第二十四話 灰の後継者マッティア

文字数 3,133文字

 戦いは冒険者側が数で押していた。だが、数の優位はすぐになくなった。
 ただ、魔族を相手に一歩も引かない男がいた、勇者のヨーストである。ヨーストは魔族を一人、また一人と斬り伏せていく。

 カエサルも敵と戦いつつも、充分に余裕があった。なので、三人の敵を相手にしながらヨーストの動きを観察していた。
(ヨーストはそれなりに場数を踏んでいるようじゃの。囲まれることもなく、確実に一人ずつ倒していっておる。だが、冒険者は劣勢。このままでは、この戦いは負けるぞ。どうする、ヨースト?)

 カエサルが本気になれば、戦いは終わる。だが、この戦いにおけるヨーストの戦いぶりに、カエサルは興味があった。
「下がれい!」と魔族の後方からドラを鳴らしたような大きな声がする。
 声を合図に、魔族たちがゆっくりと交替する。

 魔族の先頭に一人の男が残る。男の年齢は三十くらい。身長は二mを超え、筋骨隆々。短い白い髪に、灰色の肌をしていた。目は真っ赤に燃え、背中から蝙蝠(こうもり)のような黒い羽を生やしていた。
 男は防具も着けず、武器も持っていない。ただ、黒い厚手の服を着て、黒いブーツを履いていた。

「マッティア様、マッティア様」と魔族が声を出す。
(敵の総大将は、マッティアと呼ばれる、あの男か。あまり強そうに見えんな。うちの総大将のヨーストも強そうには見えんから、笑えんが)
 マッティアは傲慢(ごうまん)な顔でヨーストを見据えて告げる。
「お主が、人間側の大将か。名は何という?」

 ヨーストはマッティアをきっと睨み、大胆に発言する。
「俺の名はヨーストだ。お前を討ち取る者の名だ」
 マッティアは馬鹿にしたように笑う。
「俺を討ち取る? 面白い。やってみろ?」

 ヨーストは剣を正眼に構えるが、マッティアは自然体のまま動かない。ヨーストは不審に思ったのか、訊く。
「どうした? 武器を持て。それぐらい、待っていてやるぞ」
 マッティアは完全にヨーストを舐めていた。
「武器など不要よ。我が肉体の全てが武器よ」

 馬鹿にされたヨーストが、歯噛みして叫ぶ。
「ならば、受けろ。俺の勇者技。勇者の衣」
 ヨーストの全身が光る。ヨーストは思いっきりマッティアに剣を振り下ろした。

 ボシュと音がする。マッティアに当ったヨーストの剣は粉々になり、散った。
 ヨーストは驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる。対照的にマッティアは笑っていた。
「脆い。何と脆い技と剣よ」

 ヨーストが慌てて壊れた剣を構えて、後退する。
 マッティアは余裕綽々(しゃくしゃく)で講釈を垂れる。
「お前の勇者技の勇者の衣は、なかなかよ。だが、我は第十二代魔王が得意とした技、灰燼(かいじん)の衣を使いし者よ。灰燼の衣は圧縮した魔力の壁。触れるもの全てを灰に変える。力の差が十倍もあれば、そんな勇者の衣なぞ、無力よ」

(ヨーストの使ったのが勇者技なら、さしずめ、マッティアの使った技は魔王技か。話を大袈裟(おおげさ)吹聴(ふいちょう)しておるとしても、マッティアの強さは、ヨーストの十倍か。これは、我がどうにかしてやるかしか、ないか)
 カエサルは(ひそ)かな楽しみを見出した。
 ボン! と音がする。戦場が煙に包まれ、視界が極端に悪くなる。

(人間の中には引き際を心得ている者がおったか。それとも、サーラの仕業(しわざ)か。どちらでも良いわ)
「何だ、これは!」と魔族が叫ぶ。
「この煙に乗じて撤退(てったい)よ」と叫ぶミアの声がした。
(ミアの仕業か。何とも気が利いた真似をする)

「逃がすな、人間を追え」と魔族が叫ぶ。
 だが、すぐにマッティアの大きな声がする。
「放っておけ。逃げたい奴は逃がせ。我が恐怖は、人間たちに植え付けた」
 カエサルは気を感じる。人間の放つ気が戦場から次々に離脱していく。

 リアもミアの気も近くになかったので、安心した。
 煙が晴れると人間で動けるものは撤退を完了していた。
 カエサルは一人で残ってマッティアを見つめる。

 マッティアが豪快に笑う。
「どうした、小僧、恐怖で足が(すく)んで、逃げそびれたか」
 カエサルはゆっくりとマッティアに向けて歩き出す。
「こういう時は、こう述べるんじゃったか? 我の名は、カエサル。お前を討ち取る者の名だ」

 マッティアの顔が不機嫌(ふきげん)に歪む。カエサルは剣を仕舞って言葉を続ける。
「武器など不要よ。我が肉体の全てが武器よ」
 マッティアは先ほどの自分のセリフを言われて、かなり不機嫌だった。
 カエサルはマッティアの手の届く位置に行く。

「こういう餓鬼も、馬鹿にされるのも、俺は嫌いだ。ならば、灰となれ」
 マッティアは怒りの形相でカエサル目がけて(こぶし)を振り下ろした。
 カエサルは本気になって全身を魔力で覆う。マッティアの拳による痛みはなかった。
 それもそのはず、マッティアの拳はカエサルの体に当る前に灰になっていた。

 マッティアは肘から先が消えた拳を見ても、数秒は何が起きたか理解できなかった。
 カエサルは何が起きたか理解できたので、ちょっぴり悲しくもあった。
(魔王の技を使いし者でも、この程度なのか。ここまで力に差があるとはのう)

 マッティアが驚き、カエサルから距離を取る。
「お前、何をした。俺の腕に何をしたんだ!」
「何をじゃと? 何が起きたかわからんか? さっきお前が、理屈を得意げに説明しておったであろう」

 魔族側がどよめく。マッティアが顔に脂汗(あぶらあせ)を流して、驚愕の顔をする。
「それまでです」と草原から煙が立ち上ると共にサーラが現れた。
 マッティアはサーラを見て怒る。
「サーラ、魔族会議の遣いが、何をしに来た」

 サーラは冷たい顔で、馬鹿にしたように発言する。
「何を、ですって? 私は魔族会議を代表して、愚かなるマッティアと、その一党の助命嘆願をしに来たのです」

 サーラはカエサルの向き直り、神妙な顔で(ひざまず)く。
「申し訳ありませぬ。カエサル様。灰の後継者には、きちんと魔族会議が処分を下します。それゆえ、ここは拳を収めてください。どうか、魔族会議に免じて、灰の後継者の当主マッティアの命をお助けください」

「弱すぎて相手にもならぬわ。このような者を殺しても、何の自慢にもならん。好きに処分いたせ」
「ははあ」とサーラは畏(かしこ)まってから、マッティアに向き直る。
 サーラは嫌味(いやみ)の籠もった笑顔をマッティアに向ける。
「よかったですね。マッティア様。カエサル様に手を挙げて、腕の一本で済んで。家は取り潰しになるかもしれませんが、命があれば、また再起も可能でしょう」

 マッティアは悔しそうな顔をする。
「まさか! カエサルとは、始まりの魔王の息子のカエサルか?」
 マッティアの後ろの魔族たちが、どよめく。
 カエサルは去ろうとしたが、マッティアは恐ろしい形相でカエサルを睨んだ。

「俺は、こんなところで終わらない。俺は魔王になる男だ」
 マッティアの魔力が急激に高まった。決死の一撃に出たと悟った。
 マッティアにしては決死の一撃でも、カエサルには興味がなかった。

 カエサルは突っ込んでくるマッティアの頬をぶった。
「ガバッ」と(うめ)く。マッティアは右後方に三十mほど吹っ飛んだ。マッティアは派手に転がり、動かなくなった。
(全力で、この程度か)

 虚しさが増した。沈んだ気持ちで、サーラに告げる。
「飽いたわ。我は帰るゆえ、後は好きにせい」
 サーラが頭を下げたので、背を向ける。
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