第十五話 愚かな作戦の果てに

文字数 3,143文字

 セシリアが二人の敵に向かっていく。セシリアは剣の一撃で一人を切り捨て、二撃目で二人目の頭を打った。
 どさりと、二人の敵が倒れる。
(何と、セシリアの奴、本当に一人で二人の敵を倒しおった。まさか、本当にやるとは思わなかったぞ)

 セシリアは剣を置いて、男たちが檻の鍵を持ってないか探す。
 すると、木箱の陰から八人、同じような敵が現れた。
「気を付けろ、セシリア! まだ敵がおるぞ」
 カエサルが叫ぶと、セシリアも気付く。

 八人の棍棒を持った敵がセシリアに向かう。
 セシリアが剣を構える。すると、やられたはずの二人がゆらりとセシリアの背後で立ち上がってセシリアに抱きつく。
 下半身の自由を奪われたセシリアはすぐに敵に囲まれ、棍棒で激しく殴られる。
(いかん、セシリアがやられる)

 だが、敵は十人もいるのに、不思議なことに、カエサルに向かってくる敵はいなかった。
「止めい」とカエサルが叫ぶ。
「はい、止めます」と十人が棒読み口調で発言して、攻撃を止めた。
(何じゃ、こいつら、「止めろ」と命じたら、ほんとうに止めよった。もっと、こうセシリアを人質に取るとか、せんのか?)

 カエサルが勇ましく叫ぶ。
「我が相手ぞ、懸かってまいれ」
 すると、十人がぞろぞろと歩いてきて、カエサルの十m手前で一列になる。
(何じゃ、こやつら? 何か秘策があるのか?)
「わ――」と先頭の敵が棒読み口調で声を上げる。

 のろのろとした動作で棍棒を振り上げて襲い懸かって来た。
(何と、鈍間(のろま)な動きよのう。それとも、これは囮か?)
 カエサルが剣で斬ると、「やられたー」と叫んで敵は倒れる。
(これは、おかしいぞ、剣で斬られて間の抜けた叫び声を上げよった)

 すると、二人目が「わ――」と叫んで棍棒を振り上げてやってくる。
 今度は剣の峰で体を打つ。先ほどと同じく、「やられたー」と叫んで敵は倒れる。
(何? まさか、こやつら、こんな阿呆な戦いを、あと七回も繰り返す気ではあるまいな?)

 三人目が同じように叫び、同じように殴り懸かかってきた。
 剣の峰で敵の頭を軽く叩いた。
 三人目も「やられたー」と叫んで倒れる。四人目が声を上げる前にカエサルは怒った。
「何じゃ、この十銅貨芝居は! サーラか、サーラの差し金か。おい、責任者よ、出てこい」

 カエサルが声を上げると、残りの敵は動きをピタリと止める。
 箱の陰から、魔族用の酒場で遭った黒のローブを着た魔族が現れる。
「貴様が責任者か? 名は何という?」
 黒のローブを着た魔族が(かしこ)まって答える。

「名はアントンと申します。お気に召しませんでしたか」
「気に召すとか、気に召さんとか、の問題ではないわ。これは、いったいどういう絡繰(からくり)じゃ?」

 アントンは弱った顔で内情を打ち明けた。
「実は目が覚めた後にサーラ様の部屋に行くと、お坊ちゃまの冒険を盛り上げてこいと命じられました。もし、できなかったら首を()ねると脅されたのです」
「サーラめ、余計な手出しをしおって。それで、この動く人形のような人間は何者じゃ」

 アントンは平然とした顔で教える。
「彼らは、この辺りで人攫(さら)いや追い剥ぎなどをする野盗です。最初は、こいつらに手を貸して冒険を盛り上げよう、と画策しました。ですが、条件が折り合わず、態度もでかいので、頭に来て皆殺しにしました」

「野盗とて悪行を働いておれば、いずれは殺される覚悟があったじゃろう。だから殺した状況は責めぬ。だが、あの戦い方はないじゃろう。あれでは、子供のチャンバラ遊びのほうが、まだ真剣よ」
 アントンは頭を下げてから、優しい顔で尋ねる。
「お坊ちゃまのお供を殺すと恨まれると思いました。なので、剣を捨てさせ、棍棒に持たせておいたのですが、まずかったでしょうか」

「戦う前から気遣っていたのか。余計なお世話じゃ」
「やはり、『てめえら、よくも仲間を』と怒りに任せて、ずったばったと十人を撫で斬りにしたかったですか?」

 カエサルは倒れているセシリアを見る。
 セシリアの気は安定しているので、気絶しているだけだと知った。
「武器が棍棒ゆえ、セシリアが助かったのは良しとしよう。じゃが、我の相手をするのに一人ずつ加減して襲ってくるとは、何ごとじゃ。あれでは興ざめじゃ」

 アントンは困った顔で申し開きをする。
「苦情を仰っても、困ります。お坊ちゃまが本気になったら、どのみち、私の死体人形では勝負になりません。武器が何であれ、何十人いようが結果は同じです」
 カエサルは正直に不満を口にした。
「何かなあ、これは、我が思っていた冒険と違うぞ。展開も結末もな」

 アントンは弱った顔で申し出る。
「では、どうしましょう? どこからか、やり直しますか? やり直すのなら手伝いますよ」
 種がわかった手品を何度も見せられるようで、面白くなかった。
 死体人形と化した野盗が立ち上がり、虚ろな瞳を向けてくる。
「わかった。もう良い。下がって良いぞ。せっかくの冒険を台無しにされて気分が悪い」

 アントンがハラハラした顔でお願いする。
「それは困ります。サーラ様から気分よく冒険をさせろと指示が出ています。指示に逆らえば私のような下っ端は殺されます。どうか、か弱き魔族を、お救いください」
「ええい、わかったぞ。全く満足していないが、満足したとして報告していいぞ。だからもう、冒険の邪魔をするな」

 アントンは安堵した顔で礼を述べる。
「それなら、私は、これで失礼します」
 アントンが指を鳴らすと、死体人形はバタバタと糸が切れたように倒れた。
 後には檻に囚われた冒険者四人と倒れたセシリアが残った。
「これから、後始末か。何とも締まらぬ冒険になったものよのう」

 気付け薬を使い、セシリアを起こす。セシリアがゆっくりと目を覚ます。
「あれ、カエサル、敵は?」
(正直に話すと面倒じゃのう、適当に話を作っておくか)

「敵が全員、セシリアに向かって行った。セシリアが敵の攻撃に倒れた時に我は青くなったぞ。そうしたら急にセシリアの体が光に包まれて、光が爆発したのじゃ。それで、気が付いた時には、敵は吹き飛んでおった」
 セシリアの顔が寂しさと嬉しさに染まる。
「カエサルの眼の前で起きた現象は勇者技の一つ『勇気の爆発』よ。勇気の爆発は勇者が一生に一度しか使えない大技なの。私は大事な人を守るために使ったんだ『勇気の爆発』を」

(何じゃ? 該当する技が存在したのか? 勇者とは便利な存在よのう)
「そうか、なら、我が見たのが『勇気の爆発』じゃったのだろうな」
 セシリアがよろよろしながら立ち上がる。
「檻の鍵を探しましょう」

「そうよのう。四人を助けるために来たのじゃからな」
 鍵を探すと、死体が持っていた。檻を開ける。
 ロキュスたちはかなり衰弱しており、意識も朦朧(もうろう)としていた。ロキュスたちは自力では、歩ける状態ではなかった。

 セシリアの顔が不安に揺れる。
「困ったわ。街まで距離があるし、助けを呼びに行く間にも、ロキュスたちが心配だわ。カエサル、魔力玉を使って救難信号を上げても、良い?」

 カエサルは素知らぬ顔で答える。
「何を我の許可を得る必要がある? 魔力玉は、勇者に支給された品じゃろう。なら、セシリアが必要と判断したなら使ったら良い」
 セシリアが躊躇(ためら)った表情を見せるが、穏やかな顔で告げる。

「わかった、魔力玉を使って、救難信号を上げるわ」
「ありがとう、カエサル」と呟くセシリアの声が聞こえた。
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