第三話 勇者の実力

文字数 2,008文字

 カエサルは元気よく発言した。
「さっそく、冒険の旅に出発じゃ。今度はちゃんとした冒険がしたいものじゃ」
 セシリアは機嫌の良い顔で、カエサルの意気に水を差した。
「待ちなさい。冒険に出る前に、剣の簡単な手ほどきをしておくわ」

「なに? 我に手ほどきじゃと? そんなもの、不要じゃ」
セ シリアが真面目な顔で忠告する。
「いいえ、大事なことよ。カエサルくんの動きを見ていたけど、そんな動きでは剣の威力は充分に発揮できないわ」
(それは、そうじゃろう。剣に力が掛からない。威力のない攻撃の練習をしていたのだからな)

「ほう、なら、セシリアなら、どう剣を使う」
 セシリアは格好を付けて答える。
「勇者の剣技を舐めないでもらいたいわ。でも、口で言ってもわからないだろうから、見せてあげるわ」
(なんだ、勇者とは剣の技量にも優れているのか。期待してもいいのかのう。せっかくだから、勇者の剣技とやらを拝見させてもらおうか)

「いいであろう、やってみせい。勇者の力、とくと見せてもらおうぞ」
 セシリアは木剣を持つと、基本となる型を披露した。
 カエサルは冷静にセシリアの剣技を分析する。
(綺麗な型ではある。そこそこ腕も立つようじゃ。前に組んだジョセよりは優れた剣士かもしれぬ。だが、惜しいかな、格段に気迫や凄みに欠けるのう)

 セシリアの腕前を見た。だが、控え目に見ても、銀等級と呼ぶには未熟に見えた。
(これで銀等級、だと? セシリアは勇者の肩書きがなければ、真珠等級、下手をすれば鉄等級の上位が本当の実力ではないのか?)

 セシリアが演武を終えて自信のある顔で「どうよ」と訊いてくる。
(素直に「お前は弱い」と教えて実力でわからせるのが、親切かもしれぬ。だが、下手に自信をなくさせれば、今度は追放処分であろうな。親しい仲でもなし、親切心は無用じゃな)

 普段は使わないお世辞を送る。
「いやいや、見事。実に見事。美しい顔に似合って、中々の腕前じゃな」
 セシリアは不満も(あらわ)に怒った。
「なによ、その顔! 心の中では勇者って名乗ってもその程度か、って馬鹿にしたでしょ!」

(剣技は(なまくら)だが。世辞には鋭いのか、やり(づら)女子(おなご)じゃな。それとも、人間とは誰しもが嘘や偽りに鋭いのかのう? だとすると、これはちと用心じゃな)
 一度、()いた嘘を撤回(てっかい)するのは容易(たやす)い。されど、撤回は余計に怒らせると思った。
「馬鹿になぞしておらぬぞ。それくらいが妥当じゃと思った」

 やんわりと取り繕ったつもりだが、いよいよセシリアは怒った。
「いいわよ。見せてあげるわ。これが勇者の力よ!」
 セシリアは木剣を持って、木でできた人形の前に移動する。
 陽炎(かげろう)のように煌くオーラが、セシリアから立ち上る。
「ふん」とセシリアが気合い諸共に、木の人形の首を斬った。人形の首は綺麗に切断され転がった。

 セシリアが汗を拭い、胸を張って言い放つ。
「これが私の持つ勇者技、『勇者の衣』よ」

 カエサルには仕組みはわかった。
(なるほど、魔力で武器と全身を覆い、身体能力と武器の能力を嵩上(かさあ)げする技か。魔族にも同じ技はある。だが、人間には勇者と呼ばれる存在にしかできないのか。つくづく不憫(ふびん)よのう)

 セシリアを見ると、立ち上る気は、すでに消えていた。
(自慢しておるが、セシリアの『勇者の衣』は、ほんの一分も維持できんのか。それに、汗の掻きようから見て、連続で使えるわけでもない状況は明白。自慢にも何にもならない気がするが、名ばかり銀等級だから、ここが限界か)

 カエサルは周りを確認する。誰も見ていなかった。
(魔力を久しぶりに使ってみるか、加減すれば、気付かれないだろうて)
 木剣に軽く魔力を込める。木剣を振り上げ、人形の首に唐竹割に優しく一撃を入れる。
 カツン! と軽い音がする。

 セシリアは馬鹿にするかの如く笑った。
「駄目よ、そんな軽い一撃じゃ、虫しか殺せないわよ」
「そういうものかのう」

 セシリアは胸を張り、人差し指を立てた。軽く横に振り、機嫌もよく語る。
「勇者技を真似しようたって、無駄よ。勇者技は選ばれた人間にしかできないのよ」

 セシリアは気分がよくなったのか、カエサルを誘う。
「依頼を受けに行くわよ。感謝しなさい。この勇者セシリアが冒険の基礎を教えてあげるわよ。大船に乗ったつもりで()いてきなさい」
「そうか、それは、頼もしいのう」

 セシリアと一緒に練習場を出るとき、木の人形にちらりと視線を送る。
 木の人形が今になって、さらさらと崩れる。
 カエサルの一撃を受けた木の人形は大鋸屑(おがくず)の山すら残さなかった。
 木は分子レベルまで粉々になり、(もや)となって練習場から消えた。
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