第十三話 ドンガレオン登場

文字数 2,680文字

 セシリアがキャンプの痕跡を調べていると、遠くから何かが飛んできた。
 相手は大きな翼と、恐竜のような立派な体躯を持った、茶色の大型の飛竜だった。
(あれが、ここら辺を縄張りにしているドンガレオンか。大きさだけはあるようじゃが、大して強そうではないな。とはいっても、セシリアの勇者技は通用しそうにないか)

 見張り役なので警告をする。
「セシリアよ、こちらに何か、向かってくるぞ」
「何かしら?」とセシリアは顔を上げて目を凝らす。

(見えぬのか? これは、危険よのう。セシリアがわかる距離に来たら、もう逃げられぬぞ)
 それとなく、相手の正体を遠回しに教える
「大型の飛竜じゃと思うがのう。あれが噂のドンガレオンでは?」
 セシリアは首を傾げて推測を述べる。
「鳥かもしれないわね。こう遠くちゃ、よくわからないわ。ドンガレオンの縄張りだからといってドンガレオンとは限らないしょ」

(こうやって、人間は発見が遅れて、窮地に陥るのか。よいか、今回は我が従いておる。それに、ドンガレオンと遭遇するのも冒険よのう)
 セシリアはじっと目を凝らしていたが、怖い顔になる。
「まずいわ。本当にドンガレオンよ」
 セシリアはきょろきょろ辺りを見回して、隠れる場所を探す。

 背の低い草原では、身を隠す場所がなかった。
「走って逃げてみるか。我は足の速さには、自信があるぞ」
 カエサルはセシリアをお姫様抱っこしたまま、水の上を走れるほど脚力に自信があった。
 セシリアが緊迫した顔で告げる。
「無茶よ。相手は空を飛んでいるのよ。人間の脚で逃げ切れる相手ではないわ」

(そうか? 体が大きい分、だいぶゆっくりな、気がするがのう。せいぜい、時速六十㎞くらいであろう。弓兵の弓のほうが、まだ速いわ)
 セシリアが怖い顔で指示を出す。
「こうなったら、やるしかないわ。逃げたいなら、逃げてもいいわよ」
「我がセシリアを見捨てて、一人で逃げるわけなかろう」

「度胸は褒めてげるわ。ここで戦うと痕跡をだめにするから、少し離れるわよ」
 二十mほど下がって、距離を取る。セシリアが緊張した面持ちで剣を抜く。
 ドンと音がして、目の前に全身に棘を生やした体長十二mのドンガレオンが着地した。ドンガレオンは獲物を見つけて、喜んだように微笑む。

(我らを朝食にする気か? どれ、そうはいかぬと、教えてやるか。教えてやるほうが、たまたま通りかかった飛竜には親切じゃろう)
 カエサルは押さえ込んでいた魔力をほんのちょっぴり解放する。
 カエサルの発する魔力を感じたのかドンガレオンが怯んだ。

(ほう、どうやら、相手の実力がわからないほど、馬鹿ではないらしいのう)
 カエサルは両手を胸の前で払う動作をして「あっちに行け」と命じた。
 だが、ドンガレオンは去らなかった。それどころか、威嚇するように顔を突き出した。

「何だ? こやつ、やる気か?」とカエサルが不機嫌に思ったところでセシリアが動いた。
「えいやっ!」とセシリアがドンガレオンに斬りかかった。だが、剣は弾かれた。
 斬りかかられたドンガレオンにしてみれば、セシリアなど、どうでもいいのか、一向に気にしない。
(セシリアの渾身の攻撃を持ってしてもダメージになっておらぬか。まあ、サバナの王者なら、そんなところかのう)

 カエサルはもう一段階、魔力を解放した。ドンガレオンが目を見開いて(ひる)んだ。
 カエサルはもう一度、あっちに行けと身振りで伝える。
 ドンガレオンが眉間に皺を寄せる。足で地面を軽く叩いてから胸を張る。大きく羽搏(はばた)く動作をする。次に食べる動作をして、最後に首を何度か左右に振る。
(おう、これはジェスチャーだな。おそらく、ここは俺の縄張り、通るなら通行料を払え。だな。我を相手に、なかなか強気よのう)

「喰らえ、勇者技」とセシリアが叫ぶ。全身が光に包まれ、セシリアが斬りかかる。
 だが、セシリアの勇者技を()ってしても、小さな傷を付けるのがやっとだった。
(セシリアは交渉の邪魔だが、放置しておくか、ドンガレオンも気にしておらんようだしな)
 カエサルは親指と人差し指で円を作って上下させ「いくらだ」と聞いてみる。

 ドンガレオンが数秒してからカエサルの動作を理解した顔をする。ドンガレオンは器用に翼の先で空中に象を描いた。
(何、象の一頭もよこせ、だと? 高過ぎるわ!)

 カエサルは被っていない帽子を掴んで地面に投げる動作をして「無理」と伝える。カエサルは怖い顔で首を絞める動作をしてから、剣を振るジェスチャーをする。
「これ以上、要求すると戦うぞ」と伝える。

 ドンガレオンが二足歩行で立って翼を手のように組み合わせる。
(何じゃ? この期に及んで、まだ交渉を続けようというのか? 意外と粘るの)
「喰らえ、勇者の弓!」とセシリアが叫んで光る矢を撃つ。
 ドンガレオンは面倒臭そうに首を傾げて矢を躱す。ドンガレオンは翼の先で空中に小さく四つ足の獣の絵を描き、鼻を鳴らす。

(通行料を豚一頭に値下げしてきおったか、それぐらいなら、良いか、後で適当に四足の獣を狩ってきて渡せば良いか)
 カエサルは魔力を引っ込める。カエサル左の掌を右手の拳で打ったのち、両手で丸を創って「了解した」の合図を送る。

 ドンガレオンは満足そうに頷くと、翼を拡げて飛んでいった。
 ドンガレオンが飛び立つと、セシリアが膝をついて肩で息をしていた。
「助かった。何とか、ドンガレオンを追い払ったわ」
(セシリアは我が交渉している間に、全力で我とドンガレオンの間で踊っていたようなものよのう。真相は教えずともよいか。勇者の面子(めんつ)が傷付くと、気を悪くするじゃろう)

「見事な戦いぶりじゃった。ただ、今回は上手く行ったが、いつも上手く行くとは思わぬことじゃ。慢心が思わぬ悲劇を生む結末もある」
 セシリアが汗を拭いながら、むすっとした顔で告げる。
「何を、偉そうに。カエサルなんて、パニックになって、私の後ろで、あたふたしていただけでしょう」

「前しか見ていないようで、後ろも見ておったのか」
 セシリアはへとへとになりながらも、気丈に答える。
「当たり前でしょう。私は勇者でリーダーよ。カエサルは私が守るわ」
(心意気だけは天晴れじゃな。惜しむらくは、てんで技量が付いていかない状況よのう)
「そうであるか。ならば、早くセシリアに守ってもらわなくてもいいようになるよう、努力しよう」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み