第二十七話 カエサルとサスキアの出会い

文字数 2,566文字

 三百軒ほどの家が集まった小さな村が見えてきた。村では放牧されている山羊がのんびりと草を()んでいる。カエサルはホーエンハイムの街から運んできた品を積む荷馬車の横を歩いていた。
カエサルは荷馬車の護衛として雇われて、商人のシェルトに同行していた。シェルトは三十代の茶色の髭を生やした男性で、ホーエンハイムとベルハイムの村の間を行き来して商品を運んでいる。

 ホーエンハイムとベルハイムは荷馬車で三日ほどと、距離は短い。だが、間に危険な荒野を挟むので、利益はそれなりに出るルートだった。
(危険とは程遠い、長閑(のどか)な村だのう)
 馬車はそのまま村の中央にある市場へと向かった。

 市場に荷馬車が到着すると、商人のシェルトが安堵した顔をする。
「よし、無事到着だ。これが依頼達成の証だ。冒険者ギルドに持っていけば、金に変えてくれる。ありがとう、一緒に来てくれて」
 カエサルは親切心から忠告する。
「荒野は危険ゆえ、この次はもっと人を雇ったほうが安全じゃぞ」

 シェルトは穏やかな顔で説明する。
「わかっているよ。普段なら、護衛は三人は雇うんだが、今回は、ちょっとタイミングが悪かった」
「そうか。わかっているなら、よい。コヨーテといえど油断ならんからな」

 カエサルが立ち去ろうとすると、シェルトが心配してか忠告してくれた。
「一つ、教えてあげるよ。ベルハイムからホーエンハイムまでチーズを背負って運ぶと、良い金になる。だが、チーズのような匂いが強いものを運ぶと、コヨーテに格好の標的にされるから、気を付けてな」
(我ならコヨーテなぞ、百万いようと問題がないのじゃが、ありがたく聞いておくか)

「ありえる話じゃな。チーズは重いから、背負って戦うのにも不便じゃろう」
 シェルトが満足そうな顔で付け加える。
「そうだ。そういう時は、荷物を捨てる選択も大事だ。チーズで命は買えないからな」

 まだ、お昼なので日は高い。走ってホーエンハイムの街に帰っても、カエサルの足なら暗くなる前に着く。せっかくだったので、チーズ運びをやってみようと思った。
(冒険者たるもの、何事も経験じゃ。それに手ぶらで帰るのも、もったいない)

 市場で背負い梯子(はしご)を買い、チーズを扱う商店を覗く。
 大きなホールチーズが売っていた。
(ぎりぎり五つは、詰めるかのう)
「この三十六㎏のホールチーズを五つくれ」

 チーズ屋の女将さんは驚いて忠告した。
「ロバや荷馬車は、ないんだろう? そんなに持ったら、途中でへばって、チーズを捨てなきゃならなくなるよ」
「問題ない。それくらいは余裕で背負える」

 チーズ屋の女将さんは心配して注意する。
「悪いことはいわないよ。チーズ運びは初めてなんだろう。二つか、三つにしておきな」
(人間とは非力よのう。この程度の重さの物を、運べんのか。だが、特に金に困っているわけではないから、ここは忠告に従うか)

「わかった。チーズを三つ買おう」
 チーズを背負い梯子に載せると、カエサルはすたすたと歩いてゆく。そのまま、人の目が届かないところに来ると、走り出した。
 カエサルは荷馬車で三日掛かる行程を、三十分で走破するつもりだった。途中で商隊とすれ違うときには怪しまれないように速度を落とした。だが、他にすれ違う人はいなかったので、すいすいと進めた。

 二十五分ほど走る。前方に、明るい陽の中をゆっくり進む人の気配に、気が付いた。
ほどよく減速して、小走りに近寄っていく。
 相手はカエサルと同じようにチーズを背負った冒険者だった。カエサルは横に並ぶ。
 相手は十七くらいの女性。身長は百六十㎝、体には適度に筋肉がついている。顔は卵形で、赤い髪と眉が印象的な女性だった。装備は帽子を被り、使い込まれた軽装革鎧と細身の剣で武装していた。
「我の名はカエサル。そなたもチーズを街まで運ぶ途中か」

 女性冒険者は疲れた顔を向ける。
「そうよ。これが、魚屋にでも見える?」
(ほう、かなり疲れておるようだな。果たしてホーエンハイムまで()つかどうか、怪しいの。さりとて、この手の輩は下手に手を貸すと怒るから、始末に悪い)
 カエサルはさりげなく女性冒険者と同じ速度で横を歩く。女性冒険者は疲れているようだが、足取りはしっかりしていた。途中で倒れそうにはなかった。

(このまま、何事もなければ、深夜には冒険者ギルドには着くか。だが、招かれざる客が来ておるようじゃの)
 カエサルは二人と距離を詰めてくるコヨーテの群れの存在に気が付いていた。カエサルがさりげなく殺気を漂わせると、コヨーテの気配が遠ざかるのがわかった。
(臆病なコヨーテで助かった。これで、安心して街まで行ける)

 女性冒険者が不機嫌に声を掛ける。
「随分と余裕がありそうね。なら、先に行ったら? もうじき暗くなるわよ」
「そう冷たくするな。そんな重いチーズを持っての旅は危険じゃ。一緒に行こうではないか」

 女性が苦しそうな顔で告げる。
「私は鍛錬のためにやっているのよ。それと、私の名はサスキアよ」
「同じホーエンハイムの冒険者か。これも何かの縁よのう」

「なに勝手な言葉をほざいていているのよ。なんぱなら他でやってよね」
 その後、暗くなると、サスキアは光の魔法を帽子に掛けて視界を確保する。
 サスキアは休まず、はあはあと喘ぎながら、額に汗して進む。サスキアはへばっていたが、歩く速度は落ちなかった。

(体力は限界に近いであろうに、なかなか根性のある女子じゃな)
 カエサルは黙って横を歩いた。そうしていると、ホーエンハイムの街が見えてきた。
「ほら、もうすぐゴールじゃぞ。がんばれ」
 サスキアが苛っとした顔で応じる。
「街の明かりは見えているわよ。わかっている内容を言わないで」

 そのまま、冒険者ギルドに到着すると、サスキアは受付で背負い梯子を下ろす。
「運搬依頼にあったチーズを持ってきたわ」
 ギルドの職員がやってきてチーズを回収して代金を渡す。

 サスキアはふらふらしながら冒険者ギルドを出て行った。
(サスキアか。一人で仕事をしているなら、悪くないかもしれん。次に遭ったらパーティに誘ってみるか)
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