第二十三話 勇者ヨースト

文字数 2,922文字

 魔族酒場にあるサーラの部屋に行くと、サーラが待っていた。
「サーラよ。灰の後継者が武力行動に出たと、龍から一報があった。本当か?」
 サーラは澄ました顔で説明する。
「魔族会議には全く連絡が入っておりません。ですが、国境沿いに()む龍からの情報なら、間違いないですね。ただ、今回の灰の後継者の武力行動は完全なる独断行動です」

「なら、魔族会議はどうするのじゃ?」
サ ーラは困った顔で両の(てのひら)を上に上げる。
「どうにもできません。灰の後継者には穏健(おんけん)派と急進派がいます。武力行動に出たのなら、穏健派は押し切られたのでしょう。だから、魔族会議の通達で止めるのは無理です」

「ならば、軍の派遣はどうじゃ? 武力で止められないのか?」
 サーラが素っ気なく告げる。
「今から部隊を編成しても、町が蹂躙(じゅうりん)されたあとでしょうね」

「では、我が灰の後継者を滅ぼしてもよいのか?」
 サーラは、あっさりとした態度で告げる。
「お好きになさって結構です。お坊ちゃまに誰を殺せと命令はできません。誰を殺すなと指図もできません。できるとすれば、それはお父上だけです」

「わかった。我の好きにさせてもらうぞ」
 冒険者のギルドに行くと、人が入れず溢れていた。近くの冒険者に尋ねる。
「どうした? なぜ、冒険者の酒場に入れぬ? 冒険者ギルドの臨時休業か?」
 革鎧を着た若い冒険者の男が、弱った顔で告げる。

「急に百人からなる冒険者のパーティがやってきて、今、登録中なんだよ」
「何と、百からなるパーティとな? そんな大所帯があるのか!」
 若い冒険者は渋い顔で語る。
「俺だって初めて見るよ。何でも、予言者の言葉を信じて、町を救いに来たそうだ」
(予言者なる男は、灰の後継者の侵攻を知っておったのか。正体が気になるのう)

 混雑が(ひど)そうなので外で待っていると、金髪で青い目をした長身の若い男の冒険者が出てくる。
 男は背中に長剣を担ぎ、上半身に金属鎧を着て、下半身に鎖帷子(くさりかたびら)でできたスボンを穿()いていた。
「あれが勇者ヨースト。百人パーティのリーダーだよ」と誰かが口にする。

 ヨーストは凛々(りり)しい顔をしており、いかにも勇者の言葉が似合いそうだった。ヨーストがよく通る声で呼びかける。
「聞け、冒険者諸君。今この町には、魔族襲来の危機が迫っている」

 ヨーストの言葉に地元の冒険者がざわめく。ヨーストは毅然(きぜん)とした態度で、演説を続ける。
「町長の依頼でこの街の危機を救うために、俺は百人の仲間と共にやってきた。だが、相手は強く、勝てるかどうか、わからない。もし、この町を救わんと共に立ち上がる者は力を貸してほしい」
「敵は何人だ?」と聴衆の誰かが叫ぶ。

「敵は、およそ百。強さは真珠級の実力者と聞く。ただ、魔族の部隊を率いる男は、勇者クラス。つまり、このままでは、五分五分の激戦が予想される。確実に勝つには、もっと仲間がほしい。協力してくれ。もちろん、勝てば、働きに応じて褒美は出る」

 ヨーストの言葉に賛同する冒険が大勢と出た。
(ホーエンハイムの冒険者の参加者は三十名くらいか。百対百三十の戦いなら大将の実力によって勝敗が左右されるのう。人間側の大将はヨーストであろう。ヨーストはセシリアやリアよりは格上じゃが、戦で頼りになるかといえば、微秒か)

 カエサルが考えていると、リアが寄ってくる。
 リアは迷っていた。
「どうしましょう? 勇者ヨーストさんのパーティに合流しましょうか?」
「我は構わぬぞ。だが、リアは、このような百人越えの戦いは経験があるのか」

「ないですけど、そういうカエサルは、あるんですか?」
「百対百の戦いは我もないが、どうにかなるだろう」
 カエサルは常に一人だった。カエサル対百の敵。カエサル対千の敵。カエサル対万の敵の戦いは、あった。
 結局は、どの戦いも敵が「これは、倒せない」と悟って、敗走して和睦を申し入れてきた。

 リアが決意の籠もった顔で告げる。
「なら、ヨーストさんのパーティに合流しましょう。町を皆で守るんです」
「あい、わかった。ならば共に戦おう」
 装備を調(ととの)えると、リアとカエサルは、ヨーストのパーティに合流した。

 リアとカエサルは右前方に配備された。
 百人は四角い陣形で荒野からサバナ側に向かって進んでいく。
 リアが緊張していたので、緊張をほぐすために声を掛ける。
「最高で何人の敵を相手にした経験がある?」

 リアが硬い表情で答える。
「五人で二十人の敵と戦った経験があります。でも、ここまで大規模な戦いは初めてです。カエサルは集団対集団の戦いの経験はどれくらいあるんですか?」

 カエサルは正直に教えた。
「ないも同然よ。だから、不謹慎かもしれぬが、この戦いは少し楽しみでもある」
リアが強張(こわば)った顔で注意する。
「戦いが楽しみって、あまりよい心境ではありませんよ。高揚感は恐怖を消してくれますが、隙を生みます」

「緊張もまた同じよ。心も体も硬くなっていると、いざという時に思うように体が動かぬ」
 リアの表情から険しさが幾分か消える。
「私の心配をしてくれているんですね。大丈夫です。私も勇者の端くれです」

「勇者、勇者と気張らずともよい。戦いは時に負ける時もある。負けが見えたら、逃げることも大事よ。生きていれば再起も可能じゃ」
「わかりました。生きて戦場から帰りましょう」

 パーティにはミアも参加していたが、ミアは最後尾にいたので会話もなかった。
 昼過ぎに荒野から少しサバナに入った場所に到達する。

 サバナには、背が低い草しかなく、見晴らしはよい。隠れるには不向きな場所だった。奇襲される危険性もない場所だった。
 先に出していた斥候(せっこう)が戻ってくる。斥候が緊張した面持ちで、ヨーストに報告する。
「この先、四㎞の距離に魔族と思われる集団あり。ゆっくり、こちらに向かっています」

 ヨーストは真剣な顔で指示を出す。
「よし、この見はらしの良い場所を決戦の地としよう。皆、後れをとるなよ」
「おー」と威勢のよい声が上がる。

 リアが緊張した顔で訊いてくる。
「魔族と戦った経験って、ありますか?」
「それは、あるぞ。我が住んでいたところでは、戦いがしょっちゅうある場所じゃったからのう」

 リアは不安がっていた。
「魔族って、やはり強いんでしょうか」
「強いように思われているが、ピン(きり)じゃな。こればかりは戦ってみないとわからん」

 リアは決意の籠もった顔をする。
「なら、生きて帰って、一緒にまた冒険者ギルドで仕事の依頼を受けましょう」
「見えたぞ!」と誰かが叫ぶ、

 遠くから歩いてくる黒色の集団が見えた。
 敵は黒尽くめの革鎧を身に(まと)い、武器を手にしていた。敵との距離は段々と縮まる。敵が三百mの距離から走り出した。

「俺に続け!」とヨーストが怒鳴って駆け出した。
 冒険者と魔族の集団が、サバナの端で激突した。
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