第三十三話 神代の魔獣(後編)

文字数 2,348文字

 遠くから黒い大きな物体がやってきた。高さが五十m、幅は十二m。車輪のように丸く、全てを引き潰さんとするその物体は、まさに転がる山のようだった。
(町に転がり込めば、楽に勢いで街中を蹂躙(じゅうりん)できるような大きさじゃの)
 普通にぶつかれば、カエサルくらいの大きさなら()き殺せそうだった。だが、カエサルは逃げなかった。両方の足でしっかりと地面を踏み、拳を固く握る。

 カエサルは正拳突きの姿勢を取る。転がり来る小山とカエサルがぶつかりそうになる。カエサルは全力で魔獣を殴った。
 どん、と大きな音がして魔獣は突進を止める。魔獣は数m上空に浮かんでから、地面に、落下した。魔獣は二十mほど後方に転がる。魔獣が丸まった状態を解除した。

 魔獣は黒り光りする団子虫だった。
 全力の一撃を食らわせても死ななかった。カエサルは魔獣の頑健さに歓喜していた。
「さすがは神代から魔獣よ。我の突きを食らっても、壊れぬ、砕けぬ、血も流さぬ」

 魔獣の口に光が集まる。
 カエサルは防御せねばと思った。全身の魔力を使い、体に纏う。
 直径一mの光の束がカエサルを襲う。カエサルは腕を十字に組み、光の束を受け止めた。

 カエサルに光の束が当たる。びんと音がして、光が直角に曲がった。光が空を撃つ。空の雲に光が当たる。すると、雲が晴れるように天に大穴を空けた。
 腕がびりびりと痺れた。全力で防御して腕が痺れたのは、初めての経験だった。
「こやつ、今まで会ったどんな敵よりも強い」

 カエサルは自分から攻撃に討って出た。全力で走り込む。
 魔獣は即座に丸くなり防御体勢をとった。カエサルの蹴りが決まる。だが、魔獣はまたしても数m浮かび上がり、後退するだけで、死ななかった。
「突いても、蹴っても。血が流れぬとは、なかなかの強度よ」

 魔獣はそのまま後退する。
「ほう、次はもっと勢いをつけて、全力で轢き殺すつもりか。面白い、来い」
 カエサルは魔獣が突進してきたら、再び蹴りをお見舞いするつもりだった。
 だが、魔獣はどこまでも後退していく。どれほど勢いをつけるのかと思うと、そのまま魔獣は転がるように後退して消え去った。
「なっ」と一瞬、呆気に取られた。

 ぱちぱちと拍手をする音がする。見れば、サーラがそこにいた。
「さすがは、ぼっちゃま。神代の魔獣をたった二発で撃退するとは、お見事なお手並み」
「いや、まだ勝負は付いておらぬだろう」

 サーラは同情した顔で告げる。
「それは、ぼっちゃまが感じたこと。当の魔獣は戦いを諦めました」
 絶望。神代の魔獣をもってしても勝負にならない。ならば、果たして、この世に自分の敵となりうる存在がいるのであろうか。

 カエサルは失意の内に座り込んだ。
「我はなぜ、こんなに強く生まれてしまったのだ」
 サーラが横に腰掛けて、しんみりと語る。
「人間も魔族も、生まれは選べません」

「なあ、サーラよ。我はこの先いつまで、この退屈な世界を生きればいいのだ」
 サーラは控えめな態度で告げる。
「残念ながら、弱いサーラには、ぼっちゃまの気持ちがわかりません。ぼっちゃまの気持ちをわかるのは、お父上様だけでしょう」

「そうか、ならば、この世の中に飽きるのも時間の問題かもしれんのう」
 サーラはお辞儀をして去った。
 失意の内に立ち上がったカエサルの前にテレシアが現れる。
「何じゃ? こんなところに女子が一人でいると、危ないぞ」

 テレシアは穏やかな顔で確認してくる。
「魔獣との戦いを見させていたただきました。カエサルさんの力は人のものではありませんね」
「さあな。どうでもいいことじゃ。我は我以外の何者でもない」

 テレシアは頼んできた。
「勇者審問を受けていただけませんか。もしかすると、カエサルさんこそ私たちが求める伝説の勇者かもしれない」
「勇者ではなかろう。勇者でありたいとも思えぬ」

 テレシアは真面目な顔で告げる。
「そうですか、なら無理には勧めません。でも、貴方に道を示すことはできます」
「どんな道じゃ?」

「カエサルさんなら、このサバナの奥にある魔境にまで辿り着き、この世の秘密を解き明かせるかもしれません」
「この世の秘密か、大して知りたいとは思えんがな」

「神代の魔獣も、元は魔境の生物と聞きます。魔境にはもっと強い魔獣が生息しているとも噂されています」
 希望が少し持てた。
「それは本当か? 先の魔獣より強いのが、本当にいるのか?」

 テレシアは厳しい表情で語る。
「ただし、魔境には力だけでは辿り着くことはできません。魔境に辿り着くには多種多彩な能力の持ち主が必要だと聞きます。私たち勇者育成機関の最終目標も魔境です」
「協力するなら、魔境に連れて行ってやる、と?」

 テレシアは真剣な顔で頷いた。
「いや、やめておこう。何から何までお膳立てしてもらって行くのは、性に合わん。行くなら、我が目で確かめた仲間と一緒に魔境に行こう」
 テレシアは寂しげに微笑む。
「では、私たち勇者育成機関とは、ライバル同士になるかもしれませんね」

「それもまた、よしじゃ。だが、当面の目的を与えてくれて感謝はする。手加減はせぬがな。どっちが早く、魔境の奥地に辿り着けるか、勝負よ」
「わかりました。では、私はベルハイムの村に戻って、予言は回避されたと、勇者候補に教えてきます」
 テレシアは魔法を唱えると、カエサルの目の前から消えた。

「魔境か。そこに我が求める冒険があればいいのじゃが。まずは、一人目の仲間を見つけないとな」
 カエサルは共に魔境を目指してくれる仲間を捜しに、ホーエンハイムの町に向かった。
【了】
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