第一話 そんな約束事は初めて知ったぞ

文字数 3,509文字

 春先の真昼の荒野、一人の青年が体長五mの四つの眼を持つ赤い大蜥蜴(おおとかげ)と対峙していた。
 青年の身長は百七十五㎝、体の線が細く、顔には、まだあどけなさが残る。青年の武器は、量産品の鉄の剣。身に纏うは、厚手の青い服に薄手の新品の革鎧だった。青年の名はカエサル。最下位の青銅級冒険者だった。

 大蜥蜴は岩のような肌を持ち、口からは紫がかった毒液を垂らしていた。大蜥蜴は別名、バジリスクと呼ばれて、石化の閃光を放つ魔物だった。
 シャー、とバジリスクが奇声を上げる。目を光らせ石化の閃光を放った。それで、勝負は付いたはずだった。だが、その閃光の中を、カエサルは駆け抜ける。

 カエサルはバジリスクの頭に剣の一撃を叩き込む。あっさり剣は折れた。バジリスクの頭も砕けた。
 バジリスクの毒液が、盛大にカエサルに降り注ぐ。象でも絶命する毒液を浴びてもカエサルは平気だった。

 カエサルの外見は人間だが、正体は人間ではなかった。この世界にいる、始まりの魔王の息子である。カエサルは毒液をタオルで拭いて、上機嫌で後ろを振り返る。
「楽勝、楽勝。どんなに大きくても、所詮は知恵のない蜥蜴よ。このような奴ら百頭、集まっても我らの敵ではないわ。さて、者共、他の獲物も狩るぞ」

 だが、カエサルの言葉に反応する者はなかった。ただ、カエサルの十m後方には四つの人型の石像があるのみだった。
「どうした? なぜ、石になぞ、なっている? 誰が許可した。さっさと元に戻れい」

 カエサルはバジリスクの石化能力を知らなかった。カエサルには何で他の仲間が石になっているか不思議だった。
 数秒して気が付く。
「まさか、さきほどの閃光で石になったのか! ええい、使えぬ奴らだ。だが、仕方ない。ここは一つ、我が助けてやるか。光栄に思えよ」

 リーダーのジョセからは救難信号を打ち出す魔力玉を持たされていた。魔力玉を空に打上げた。
 二時間後、十人からなる茶色の迷彩ポンチョを着たギルドのお助け隊がやって来る。

 お助け隊は、バジリスクと仲間を荷車に乗せて回収してくれた。
 そこで、お助け隊のリーダーに頼む。
「この使えぬ奴ら共に治療を施してやってくれ。こんな奴らでも我の仲間だ。いなくなると手痛い」

 お助け隊のリーダーは複雑な顔で指示する。
「わかった。君は河でよく体を洗って、ギルドに帰還しろ。治療はこちらでやる」
 カエサルは近くの河で体を洗いに行こうとする。
 お助け隊のリーダーが複雑な顔で尋ねる。
「バジリスクは、君が倒したのか?」

「大蜥蜴のことか? そうじゃ、我が倒した。造作もない。所詮は知恵なしの蜥蜴よ」
「それなら、いい。報告書に記載する必要があるのでな」
 お助け隊の隊長はそれだけ言うと、石になった仲間を連れて帰っていった。
 カエサルは言われた通りに、河で体を洗って街に帰った。

「剣は買わなければならんのが痛いのう。まっこと、人間界の剣は(もろ)い。煮豆と大差ない」
 荒野にある街ホーエンハイムは、人口三千人の小さな町である。だが、ホーエンハイムには冒険者約八十名が所属する冒険者ギルドが存在する。

 カエサルは他の仲間が復帰するのを、冒険者ギルドで待っていた。
 だが、昼を過ぎても仲間は帰ってこなかった。その内、夜になったのでギルドの受付嬢のデボラに尋ねる。

 デボラは薄いオレンジ色の肌をした黒髪の女性で、年齢は二十二歳。服装は紫のブレザーとスカートからなるギルドの制服を着ている。
「デボラよ。石化した仲間が帰ってこぬ、遅い、遅すぎる。どうなっているのだ? この調子じゃ、年が明けかねん」

 デボラが気の毒そうに告げる。
「石化した仲間は、そう簡単に復帰できないわ。ジョセたちには休息が必要よ」
「休息って一日か? 二日か? まさか、一年か?」

「手続きや寺院の込み具合にもよるから、一週間くらいかしら」
(脆い、脆すぎるぞ、人間。どこまで脆弱なのじゃ。たかだか、石化からの回復に掛かりかりすぎじゃ。でも、止むなしか。人間と冒険をすると決めたのは我じゃ。ここは太っ腹なところを見せて、待つしかないか)

 カエサルは一人で冒険に出てもよかった。だが、冒険者は集団で仕事をすると聞いていたので、仲間の復帰を待った。
一週間後の昼に、仲間の冒険者四人が帰ってきた。四人は(やつ)れた顔をしていた。

 カエサルは素直に喜んだ。
「遅いぞ、皆の衆! さあ、冒険の時間じゃ。次の冒険はどこに行く?」
 四人の表情は暗かった。リーダーのジョセが前に出る。ジョセは金色の髪と白い肌を持つ、今年で二十になる男の戦士だった。ジョセが困った顔で告げる。
「カエサルくん、話がある。向こうで話そう」

「秘密の話か。いいであろう。聞いてやる」
 ジョセは、カエサルをギルドにある密談部屋に連れて行く。
「これ、悪い話じゃな」とカエサルには予感があった。だが、どんな、悪い話でも、乗り切る自信はあった。

「できれば、面白い話が聞きたいものじゃ」とジョセに従いて行った。
 ジョセはカエサルを座らせ、扉を閉める。ジョセは冴えない顔で頼む。
「すまない。カエサルくん。俺たちのパーティから、抜けてくれ」
 パーティから脱退を頼まれるとは、驚きだった。

「何でじゃ、ジョセよ? 我が何をしたと言う? 寛容をもって知られる我は怒らぬ。だから正直に申してみよ」
「カエサルくんは、このパーティには重すぎる存在だと判断した」

 カエサルは不満を素直に口にした。
「それは、我が足手纏ってことか。(たわ)けが。荷物持ちとて、ちゃんとこなした、其方が窮地に陥った際も、救難信号もあげてやったぞ。我に一切の落ち度なし」
「カエサルくんが役に立たないと否定しているんじゃない。気を悪くしないで聞いてほしい。バジリスクは青銅級冒険者では倒せない存在だ。なのに、バジリスクを君は倒したと申告した」

(倒したのが、まずかったのか? でも、襲ってきたら、普通は倒すじゃろう。あっさり、一撃で死んだぞ)
 ジョセが言いづらそうに切り出した。
「つまり、カエサルくんは、大嘘吐(おおうそつ)きか、実力を偽っている。大嘘吐きなら仲間にしておきたくはない。実力を偽っているなら危険だ」

 嘘吐き呼ばわりはされたくはないが、危険人物の扱いも嫌だった。
「危険とはこれ如何(いか)に? ジョセの言葉は、さっぱりわからぬぞ。別に其方(そなた)らに武器も向けた訳でもなし、騙した訳でもなし。それに強き者が弱き者を守ってなにが悪い」

 ジョセが()えない顔で語る。
「あまり実力が離れた者同士は、パーティを組まないほうがいい。強すぎれば頼りきりになるし、弱ければ足を引っ張る」
「それは、有り得るな」

「どちらも、パーティを危険に(さら)すんだ。実力が離れすぎた者はパーティに入れないが、パーティ結成時の約束事でもあるんだ」
(何だと? そんな決まりがあるなんて、初めて知ったぞ)
「いや、待て、ジョセよ。うぬは、我より一つ階級が上の鉄級冒険者。なら、本来は我が青銅級なら、実力が低くてパーティに加えることができぬはず。そもそも、なぜ、入れた?」

「そうだ。だが、今回は教育的配慮って奴で、カエサルくんを入れた。後援者である町長から依頼だったんだ」
「なんにでも特別はある。別に問題なかろう」

「カエサルくんは、我々で育成していくはずだった。だが、教えるこっちが弱いのなら、本来の目的も果たせない」
 初めて組んだパーティのメンバーは、気さくでいい人たちばかりだった。
 カエサルにしても気に入っていたので弱った。
「そんな、約束事や裏事情を今さら教えられてものう、後出しで条件を付ける態度は卑怯だとは思わぬのか」

 ジョセが険しい顔で告げる。
「もし、君が抜けないのなら、パーティは解散する」
 カエサルは苛立ち怒った。
「解散なぞされて、また同じメンバーを、我だけ抜きで再結成されたら、後味が悪いわ! いいぞ。なら、こっちから抜けやるわ」

 強がっているが、渋々の決断だった。
 ジョセが、ほっとした顔で告げる。
「わかってくれて助かるよ。それで、バジリスクに懸かっていた懸賞金と素材を売った金から、治療費を抜いた残りだ。もう、残り少ないが、受け取ってくれ」

 ジョセは銀貨が入った小さな袋を置いて部屋から出て行った。
(まったく、せっかく、我が入ってやったというに、拒絶しおって。見る目のない奴らじゃ)
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