第二十話 消える冒険者

文字数 2,403文字

 その日は、早くに目が覚めた。気分を変えて、冒険者の酒場で食事を取る。
 冒険者の噂話が聞こえてきた。噂をしている冒険者は若い二人の男だった。

 男たちの顔は、どこまでも渋い。
「なあ、聞いたか、消えた冒険者の話。勇者とパーティを組んだ冒険者がここ十日あまりで何人も消えているって話だ」
「聞いた、聞いた。ミアとか、リアとか、の名前の勇者だろう。気を付けるに限るぜ」

(ミアと一緒に冒険に出て行った冒険者が帰ってこない理由は、わかる。ミアは、他の冒険者を仲間と思わず、酷使しているからだろう。リアは、きっと前回の引き抜きの噂に尾鰭(おひれ)が着いているんじゃろうな。人間の噂とは、恐ろしいものよのう)

 リアがやって来る。リアをちらちらと窺う若い冒険者もいたが、カエサルは気にしない。
「さて、今日はどんな依頼を受けようかのう。できれば、荒野をもっと広く歩くような依頼が受けたいの」
「わかりました。では、カエサルの要望に合った依頼を受けましょう」

 リアが依頼掲示板の前に行こうとすると、デボラから困った顔で寄ってきた。
「カエサルくん、リアさん、ちょっと、いい?」
(何じゃ、また厄介事か? 冒険が絡むのなら歓迎じゃが、あらぬ嫌疑で、また事情を聞かれるのなら、考えものじゃのう。とはいっても、ここで断れば、余計に怪しむのが人の業よのう)
「我らは仕事があるから、手短にな」

 デボラについて密談部屋に行く。不機嫌な顔をしたミアがいた。
(これはまた、珍しい客人よのう。ブレスト絡みの話ではないようじゃの)
 デボラがぎこちない笑みで紹介する。
「こちらは勇者のミアさん。どうでしょう、リアさん、カエサルくん。ミアさんとパーティを組みませんか」

 ミアの顔を一瞥すると、やはり不機嫌な顔をしている。リアの顔を確認すると、こちらも嫌な顔をしていた。
 ミアが、つんとした顔で怒った口調で告げる
「デボラさん、やっぱりさっきの話は、なしで。組む相手がリアだと知っていたら、組めないわ。リアだって、私と組みたくないでしょう」

「そんなことはないけど……」とは口にするリアだが、不満がありありと顔に出ていた。
「じゃあ、そういうわけで」とミアは、きっとデボラを睨むと乱暴に席を立った。

 ミアはデボラに引き止める間を与えず、部屋から出て行った。
「のう、リアよ。ミアとは知り合いのようじゃな。何かあったのか」
 リアは椅子に座って、沈んだ顔で語り始めた。
「ミアと私は、姉妹なんです」

「意外な繋がりじゃな。でも、似ておらんのう」
 リアは沈痛な面持ちで過去を語った。
「ミアの母と私の母は姉妹でした。それで、ミアの両親が流行り病で亡くなると、うちに養女として、ミアはやってきました」

「そのような経緯があったのか、ミアの性格を見ればわかる。さぞや苦労したじゃろう」
 リアが辛そうな顔で内心を語る。
「ミアがあんな性格になったのには原因があるんです。私とミアは勇者に選ばれました。一緒にパーティを組んでいた時期も、あります」

「パーティ結成後に、何かあったんじゃな?」
 リアは暗い瞳で打ち明ける。
「はい、六人でパーティを組んでいたのですが、パーティ・メンバーが、私とミアだけを残して死にました」

「ミアの責任で、か。わからんではない」
 リアは悲しみを帯びた表情で説明する。
「そうかもしれないし、違うかもしれません。でも、今になっては、責任の追及など無意味な話です。メンバーを失った事態により、私とミアとの間に温度差ができたのは、確かです」

「我に兄弟はいない。だが、身内で溝ができるとは、辛い話よのう」
 リアは苦しそうな表情で拒絶した。
「デボラさん、すいません。そういう理屈でミアとは再び組めません。他を当ってください」

 リアが辛そうな顔を半ば隠すようにして、部屋を出て行った。
「我がパーティは等級が上のリアが実質のリーダーよ。リアが嫌だと拒否するなら、我も組めん。デボラよ。済まぬが、他を当ってくれ」
 デボラが困った顔で告げる。
「配慮が足りませんでした。ミアさんとリアさんを組ませる案は、上の人間から出たもので、私も拒否し難かったんです」

 カエサルは何となく冒険者ギルドの事情を察した。
「例の、パーティの人間が消える現象への対応か? リアとミア、どちらかに問題があるなら、二人で組ませて、どちらに原因があるか探る。勇者同士なら簡単には消えない、と踏んだか」

 デボラは決意の籠もった顔で話す。
「事態はもっと重たいのかもしれません。本当なら秘密ですが、ミアさんとリアさんを知るカエサルくんには、お見せします」

 デボラが見せた物は一枚の紙だった。タイトルは『この町には偽勇者がいる』。
 文書の中身は「偽勇者の問題を放置すると、町が不利益を被る」となっていた。
「これが、俗にいう怪文書か。それで、差出人は書いてあったのか?」

 デボラは困った顔で、首を横に振った。
「差出人は予言者と記載されていました。ただ、これと同じ文書があちらこちらに出回っているようです」
「一連の仕業は、ブレスト一味の嫌がらせであろう。念のために訊く。今、この町にいる勇者は、ミアとリアだけなのか?」

 デボラが曇った表情で教えてくれた。
「セシリアさんは、勇者の証を返上して退任しました。なので、ミアさんとリアさんだけです。もっとも、冒険者登録をしていないと、わかりませんが」
「偽勇者騒動に、消える冒険者か。デボラも頭が痛いのう」

 デボラは言い辛そうな顔で言葉を続ける。
「ここまで話したので教えますが、実はカエサルくんには、ブレストの殺害容疑も懸っています」
「それは、放っておけ。我はやっていないゆえ無実よ。それに、面倒になったら我が自分の手で片付ける」
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