たちを一人一人

じっくり視ているんだ。」


 「直美」さんは、直感でそう感じました。


 すると。。。


 次第に近づいてくるその女性と
ついに目が合ってしまったのです。


 ドキッ。


 「直美」さん、心臓が飛び出そうに
なるくらい驚きます。


 でも、普通ならそんな状況の中、
恐ろしさのあまり叫び、逃げ出して
しまうはずなのですが。


 「直美」さんは、その女性の顔を見た時、
なぜだかまったく恐ろしさを感じません
でした。


 顔は透き通るように白く、長い黒髪。


 すべてがストップモーションのように
動いていない中、歩くたびにその長い髪が
揺れています。


 目はとても大きく、少しつり上がった
その目でにらまれると、まるですべてを
見透かされているようにすら感じます。


 鼻はとても高く、鼻筋がきれいに
通っていて、逆に口はとても小さく、
少し(とが)って見えます。


 その女性は、しばらく「直美」さんを
じっと見つめていました。


 「直美」さんがその女性に、
「あのぅ。。。」と話しかけた途端。


 今まで止まっていた周囲の全てが
また動き出したのです。


 聞こえなかった車やバスの音も
そして人々の声も、再び自然に耳に入って
きました。


 (あれっ? 今までのあの現象は一体

何だったんだろう。


 まるで一瞬、時間が止まってしまって

いたかのようだった。)


 横断歩道を渡りながら周囲を見回し、
あの女性を探そうとしましたが、結局
見つかりませんでした。


 さっき、「直美」さんが足を前に
伸ばした時、すぐ前にいた男性が後ろを
振り返ります。


 悪気はなかったのですが、さっき蹴飛(けと)ばし
てしまった男性のズボンが少し汚れてしまっ
ているのに気づき、


 「直美」さん、

 (ごめんなさい。


 蹴飛(けと)ばすつもりはなかったんですけど。)

と心の中で(あやま)りました。





 久しぶりに会う大学時代の友人たちと
楽しい時間を過ごした後、ようやく
最寄り駅に着いたのはもう夜の十時過ぎ。


 駅を出て、家に向かおうとしたその時。


 ヒュ~。。。


 急に冷たい風が吹いてきました。


 それは木枯らし。


 昼間は、全く風が吹いていなかったのに。


 ベランダに洗濯物を干しっぱなしで
出かけたことに気づき、

 「あっ、洗濯物。


 外に出しっぱなしで出かけたんだっけ。


 みんなと話が弾んで、こんなに帰りが遅く

なっちゃった。


 すぐに取り込まなきゃ。」


 そう(つぶや)きながら足早に家に着くと、
すぐにベランダに出て、干しっぱなしの
洗濯物を取り込みました。





 その時。





 ヒュ~。。。


 また風が吹いてきました。


 すると。。。

 
その風に乗って、何やら遠くから
葉のようなものが飛んできたかと思ったら、
今度は、その葉が「直美」さんの目の前で
フワフワと舞い始めたのです。


 「あらっ? 何の葉かしら?」


 そう思い、舞っているその葉を手に
取って見ると。。。


 なんとそれは≪()()≫の葉でした。


 「この辺に≪()()≫を植えている家は

ないはずだし。


 いったいどこから飛んできたんだろう。」



 ≪()()≫と言えば≪葉団扇(はうちわ)


 ≪葉団扇(はうちわ)≫と言えば? 


 何でしょうね。


 正解はもう少しこの物語を読み進めて
いただければわかると思いますよ。





 「昨日は楽しかったな。


 でも変なこともあって。。。」


 そう思いながら重~い足取りで、
通勤電車に乗る「直美」さん。


 「直美」さんの勤務する都内の建設会社は
上場企業のひとつ。


 福利厚生もいいし、女性も活躍できる会社
として非常に有名です。


 父親が建設に携わり、次から次へと大きな
建物を築き上げていくという素晴らしさを、
小さい頃から話に聞いていた「直美」さん
は、自分も建設会社で働きたいなと思って
いました。


 現場でビルの建設に携わることはできま
せんが、そんな社員を福利厚生の面から
支え、働きやすい職場にしたいという強い
想いがありました。


 そして人事部を希望したのですが。


 ところが、強い熱意で入社した会社は、
入ってみればがっかりすることばかり。


 表面的には良いイメージを売りにして
いるこの会社。


 実は社内の人間関係は超最悪。


 どの部署でも毎日問題ばかりが起こり、
「直美」さんの所属する人事部では、
社員からのクレームの嵐でてんてこ舞い。


 その対応にただただ手をこまねいて
いるだけで、人事部社員は毎日頭を抱えて
しまっているのです。


 おまけにがんじがらめになってしまった
人事部長は、とうとうストレスで入院する
羽目に。


 部長不在の中、会社の中は荒れに荒れ、
社員同士の火花は飛びっぱなし。


 なんとかしたいと思ってはいますが
新入社員の「直美」さんでは到底解決でき
るような状況ではありません。





 会社は二十四階建の自社ビル。


 人事部はその最上階、二十四階にあり、
社長室の隣。


 時々、会議室も共同で使っています。


 いつものように、テンション
下がりっぱなしで、暗~い気持ちで
出社してみると、ずっと空席だったはずの
人事部長の席に人が座っているのです。


 (誰だろう?)



 よくよく見てみると、なんとそこに座って
いたのは、昨日、スクランブル交差点で
出会ったあの女性でした。


 「あっ、あの時の。。。」


 「直美」さんの姿を見ると、その女性は
自ら立ち上がり、自己紹介したのです。


 「はじめまして。

 山伏(やまぶし) 舞姫(まいひめ)と申します。


 今日からこの会社の人事部長として、

ここで働くことになりました。


 よろしくお願いします。」


 紺色の上下のスーツに緑色のケリーバッグ。


 そして、細くてとっても高~いかかとの
赤いハイヒール。


 ちょっと個性的ですね。


 「あっ、こちらこそ。


 よろしくお願いいたします。


 私は。。。」

 
 「知っています。


 「桃瀬 直美」さんですよね。」


 「えっ、どうして私のことを?


 どこかでお会いしましたっけ?」


 「直美」さん、その女性の、
「自分を知っている。」という言葉に
ビックリします。


 「ええ、ずっと昔に。」


 「ずっと昔?」

 (うそでしょ? 


 この人。。。冗談を言っているのかな?)


 「冗談だと思ってます? 


 私は冗談は言いませんよ。」


 またまたビックリ。


 そしてドッキリ。


 まるで心の中を読まれている
みたいですね、「直美」さん。


 そこへ、営業部長の
「佐々木  勝己(かつみ)」がやって来ました。


 三十代半ばの「佐々木」営業部長は
とても清々(すがすが)しく、おまけにハンサム。


 笑顔が素敵で、女性社員の(あこが)れの(まと)


 この会社のアイドル的存在。


 人当たりもよく、面倒見がいいので
部下からの信頼も非常に厚い人なのです。


 営業成績は常にトップクラス。


 三十代で営業部長に抜擢(ばってき)され、
この人なくしてはこの会社は成り立たないと
言われているほど。


 なのですが。。。


 「直美」さん、
実はこの「佐々木」営業部長に
いつも何か違和感を感じていました。


 同期入社の女性社員もみな
この営業部長の大ファンなのですが、
「直美」さんは、どうしてもこの部長に
好感を持つことができなかったのです。


 (何か、この部長って。。。)


 その直感。。。


当たっているようですよ、「直美」さん。





 その時。


 「直美」さんは、さっきまで自分の目の
前にいた「山伏(やまぶし)」部長が、いつのまにか
入口の所に立っているのに気づきます。


 (あれっ、今の今まで私の目の前に

いたはずなのに。


 いつの間にあんな所に立っているの?)


 まるで瞬間移動みたいです。


 そして、

「直美」さんが、もっとビックリしたのは
その「山伏(やまぶし)」部長の表情。


 遠くから「佐々木」営業部長を見つめる
「山伏」部長の二つの目は、あの時、交差点
で人をじっと視ていた時とまったく同じ目。


 きりっとした大きな目を見開き、
まばたきひとつせず、見つめるというよりは、
完全ににらみつけているのです。


 そしてみるみるうちに恐ろしい形相(ぎょうそう)
変わっていきました。


 (なんて怖い顔。


 まるで不動明王(ふどうみょうおう)みたい。)





 「佐々木」営業部長は
人事部に書類を提出しに来ました。


 住居移転の申告書の提出。


 この度、三十年ローンを組んで
二世帯住宅を購入したそうです。


 奥様は一人っ子らしく、隣には奥様の
ご両親がお住まいになるとか。


 女性社員全員から、
「奥様、お幸せよね。」の声が。


 えっ、奥様、
本当にお幸せなのでしょうか?





 「これ、お願いします。


 先週、引っ越しましたので。」


 「あっ、その書類は

部長に提出してください。」


 「直美」さんが、「佐々木」営業部長に
そう言いながら「山伏」部長の方を見ると、


 「えっ? 人事部長に?」と

「佐々木」営業部長が不思議な顔をします。


 「はい。


 人事部長ならあそこに。。。」

そう言って、「直美」さんが入口の方を
指差そうとした時、そこに「山伏」部長の姿
はすでにありませんでした。


 「あれっ?」





 「佐々木」営業部長は、「直美」さんに
その書類を渡し、十五階の営業部にもどって
いきました。





 それから一週間後のことです。


 「直美」さんが、いつものように出社し、
エレベーターで二十四階に上がる途中、
十五階でエレベーターが止まったので、

 「あらっ、

 誰か上に行く人がいるのかしら?」


 そう思い、《開》ボタンを押して待って
いると、エレベーターに乗ってきたのは、
あの「佐々木」営業部長でした。


 「おはようございます。


 人事部に何かご用ですか?」


 「はい。


 ちょっと会議室で打ち合わせがあって。」


 「そうですか。」


 いつも通り、清々(すがすが)しい笑顔です。


 (でも、人事部で打ち合わせ?

 
 何だろう。


 営業部が人事部で打ち合わせなんて

ほとんどないはずなのに。)





 今日は二十日。


 「直美」さんの所属する人事部では、
五日後の二十五日の給与支払いの準備で
忙しく、部長不在の中、代わりに課長が
ほとんどの仕事を引き継いできましたが、

課長一人ではなかなか手が回らず、
「直美」さんのほか、二人の社員も急に
仕事が増えてしまい、慣れない中、協力し
合いながらなんとか日々の仕事をこなして
いたのです。


 「佐々木」営業部長とエレベーターで
会ってから、二時間ほど()ったくらいで
しょうか?


 ふと顔を上げると、少し向こうの会議室
から、ちょうど「佐々木」営業部長が出て
きたところでした。


 視力がとても良い「直美」さん。


 その時の「佐々木」営業部長を見て、
ビックリします。


 いつも笑顔の「佐々木」営業部長の顔は
ひどく青ざめ、下をうつむき、何か、今にも
泣き出しそうな表情だったのです。


 (いったい何があったのだろう。。。)


 そう思って、「佐々木」営業部長に
声を掛けようとしたその時。


 その会議室から「山伏」部長が出て
きました。


 うつむいたまま去っていく
「佐々木」営業部長のうしろ姿を、
あの時の恐ろしい目でじっと見つめ、
いや、にらみつけていたのです。


 いったい何があったのか、
「山伏」部長に尋ねようとしましたが、
あまりにも恐ろしい表情の「山伏」部長に
とても声をかけることはできませんでした。


 その日、「山伏」部長はずっと不在で、
「直美」さんは、理由も聞けずに仕事を
終え、帰ることになったのです。





 そんなことがあった翌日のこと。



 衝撃の事件が。



 「直美」さんの会社では、人事異動が
ある時には、人事部から一斉に社員全員に
メールで通達をすることになっています。


 出社すると、社内はもうパニックで
たいへんでした。


 「桃瀬さん、メール見た?」


 同期の女性社員が「直美」さんに尋ねます。


 「いえ、まだですけど。。。


 何かあったんですか?」


 「あの「佐々木」営業部長が


懲戒(ちょうかい) 解雇(かいこ)》ですって!」


 「えっ、うそっ、どうして?」


 「直美」さん、ビックリして、
思わず叫んでしまいました。


 「そういえば昨日の午後から、

「「「佐々木」営業部長と連絡が取れない

けど、どうしたらいいですか?」」って

営業部の人たちからの問い合わせが

すごかったのよ。


 私たち人事部も、ご家族に連絡を取ったり

したんだけど。。。


 ご家族もわからないって。


 昨日、確か午前中は、そこの会議室に

ずっといたわよね。


 「佐々木」営業部長。」


 「はい。


 私も会議室に入っていく

「佐々木」営業部長の姿を見ました。」


 そう答えると、「直美」さんの脳裏には
会議室から出てきた時の「佐々木」営業部長
のあの時の顔がまた浮かんだのです。


 「三十年ローンを組んだばかりなのに

懲戒(ちょうかい) 解雇(かいこ)》されてしまって。


 いったいローンどうするのかしら? 


 少なくとももう建設業界では働けない

わよね。」


 今日の一斉メール配信は、社長秘書室から
のものでした。


 (「山伏」部長が関わっているはずの

ことなのに。。。


 どうして私たち人事部の社員が誰も

把握していないの? )



 「佐々木」営業部長の《懲戒(ちょうかい) 解雇(かいこ)》。



 それは。。。



 業務委託先に水増しした委託料の見積もり
を提出させた「佐々木」営業部長は、同額の
内容で、その業務委託先に請求書を作成させました。


 すました顔で、その請求額で稟議を上げた
「佐々木」営業部長は、会社の支払承認を
得ると、チャッカリ会社にその額を支払わ
せておいて、あとからその水増しした分の
金額を業務委託先からこっそり受け取って
いたのです。


 いわゆる違法な《キックバック》。


 もちろん、会社はまったくこの件を把握し
ていませんでした。


 《キックバック》は、一度や二度では
なく、かなり以前からその業務委託先と
共謀しており、会社はその分、かなりの
損失を被ってしまっていたのです。


 そして、《キックバック》された
そのお金は、「佐々木」営業部長が個人的な
飲食や買い物、ローンの返済で使い果たして
いたそうです。


 ところが、長年勤務していた経理部長が
最近定年退職したため、経理業務は新しい
経理部長に引き継がれました。


 その経理部長が、会社の資金が適切に
算出、運用されているか精査していたところ
今回の不正が発覚したわけです。


 いったい今まで経理業務を取り仕切って
いた経理部長は何をチェックしていたの
でしょう?


 こんな不正を本当に見抜けなかったので
しょうか?


 新しく配属された経理部長は、同じ内容の
業務委託を数社に対して実施しているのに、
なぜかここ数年、ある業務委託先に支払う
委託料だけが他の業務委託先より高くなって
いるのを不審に思い、「佐々木」営業部長と
その業務委託先の担当者を問いただしました。


 そして、両者が共謀して行っていたと
とうとう白状したそうです。


 でも会社側は、この一連の不正をまったく
把握できなかったのでしょうか?


 きっと成績のいい「佐々木」営業部長を
百パーセント信頼しきっていたのでしょう。


 チェックが甘すぎますね。


 ところが、「佐々木」営業部長の不正は
それに留まりませんでした。


 人事異動に納得がいかず、退職して
競合他社に転職した前営業部長に重要な
取引先を紹介したり。


 入手した社内のあらゆる機密情報を
()らし、その見返りとして前営業部長から
謝礼を受け取ったり。


 おかげで会社は、受注一歩手前で失注(しっちゅう)し、
もう少しで合意するはずだった契約が
合意に至らず、長年の重要な取引先を
前営業部長が勤務している競合他社に
奪われてしまったり。


 会社に(うら)みを持っていた前営業部長は
卑怯(ひきょう)な手を使ってとことん会社に損害を
与えようとしたようです。


 いくら退職した前営業部長に頼まれた
からといって、会社のあらゆる機密情報を
()らすなど。


 それがいったいどういうことなのか
本人もわかっていたはず。





 営業部長になって三年。


 「佐々木」営業部長は、その三年もの間、
清々(すがすが)しい笑顔という仮面の裏側に、あまりに
もお金に汚く、会社に多額の損害を与えるよ
うな悪質な犯罪を何のためらいもなくやり続
けてきた(みにく)い本性をずっと隠し続けてきたの
でした。







 お昼になりました。


 この建設会社には、二十三階に社員食堂が
あり、とても安上がりでおいしいので、
ほとんどの社員はこの食堂を利用しています。


 ビュッフェ形式で、和食、洋食、中華、
そして焼き立てのパン、食生活が乱れがちな
社員のためのダイエットメニューもあります。


 食堂の窓から見える景色は最高で、
晴れた日には、なんとあの≪富士山≫も
見えるのです。


 都内なのに、≪富士山≫が見えるなんて
この会社の社員の方々は本当にうらやましい
限りですね。


 えっ? うらやましい???


 本当に。。。?







 いつものお気に入りの窓側の席。


 (あの席、空いているといいな。)

と思いながら、「直美」さんが
大好きなジャンバラヤ定食を手に、
その席の方に歩いていくと。。。


 そこにはあの「山伏」部長の姿が。


 (あっ、「山伏」部長だ。


 今までどこにいたんだろう。)


 「直美」さんは「山伏」部長の前に立ち、

「ご一緒してもよろしいですか?」

と尋ねます。


 「どうぞ。」


 「山伏」部長はそう答えると、
≪クロワッサン≫を食べ始めました。


 「山伏」部長の昼食は
≪クロワッサン≫が二つとホットミルク。


 「ここは景色がいいわね。


 私、≪富士山≫が大好きなのよ。」


 「山伏」部長は「直美」さんにそう言葉を
かけました。


 「≪クロワッサン≫。。。

  お好きなんですか?」


 「ええ、大好きよ。


 ≪富士山≫も、≪クロワッサン≫も。


 焼き立ての≪クロワッサン≫の香りは

最高よね。


 バターの香ばしい香りがたまらなく

好きなのよ。」


 「私も大好きです。


 母がよく作ってくれたんです。


 今は離れて暮らしているから

食べられないですけど。


 あっ、私、父の実家が静岡で、

小さい時、東京から静岡に引っ越したんです。


 なかなか友だちができなくて。」


 「直美」さんがそう言うと、


 「でも、できたんでしょ? 


 お友だち。」

と「山伏」部長が尋ねます。


 「えっ、あっ、はい。


 同じクラスの女の子が声をかけてくれて、

それで友だちができて。」


 「えっ?


 友だちって、そっちの友だちのこと?」


 「えっ? あっ、あのぅ。。。

 部長のおっしゃることが

よくわからないんですけど。」


 「あっ、そう。


 わからないならもういいわ。」


 「山伏」部長は少しムッとします。


 「この≪クロワッサン≫、

まずくはないんだけど、何か違うのよね。


 ホットミルクも薄くて水みたいだし。」


 「何かって? 


 何が違うんですか?」


 「味が。」


 「味?」


 「やっぱり、あなたのお母さんが

作ってくれた≪クロワッサン≫が

一番美味しいわ。」


 「えっ? 


 母とお知り合いなんですか?」


 すると。。。


 プツンッ!!!


 何かが切れました。


 「山伏」部長は、いつまでたっても
かみ合わない「直美」さんとの会話に
ブチ切れて、かなり怒ったような表情を
したかと思うと、


 「人間って。。。

 本当に記憶力が悪いのねっ!」と

プンプンしながら、とうとう去って行って
しまいました。


 「直美」さん、

何のことだかさっぱりわからず、
首をかしげながら、

(そう言う自分だって人間じゃない。。。)





 でも、もうひとつ不思議なことが。


 ここは食堂。


 オフィスと違って
フロアにカーペットは敷いていません。


 歩くとコツコツと音がするはず。


 ところが変なんです。


 あんなに細くて長~いハイヒールを履いて
歩いているはずなのに。。。


 足音がまったくしないんです。


 「山伏」部長って!





 その日、仕事を終え、家に着くと、
「直美」さんは急に母親の声を聞きたく
なり、久しぶりに電話をしてみました。


 そして、

今日、「山伏」部長に言われたことを
思い出し、母親に聞いてみたのです。


 部長は、「直美」さんの母親が作った
≪クロワッサン≫を食べたことがあると
言っていました。


 「お母さん、「山伏」さんて知ってる?」


 「「山伏」さん? 

 聞いたことないわね。」


 「入院している人事部長の代わりに

先週からやって来た人なんだけど。


 女性で、名前は「山伏(やまぶし)  舞姫(まいひめ)」。


 すごく背の高いきれいな人なの。


 お母さんの作った≪クロワッサン≫を

食べたことがあるらしいよ。


 とっても美味しかったって。」


 「≪クロワッサン≫は

家族にしか作ったことないわよ。


 でもあなたが知らないなら

「直樹」と知り合いなのかもしれないわ。」


 「直樹」とは「直美」さんの弟。


 「あっ、そうか。

 じゃあ、今度、「直樹」に聞いてみるね。


 それじゃあ、長くなるからもう切るね。」


 「直美」さんが電話を切ろうとした
まさにその時。





 「直美」さんの母親が、

「もしもし、ちょっと待って。」


 何かを思い出したようでした。


 「えっ、でも、まさか。。。」


 「お母さん。何? 


 何か思い出した?」


 「実は。。。」


 「直美」さんの母親は「直美」さんに
話すのを少しためらっているようでした。



 そして。。。





 「実は。。。

 静岡に引っ越してきたばかりのころ、

あなた、よく学校を休んでいたでしょ。


 なかなか学校に馴染めないようだった

から、無理に学校に行かせるのは

やめようと思って。


 仮病なのはわかっていたけど

学校を休ませたのよ。


 その日、どうしても

出かけなければいけない

用事があったから、

≪クロワッサン≫を焼いて、

お昼に食べるように

あなたに言ったのよ。


 でも何か家に戻らなければ

いけない気がして、戻ってみたら。。。」


 「戻ってみたら?」


 「あなたが同じ年頃の女の子と

一緒にいたんだけど。


 どうもその時のその子の服装が、

まるで山伏(やまぶし)みたいな恰好(かっこう)で。。。



 確か。。。


 手に≪八つ手≫の葉を持っていたわ。


 でも、あなたのあんな笑顔を見たのは

久しぶりだったから話しかけずに黙って

見ていたけど。」





 (あっ、思い出した!


 あの時の子がもしかして「山伏」部長? 


 でも。。。


 あれは夢だったんじゃなかったの? )


 「お母さん。


 私、それ、夢を見ていたのだと

思っていたの。


 でもお母さんがそう言うなら

夢じゃなかったんだ。」


 「そうね。 夢じゃない。


 もしかしたら寂しがっているあなたと

友だちになりたくて、空から舞い降りて

きてくれたんじゃないかしら?


 この辺りには、≪天狗(てんぐ)の神様≫の伝説が

あるらしいから。」


 「直美」さん、
母親の話でついに全てを思い出したのです。


 (あの時。。。

 
 一人でポツンと縁側に座っていたら、

空から女の子が降りてきて、


「いい匂いがする。これは何の匂い?」って

私に聞いてきた。


 「≪クロワッサン≫!」


 そう答えると、


 「それって食べられるの?」


 「うん。 一緒に食べる?」


 「食べてもいいの?」


 「いいよ。」





 『舞姫(まいひめ)』ちゃん、パクッ。





 「私の名前は、「まいひめ」。

 これ、おいし~い。

 あなたは?」


 「なおみ。」


 「なおみちゃん、お友だちになってよ。」


 「えっ、わたしと?」


 「うん。

 なるって言ってくれる?」


 「うん。 いいよ。

 お友だちになろう。」


 その答えを聞くと『舞姫(まいひめ)』ちゃんは

すごくうれしそうに空を見上げた。


 そしてしばらくすると、

 「よかった。


 父上から許してもらえた。


 今日からお友だちができた。


 助けてほしいときは私を呼んで! 


 助けに来るよ。」


 そう言うと、ふわりと空に舞い上がり、

手を振りながら、


「≪クロワッサン≫、ごちそうさま。

 
 とってもおいしかったよ。


 またごちそうしてね。」


 そう言って、高く、高く飛んで行った。


 ≪八つ手≫の葉を大きく振り回しながら。


 ≪天狗(てんぐ)の神様≫だったんだ。)





 次の日。


 朝早く出社した「直美」さんは、
会社中を探しまわります。


 (「山伏」部長、

 いえっ、『舞姫』ちゃん、どこ?

 きっと姿が視えていたのは

私だけだったんだ。)と思いながら。


 一階から二十四階までありとあらゆる
場所を探しましたが、「山伏」部長の姿は
ありませんでした。


 結局今週は、もう「山伏」部長は
不在のまま。


 (『舞姫』ちゃん、

 きっと怒っていなくなっちゃったんだ。)


 「直美」さん、
がっかりして週末を迎えることに。





 日曜日。


 明日からまた出社という日。


 課長から突然電話がありました。


 会社のセキュリティシステムが突然
トラブルを起こし、建物に入れないらしく、
会社で作成した資料を持って明日朝一で
出張に行かなければいけない社員から
なんとかしてほしいと人事部の方に電話が
あったらしいのです。


 こういう時のために、人事部では
非常階段のドアの鍵を預かっているの
ですが。


 (どうして私に頼むのよ。)


 課長は持っているはずの鍵がまったく
見当たらないと言い、

他の社員も、会社の机の中に置いてきて
しまったということで、「直美」さんが
行くことになってしまいました。


 (せっかくの休日なのに。。。)


 仕方なく会社に行き、一階の非常ドアの
鍵を開けて中に入ると。。。


 なんと、あの「山伏」部長が非常階段を
上がっていく姿が。


 「あっ、『舞姫』ちゃん、


 待って。 『舞姫』ちゃん!」


 「直美」さんは、そう声をかけながら
急いで階段を上がりますが。


 その速さにまったく追いつけません。


 途中で足が上がらなくなってしまい、
息はゼイゼイハーハー。


 休み休みやっとのことで屋上にたどり
着き、非常ドアを開けて辺りを見回します
が、「山伏」部長の姿はありません。


 「まっ、『舞姫』ちゃ~ん!


 どこ? どこにいるの?」





 「私ならここよ。」


 「直美」さんが振り返ると、
「山伏」部長ならぬ『舞姫』ちゃんは
宙に浮いていました。


 「やまぶ、ちがう。


 『舞姫』ちゃん、ごめんなさい。


 私、あの時会ったときのこと、

夢だと思ってて。」


 「もう、いいわ。


 思い出してくれたんだから。




 あの時と一緒。


 あの時もあなたは

「「だれか、助けて~。」」って

心の中で叫んでた。


 そして今度も

またあの交差点で同じように、

「「誰か、助けて~。」」って叫んでた。


 無意識でも人間はみな心の中で

いつも何かを叫んでる。


 私たち≪天狗族(てんぐぞく)≫には

その心の声が聞こえるの。


 心を読めるのよ。





 もう時間がないわ。


 もっとあなたのそばで

いろいろ時間をかけて

助けてあげたかったけど、

大事なお役目があって

すぐにも京都の方に

行かなきゃいけないのよ。」





 ここでちょっと
一気にまとめてご説明いたします。


 『舞姫』ちゃんの話によれば、

そのお役目とは、毎年京都で開かれる
≪全国 天狗神(てんぐがみ)最重要会議≫に出席すること。


 選ばれた≪天狗の神々≫が、
幸せにしたい人間についてプレゼンをして、
見事優勝すれば全国の≪天狗の神々≫の名に
懸けて必ずその人間を幸せにしてくれるのだ
ということです。


 彼女は友だちの「直美」ちゃんを
ずっと幸せにしたいと思っていました。


 本当にいいお友だちを持ちましたね。
「直美」さんは。


 しかも≪神様≫ですよ。


 実は、もうすでに
その会議は始まっているのだとか。


 早くしないと
プレゼンに間に合わないんですって。


 それでは話の続きをどうぞ、

『舞姫』ちゃん!



 「オッケー。


 だから、今から一度ですべてを変える

一掃(いっそう)の風】を吹かせるわ。


 荒療治だから、できればこの手は

使いたくなかったんだけど。


 仕方ない。





 この風に吹かれた者は

みなその本性を(あら)わにする。


 いわゆる≪本性(ほんしょう)覚醒(かくせい)≫が起こるの。


 《(じゃ)》の心を持つ者はその《(じゃ)》が、

正義や勇気を心に秘める者は

その《正義と勇気》が露わになる。


 それが《邪心(じゃしん)》であろうと

清心(せいしん)》であろうと一気に覚醒(かくせい)し、

もはや心の奥底に押し込めておくことは

できなくなる。


 《(じゃ)》が勝つか、それとも《(せい)》が

勝つか、やってみなければわからない。





 《邪》とは厄介なもの。


 例えその《邪》を秘める者が

一人しかいなくても

その力は恐ろしいほど強烈で、

《清》の弱くもろい隙間(すきま)に入り込み、

すぐに(けが)してしまう。



 人間の心は弱いもの。


 いくら清らかな者でも(けが)れてしまうのよ。





 でもあなたは違うわ。


 あなたの持つその《清》は、まったく

(けが)れない。


 その《清》を、この時代に生まれるまで

ずっと受け継いできている。


 《桃》の花のような可憐な《桃》色の

あなたのその心。


 私が大好きな、大好きな

(せい)の心≫の持ち主。


 あなたのその美しい心は

絶対に(けが)れさせない。


 この会社は、あなたの持つ≪(せい)の心≫の

おかげで、なんとか(けが)れを抑えられている。


 本当にこの会社を良くしたいなら、

勇気を出しなさい。


 あなたに足りないものは、

【想いを伝える勇気】。


 しばらく社内で混乱が起きるけど、

あなたがこの会社にいる限り

絶対に《清》が《邪》に打ち勝つ。


 そのことを覚えておいてね。」


 そう言うと、『舞姫』ちゃんは、
まるで空中でバレエを踊っているかのように
優雅に舞ったのです。


 手に持っていた緑色のケリーバッグは
≪八つ手の葉団扇(はうちわ)≫に変わり、
『舞姫』ちゃんが、その≪八つ手の葉団扇≫
を大きく振り下ろすと。。。


 あの時のようにつむじ風が吹きました。


 つむじ風は次第に大きく渦を巻きながら
「直美」さんの会社の建物を(おお)い尽くし、
会社は一気に竜巻の中に飲み込まれていき
ます。


 ピューピューピュー。。。 ピューピュー

 ピューピュー。。。ピューピューピュー。。。


 目も開けていられないほどの物凄い風です。


 そして『舞姫』ちゃんの着ていた
上下紺色のスーツは一瞬にして真っ白な
ウェディングドレスに。


 強風の中、「直美」さん、
それを見て大声で尋ねます。


 「えっ、『舞姫』ちゃ~ん。


 なんでウェディングドレスなの~?」


 「あっ、これ? 


 一度着てみたかったのよ。


 私たち天狗族(てんぐぞく)の婚礼衣装は白無垢(しろむく)って

決まってるの。


 異国のものはご法度(はっと)なのよ。」


 「それにしても、

その格好でプレゼンするの~?」


 「そうよ。」





 まあ、いいじゃないですか。


 背が高く、スラッとしているので
マーメイドシルエットのそのドレス、
ウェストの部分にヒラヒラとフリルのような
ペプラムがアクセントになって、
よくお似合いですよ。


 「ありがとう!」


 あらっ、その赤いハイヒール、
≪一本歯の下駄≫に変わらないので
しょうか?


 「これはこのままよ。


 今どき下駄なんて流行(はや)らないわ。


 このドレス、

おそろいのベールがあるんだけど。


 とっても長くて。


 これで舞ったら絶対に天女(てんにょ)よね。


 でも私は天女(てんにょ)じゃなくて、≪天狗(てんぐ)≫。


 優雅に舞うなんてガラじゃないの。


 それに長すぎるから体にまとわりついて

空を飛ぶとき邪魔なのよ。


 ベールは現地で身につけるわ。


 それじゃあ、

あとで結果を知らせるわね。」


 そう言うと、
『舞姫』ちゃんは空高く
飛んで行ってしまいました。


 あっ、言い忘れてしまいましたが、
空は日差しが強いので、真っ白な
つば宏帽子のキャペリンをしっかり
かぶって行きましたよ。







 さて、翌日の月曜日。


 社内は想像した以上に大混乱。


 どの部署も
言い合いの喧嘩(けんか)罵倒(ばとう)の嵐。


 見たくもない人間の(みにく)い部分が露呈(ろてい)し、
収拾のつかない状態に。



 部下の手柄を自分の手柄にし、
自分のミスを部下のせいにしてきた上司。


 誰にでも(した)()に接するが、
実は陰で皆の悪口ばかりいう者。


 相手の気に入らないところがあると
その相手を徹底的に無視したり、
いじめる者。


 能力がないことを認めようとせず、
できない仕事を部下に押しつけて
楽をしている上司。


 お(つぼね)気取りでホイホイされないと
気がすまない年増(としま)の女性社員。


 上司のご機嫌ばかり取って
出世しようとする者。


 みなさんの職場にもいませんか?


 こんな

が。




 

 《懲戒(ちょうかい) 解雇(かいこ)》された「佐々木」営業部長。


 その「佐々木」営業部長ほど
法に触れる犯罪とまでは言えませんが、
法に触れなければ何をしてもいい
ということにはなりません。


 道義的責任は(まぬが)れないのです。


 ≪因果応報(いんがおうほう)


 そんな行いをする者たちは
そのうち必ず相応の(むく)いを受けるものです。


 人間として恥ずかしくないのか、
こんな者たちばかりでは良い会社になる
はずがない。


 そう感じていながらも不満や憎しみを
心の奥にずっとしまい込んでいた
社員たちが徹底抗戦。


 思いの丈をぶつけ、中には我慢の限界で
最悪の上司に殴りかかる者も。





 結果は。。。





 ある者は退職に追い込まれ、

ある者は傾きかけたグループ企業に
出向を命じられ、

またある者は降格に。


 この状況は三ヶ月以上続きました。





 そして「直美」さんの所属する
人事部でも混乱はありました。


 就業規則を無視し、自分勝手なことを
している社員をずっと野放し状態にして
きた直属の上司と入院中の人事部長に対し、

多くの社員から怒りのクレームがあり、
二人は赤字の子会社へ出向となりました。


 そして、今まで人事部長の
代理を務めていた課長が部長に。


 この課長はかろうじて
一掃(いっそう)の風】には
見捨てられなくて済んだようです。


 かくして、
「直美」さんの会社には本当の意味での
平和が戻ってきたのでした。


 社内の環境も良くなり、徐々に社員に
とって働きやすい職場になってきたことも
あり、「直美」さんは、毎日会社に行くのが
楽しみになっていました。





 そんなある日。 


 今日は日曜日で会社はお休みです。





 「直美」さんが、部屋でテレビを
見ていると、

 ピンポーン!


 インターホンの音です。


 「誰だろう?」


 そう思い、ドアを開けると。。。

 
目の前には、小さくてかわいい青い鳥、
《ルリビタキ》が羽根をはためかせながら、
口にくわえていた小さな封筒を「直美」さんに
渡します。


 赤い縁取りのある金色の封筒を受け取る
「直美」さん。


 「これ、何?」と

《ルリビタキ》に尋ねます。


 「電報! 電報!」


 「電報?」


 封を開けてみると、中には手紙のような
ものが。


 そして、
その手紙には、こう書かれてありました。


 「選ばれし者、「直美」。 

 おめでとう! 

 『舞姫』より。」


 「えっ? ひょっとして?」


 そして一時間後、
今度は桃色の《コウノトリ》が
やって来て、


「「舞姫(まいひめ)天狗(てんぐ)」さまより、

「直美」さまにお届け物です。」


 そう言うと、「直美」さんに
赤いリボンで結ばれた真っ白な箱を渡します。


 リボンをほどいて箱を開けてみると、
そこには、封筒に入った手紙と
ネックレスが入っていました。


 なんと珍しい!


 ≪八つ手≫のモチーフの金のネックレス。


 封を開けるとその手紙には、

 「「直美」ちゃん。


 『舞姫』よ。 元気?


 【一掃(いっそう)の風】の効果あったみたいね。


 電報届いた?


 私のプレゼン、バッチリよ。


 審査員全員が私のプレゼンを評価して

くれて、みごと優勝したわ。


 私のウェディングドレス姿も

かなり高評価だったのよ。


 帰りは京都観光を楽しんだわ。


 私のお気に入りは≪鞍馬寺(くらまでら)≫。


 天狗にまつわる歴史が詰まった

観光名所よ。


 よかったら一度行ってみてね。


 優勝できたのは、

ひとえに「直美」ちゃんの心が

清らかだったから。


 その≪清らかな心≫。


 これからもずっと持ち続けてね。


 それからネックレスは

私からのプレゼント。


 私の助けが必要な時は、

そのネックレスを

ギュッと握って私の名を呼んで。


 すぐに助けに行くから。





 今、私の住む山から見下ろすと

そこは辺り一面、満開の《桃》の花が

咲き乱れてる。


 やっぱり

日本一の山から見る景色は最高!


 まるであなたの心のように美しいわ。


 それじゃあ、幸せにね。



 追伸。

 あなたは

たくさんの人を幸せにできる人。


 周りの人をドンドン巻き込んで、

みんな一緒に幸せにしてあげてね。」


 「直美」さん、感激のあまり、
ワーワー泣き出してしまいました。


 「『舞姫』ちゃん。 ありがとう。


 そして、優勝おめでとう!


 『舞姫』ちゃん。


 会いたいな。 会いたいよ~。」





 でも「直美」さんは心に誓います。


 「これからは、本当に助けが

必要な時にだけ、あなたの名を呼ぶね。


 あなたがアドバイスしてくれた

【想いを伝える勇気】


 この言葉を大切にする。」








 それから十年。


 「直美」さんは人事課長に昇格し、
社員全員から信頼されるほど
立派に成長しました。


 その間、一度も『舞姫』ちゃんを
呼んでいません。


 会社は、入社したい企業
ナンバーワンにも選ばれ、
本当にいい会社になりました。


 それもこれも
『舞姫』ちゃんの吹かしてくれた
一掃(いっそう)の風】のおかげです。


 良かったですね。


 「直美」さん。


 あなたの最初の願いは叶いましたね。


 次はどんな願いを叶えますか?


                                  終
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