第三十二話 神代の魔獣(前編)

文字数 2,400文字

 翌日、テレシアと四人の勇者候補生と共に街を出た。
 カエサルが持つ荷物は多かったものの、荷物の多さは苦にならなかった。
 道中はテレシアが勇者候補にそれとなく、家族構成やどんな冒険をしていたかを尋ねる。
 四人の勇者候補生は、それぞれの武勇伝に花を咲かせた。

 荷物持ちのカエサルだが四人の話は面白く、また機知に富んだもので興味を惹いた。
 ただ、話を訊くテレシアの顔には、どこか苦渋の色があった。
 何のトラブルもなく、ベルハイムの村に着いた。
 夕暮れどきだったので、まだ運送屋がやっていた。運送屋に荷物を渡す。
「よし、これで仕事は、完了じゃな」

 サスキアが感謝の表情を浮かべる。
「助かりました。ほんと、私は荷物整理が下手だから荷物が多くて」
 サスキアから銀貨を受け取る。まだ暗くなっていないので、走って帰ろうとした。

 すると、サスキアが呼び止める。
「このあと、テレシアさんと一緒に食事をするんですが、一緒にどうですか?」
(急いで帰る用事もなし、食事くらい付き合ってやるか)
 村に一軒だけある料理屋で個室を借り切っての食事会となる。

 食事は質が良く、味も良かった。食事会が終わりに近づくと、部屋に一人の郵便配達人が入ってくる。
(こんなに暗い時間に、しかも料理屋にまで届けに来るとなると、火急の用件かのう)
 郵便配達人を見ると、テレシアの顔色が変わった。テレシアは急ぎ手紙を開封すると、涙する。
 サスキアがテレシアの顔を心配そうに覗き込む。
「どうしたんですか、テレシアさん?」

 テレシアは手紙を隠すようにしまう。
「いえ、何でもないです。さあ、宿に帰りましょう」
 テレシアの態度は、明らかに不穏だった。
 料理屋を出る時に、サスキアが真剣な顔をして小声で頼んだ。
「カエサルくんも、今日は泊まっていって」

 事情はわからなかったが、宿に部屋を取る。一人部屋は空いていなかったのでサスキアと同じ部屋を取った。
一時間後、サスキアが部屋に暗い顔をしてやってきた。
「大変な事態になったわ。今晩、ホーエンハイムの街がなくなる」
「街がなくなるとは、穏やかな話ではないな。何が起きるか、話してみよ」

「テレシア様の手紙は、ホーエンハイムに勇者は派遣できない、との内容だったの」
「何だ? テレシアが教えたのか?」

 サスキアは曇った表情で、首を横に振った。
「最初は話してくれなかった。だから、私の勇者技で手紙を盗み見たのよ」
(勇者技とは、便利なものよのう)
「そんな、勇者技があるとはのう」

「私はテレシア様に問い(ただ)したわ。そうしたら、教えてくれた」
 サスキアは深刻(しんこく)な表情で打ち明けた。
「予言によれば今夜、神代の頃から存在する強力な魔獣が、ホーエンハイムを襲う。テレシア様の役目は、町が滅ぶ前に勇者候補を回収することだったの」

「なるほど。勇者候補になり得ない人間は魔獣の生贄(いけにえ)というわけか」
 サスキアは(うつむ)いて悔しそうに語る。
「国では、ぎりぎりまで勇者を派遣して魔獣を討伐するかどうか、話し合いがあったわ。だけど、国はホーエンハイムの町を犠牲にする判断を下したそうよ」

「ホーエンハイムの街の人間を逃がそうと思わなかったのか?」
「ホーエンハイムの町から、ここベルハイムに避難民が来れば、魔獣はベルハイムを襲う。そこから、魔獣は人間の領内に入るわ」

 カエサルは人間の考えが読めた。
「なるほど、ホーエンハイムが襲われれば、そこからベルハイムに入らず、魔族領のバルコールに入るかもしれない。そうなれば、魔獣の被害に遭うのは魔族領になる、か」
「私たちは勇者、弱き者が困っていれば、手を差し伸べねばならない。でも、もう、帰っている時間はない。街に知らせる時間もない」

 カエサルは立ち上がった。
「そうか、よくぞ知らせてくれた。なら、ここも安全とはいえんな。我は一足先に、もっと安全な場所に退避する」
 サスキアは止めなかった。サスキアは悲しげに語る。
「そのほうがいいわ。いくら、カエサルが強くても、神代の代からいる魔獣には(かな)わないわ」

「では、また、運があったらどこかで遭おうぞ」
 サスキアが出て行くと、カエサルは抑え切れない興奮に包まれた。
(神代の時代から存在する魔獣だと? いったい、どれほどの強さなのじゃ。マッティアより弱いという状況はあるまい。やっと出遭えるのか、我が敵わぬほど大きな力を持った存在に)

 自分より強い敵が来るかもしれない。そう考えるだけで、胸が高鳴った。
 カエサルはすぐに宿屋を飛び出し。魔獣の襲来に間に合うように全力で走った。

 三十分でホーエンハイムの町に着いた。町はまだ無事だった。
 カエサルは軽く掻いた汗をシャワーで流して、街の入口で敵の気配を探る。
 近くにサーラの気配を感じた。視線を向けるとサーラが澄ました顔で立っていた。
「魔獣の襲来までに戻って来ていただき、魔族会議を代表して礼を申し上げます」
「間違いなく、来るのじゃな、魔獣は?」

「斥候の話だと、もうじきサバナを抜けて、こちらにやって来ます。この位置ですと町に被害が出る可能性があるので、もう少しサバナ側で戦っていただけると嬉しいです」
 カエサルはどきどきしながら訊いた。
「それで、魔獣は強いのか?」

「それはもう、並の軍隊では止めることさえ不可能でしょう」
「わかった。では、もう、十㎞ほど荒野に移動しよう」

「サーラは足手纏いゆえ、遠くから応援しております」
 カエサルは軽く走って荒野側に十㎞移動した。
 そうすると、確かに重く大きな気が時速八十㎞で近づいてきていた。
 カエサルは魔獣の襲来に歓喜した。
「来る、来るぞ。魔獣が。さあ、来い。我が相手だ」
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