第七話 ボボンガの巣の中で

文字数 2,955文字

 巣の中を見渡す。動物の骨や、抜け落ちた羽根、卵の殻などが雑多に落ちていた。
 だが、一番に目を()いた物は食い荒らされた人間の死体だった。死体はほぼ裸で、靴だけを履いていた。
(痛ましいかな。これも、自然界の掟よのう)

 セシリアは死者に対して短い祈りの言葉を捧げると、死体を調べる。
「死体を調べて、どうするのじゃ? 遺族に訃報(ふほう)を持って行くのか?」

 セシリアが沈んだ顔で尋ねる。
「ずっと帰ってこない人を待ち続ける人の気持ちが、わかる?」
「正直に申告すれば、我には、さっぱりわからん。帰らぬ者に思いを馳せるなぞ弱者の気の迷いよ」

 セシリアは淡々とした態度で作業を続ける。
「カエサルは強いわね。それとも、まだ、そこまで大切に思う人がいないのかしら」
「おそらく、後者であろうな。それで、そのもの言わぬ死体から、何かがわかったか?」

「ちょっと黙って。今、調べるから」とセシリアは厳しい顔で指示する。
「ゆっくり調べたらよい。ボボンガは、すぐには戻ってこぬじゃろう。来たとしても我が剣で追い払ってやろう」

 セシリアは嫌な顔せず、死体に触りながら軽く警告する。
「ボボンガは、すぐに帰っては来ないわ。でも、周りの警戒は怠らないで、何があるかわからないのが冒険だから。これは、野外でも町の中でも一緒よ」
「警戒はしておる。だから、安心して作業を続けよ。それとも何か手伝うか?」

「手伝いは要らないから警戒をお願い。何か異変があったら、すぐに知らせるのよ」
 警戒をしろと命じられても、暇だった。剣を使って、巣のゴミを搔き分ける。
 糞の中から、銅の識別証を見つけた。識別証にはピートと書いてあった。
(銅の識別証は冒険者ギルドでは使っておらぬ。冒険者の物ではないな。死体のものと決まったわけではないが、知らせておくのが親切じゃな)

「識別証を見つけたぞ、セシリアよ。遺体の身元を調べる役に立たんか?」
 セシリアが真剣な顔で頼む。
「大いに役立つわ。貸して」

 セシリアは識別証を受け取ると、難しい顔で見解を述べる。
「死体の識別証と見て、間違いないわ。死体は郵便配達人のピートね」
「そうとも限らないであろう。別人の者が混じった可能性もあるじゃろう。ボボンガがどこかで間違って飲み込んだかもしれんぞ。食い意地の張った鳥が異物を飲み込むのは、よくあることじゃ」

「根拠はあるのよ。あの死体の状況よ」
(セシリアには何かが見えているようじゃの)
「我にわかるように、根拠を聞かせよ」

 セシリアは真剣な顔で推理を語る。
「まず、銅の識別証。これは郵便局員に渡されるものよ」
「識別証は郵便局員のものか。危険な場所で活動する郵便局員なら識別証を持っていても不思議ではない。また、冒険者と区別するために、特徴のある識別証を使うのも理解できる。根拠はそれだけか?」

「あと、死体が履いている靴よ。靴は郵便配達人に支給される品よ。だから、この死体はピートのものと推定できるわ」
「ボボンガが靴を履き替えさせるわけもなし。支給品の靴を履いていれば、郵便局員じゃな。とすれば、偶然、他人の識別証が巣に落ちている確率もぐんと低いわけか」

 セシリアの推理に異論はなかった。
「ピートはボボンガの餌食となったか。これも自然の厳しさよのう」
 セシリアが真剣な顔のまま異を唱える。
「それはわからないわ。ボボンガが殺して巣に運んできたなら、郵便配達人の服が見当たらないのが妙ね。ボボンガがピートを発見した時には、ピートはすでに死んでいた可能性があるわ」

(何じゃ、ちと予想外の展開じゃな)
「じゃあ、誰がピートを殺したのじゃ。獣か? 人か? 自然死はなかろう」
 セシリアが困った顔で見解を語る。
「私にはわからないわ。遺体の損傷が酷(ひど)いから、動物か人間の仕業(しわざ)か判断できない。とりあえず、これは冒険者ギルドに報告する必要があるわね」

「我はセシリアの判断に従ってもよいぞ。郵便局が絡んでいれば、識別証を持って行けば、いくばくかの報酬も出よう」
 セシリアの表情が沈んだ。
「出るといっても、小鳥の涙よ。ジュース一杯で消えるわ。それより私はピートの帰りを待つ人に、早く知らせてあげたい。たとえ残酷な結末だとしても」

「報酬は望めぬか。よいわ、金はまだある。冒険の寄り道も良かろう。では、ここで、ボボンガの捜索を一度、打ち切って、帰還するのか?」
 セシリアは渋った顔をして、カエサルの意見を否定する。
「それも、したくないわ。調査に時間を掛けすぎると依頼人に迷惑が掛かる」
(なかなかどうして、抜けているようで、色々と考えておるんじゃのう。間違いなく、猿よりは利口じゃ)

「ならば、セシリアが報告に行け。我がボボンガを追跡する。ボボンガの活動範囲を調べるだけなら、独りでもできるわ」
 セシリアは怖い顔で拒絶した。
「駄目よ。新人を独りにはできないわ。少々危険だけど、手はあるのよ」

「何、真か? ならば申してみよ。我らがいなくても調査ができる手段とは、何ぞや?」
 セシリアは気乗りしない顔で言い出す。
「あまり、使いたくはないんだけど」

 セシリアはベルト・ポーチから全長十㎝の金色に光る金属製の黄金(こがね)虫を取り出した。
「知り合いの魔術師から貰った行動記録装置よ」
「冒険者とは変わった道具を所持しているものよのう。人間に付けるには、ちと大きい。だが、ボボンガのような大きな鳥なら、付けられても、わかるまい」

「これをボボンガの体に付ければ、しばらくボボンガの行動範囲を自動で記録してくれるわ」
「何じゃ? そんな便利な物があるなら、なぜ使わん?」

 セシリアは真剣な表情で教えた。
「装置はボボンガの体に触れて付けなければ、ダメなのよ。下手をすると戦闘になるわ」
(我を心配しておるのか? 顔に似合わず、優しいのう。じゃが、無用な心配じゃな)
「心配ない。我が跳び乗って、ちょいちょいと付けてきてやろう。ほら、貸せ」

 セシリアが厳しい態度で拒否した。
「馬鹿な作戦を立てないで。危険な仕事は、私がやるわ」
「なら、どうするのじゃ。セシリアは空を飛べるわけではあるまい」

 セシリアは思案する。
「まず、逃げる場所がある開けた場所を探すわ。そこにボボンガを誘(おび)き出すのよ」
「そこで戦うのか?」

 セシリアは決意の籠もった顔で作戦を告げる。
「いいえ、カエサルはボボンガが降りてきたら、閃光玉を投げて」
「閃光玉なら持っておるが、閃光玉でボボンガは大人しくなるのか? それとも、ボボンガは、閃光玉が弱点なのか?」

「ボボンガの視力を奪った隙を突くわ。私がボボンガに近づいて行動記録装置を付ける。装置を付けたら、逃げるのよ」
(単純に倒すより手間が掛かるのう。じゃが、せっかくセシリアが思いついた作戦じゃ。ここは太っ腹な度量を見せて、付き合ってやるのが、仲間か)

「あいわかった。セシリアの策に乗るぞ。じゃが、気を付けろよ。危険なのは我ではない。セシリアじゃ」
「わかっているわ。でも、これは私が、いえ、私たちが受けた仕事よ」
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