第九話 依頼の進展

文字数 3,262文字

 セシリアと一緒に冒険者ギルドに行く。セシリアは沈んだ顔で、依頼受付けカウンターに向かった
(無事には帰ってきた。できれば笑顔で帰ってきたかったものよのう。だが、こればかりは、致し方なしじゃ)

 デボラの前に、ピートの認識証をセシリアが置いた。
「ボボンガの巣を調査していて発見したものよ。郵便局員ピートの認識証よ。ボボンガの巣には、食い荒らされた人間の遺体があったわ。おそらく、ピートの遺体よ」

 デボラが痛ましい表情で、認識証を布で丁寧に拭く。
「そうですか、回収ご苦労様です。郵便局にはこちらから届けておきます」
(このような結果になったが、何もわからぬよりはいいじゃろうて)

 冒険者ギルドへ併設された酒場に移動する。
 セシリアはオレンジ・ジュースを、カエサルは乳茶を注文する。
 セシリアが表情を柔らかくして告げる。
「今日は町で一泊しましょう。明日にはボボンガの巣にまた戻るわ。休める時にきちんと休むのも冒険者の鉄則よ」

「そうよのう、荒野でもサバナでも我は休める。じゃが、やはり固くとも、ベッドの上がよい。しなくてもいい無理はしないに限る。無謀と冒険は違う」
 セシリアはオレンジ・ジュースを飲み干して、明るい顔で提案する。
「なら、私は一度、家に帰るわ。また、明日の昼にここで合流して出発しましょう」

「あいわかった。セシリアもゆっくり休むがよい」
 セシリアは冒険者ギルドに預けている服に着替える。セシリアは腰に剣を佩いて冒険者ギルドを出て行った。
 カエサルは、少しばかりセシリアの行動を疑問に思った。
(家で着替えればいいものを、家に帰る前に平服に着替えおった。これは、家に帰る前にどこかに寄るのう。ちと、気になる行動じゃ)

 カエサルはセシリアの気を感じてセシリアの位置を探った。セシリアは街の東側にある町庁舎に向かっていた。
(町庁舎に用事か。冒険者が家に帰る途中で寄る場所にしては少々、奇妙よのう。どうれ、我も行ってみるか)

 町庁舎は周囲が四百mで、二階建ての正方形の石造りの建物だった。
 セシリアの気は一階の建物の正面奥で停まっていた。
(ボボンガの調査依頼は、町から出ていたのう。中間報告に行くのなら我に教えてもよさそうなものを、これは微かに陰謀の臭いがするのう)

 カエサルはセシリアの気に最も近い部屋の窓辺に寄る。窓から中を覗く。
 一人の丸顔の男性がいた。男性の身長は百七十㎝で、体重は百㎏。薄いオレンジ色の肌をして黒髪だった。
 年齢は五十歳前後。品のよい茶色のジャケットで、地茶色のズボンを穿いていた。

(身なりを拝見したところ、身分の高そうな人間じゃの。こやつがセシリアの密会の相手か。セシリアが依頼の途中報告をしに来た可能性もあるが、違う気がするの)
 窓の下に身を潜めていると、女性の声がする。
「レンブラント町長、セシリア様がお見えです」

(町長がセシリアの密会相手か? ボボンガの調査を報告するにしては身分が高すぎる。セシリアが別の依頼を受けに来たのかもしれぬが。セシリアが依頼を受ける素振りはなかった。それに、新たに依頼を受けるなら、我にも一言あってもよいようなものよ)

 レンブラントの声がする。
「そうか、手が空いたところだ、会おう。君は席を外してくれ」
 女性が部屋から出て行き、替わりに誰かが入ってくる。
 気から相手はセシリアだと知った。
(部屋の中にはレンブラントとセシリアだけになったか。さて、何が話し合われるやら)

 レンブラントが優しい声でセシリアを労わる
「ご苦労だったね、セシリアくん。カエサルくんは上手くやっているかな?」
(なぜ、町長が我がセシリアと組んでいる状況を知っている? それに、何で我の心配をするのじゃ? 雲行きがおかしいぞ)

 セシリアが緊張した声で告げる。
「青銅級冒険者としてなら、問題ないです。ただ、少々向こう見ずで、危険なところがあります」
(セシリアは我をそのように見ておったのか。無理もなしか。だが、なぜそのような些事を報告する? レンブラントは我の親でもあるまい。親であっても一々報告されては困るがな)

「そうか、なら、危険をできるだけ回避してやってくれ。カエサルくんは大事なお客さんだ。万一のことがあったら、困る」
(何、セシリアの奴は我のお守り役だと? 仲間面しておって、我を謀っておったか。馬鹿にしおって)
 カエサルは事実を知り、無性に腹が立った。飛び出して相棒の解散を宣言したかった。

 テーブルの上に貨幣が詰まった袋が置かれる音がする。
 セシリアが静かに告げる。
「その件ですが、この報酬はお返しします。カエサルは誰かが見ていてやらねばならぬ子供ではありません。私の仲間です。仲間を護衛して報酬を得るなど、冒険者のする仕事ではありません」
(何じゃ? 展開が変わったのう)

 レンブラントの声の調子が不機嫌になる。
「依頼のキャンセルは困る。一度、引き受けたからには、カエサルくんを守ってくれ。カエサルくんを守るために高価な救難信号を打つ魔力玉を与えた。金だって用意した」
(何と、魔力玉は高価な品であったか。また、我に与えた装備と消耗品、あれもレンブラントが用立てたのものじゃったか。我はレンブラントに踊らされておったのか。おのれ、こちらの無知に付け込みおって)

 セシリアが毅然とした声で反対する。
「なら、魔力玉も返します。青銅級冒険者には過ぎたるものです」
 レンブラントは困惑した調子で命令する。
「魔力玉は返さなくていい。魔力玉がないと、いざという時にカエサルくんを助けに行けない。金も返さなくていい。装備不足で危機に陥ちいったとあれば結局は高く付く」

 セシリアはハッキリした口調で言い返す。
「大概の冒険者は救難信号用の魔力玉も支度金もなしで、冒険に行っています。たとえカエサルが勇者だとしても、恵まれすぎています。最初から恵まれすぎている冒険者は後々に危機に陥ります」
 一度は怒りを感じたカエサルだが、段々と怒りは沈静化した。

 レンブラントが困った調子で反論する。
「カエサルくんは冒険者にならなくていいんだよ。冒険者の気分だけ味わってくれればいい。カエサルくん護衛の仕事はセシリアさんの勇者の資格更新にも影響すると伝えてあるはずですよ」
(何と、勇者の資格は更新制じゃったか。セシリアを見ていればわかる。名ばかり銀等級では資格の更新は難しいかもしれん。理解できる弱みじゃな)

 レンブラントが非難する口調で告げる。
「残酷な言い方ですが、セシリアさんは、大した業績を上げていない。貴女が勇者であり続けられる状況は町の支援のおかげだと理解してください。ならば、町が困っているなら、助けてくれてもいいはずです」
(セシリアは勇者に(こだわ)っていたからのう。勇者でいられなくなるのが怖いのかもしれんな。じゃが、これはちと(ひど)いのう)
 セシリアの声が弱くなる。
「でも、私は仲間を裏切りたくはない。カエサルくんには、冒険者をやっていく覚悟がある。なら、精一杯、教えられるだけの技術や知恵を、教えてあげたい」
 セシリアに対するカエサルの怒りは、完全に消えた。
(仲間意識はあったようじゃのう。我にも隠し事があるから、これはセシリアを責めるのは、酷か)
レンブラントは強い調子で言いくるめようとする。
「そんな真似はしなくていいんです。カエサルくんは、この町にとっての、お客さん。気持ちよくこの町から帰ってくれればいい。それに、勇者であり続けることを望んだのは、セシリアさんでしょう」
「そうですが」と弱々しいセシリアの声がする。
「さあ、なら、このお金と魔力玉を持ってカエサルくんの元に戻ってください」
「失礼しました」とセシリアが金を持って出て行く気配がした。
(何じゃ、結局は押し切られたか。我のことゆえ、我が何とかするか)
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