第9話 神様が助けてくれた

文字数 610文字

 近所に太賀神社がある。私が子供の頃は、薪山といわれ、近隣の民衆が薪を拾いに来た共有地だった。のんびりした時代が懐かしい。
 半世紀前、八幡製鉄まだ華やかな頃、山は戸建て住宅街に変身した。新日鉄や安川電機の高給取り社員がこぞって入居した。ダイエーも進出し、田舎の繁華街になった。
 太賀神社の石鳥居は高さ5m程あり、昭和11年に建てられ地元名士の岡部氏の名前が刻まれてある。奥の庭には石段の上に小さな祠があり、左隅に稲荷神社の石の祠が控えている。春にはさくらが咲き誇り見事である。
 氏子は住宅街から離れた所に住み、徐々に疎遠となり、草取りにも来ない。雇われ神主は年始の祭りのみ現れ、賽銭は定期に回収する。境内が荒れるに任せた。
 神社前に家を建てた徳永さんは、荒れた神域に心が痛んだ。植木の経験があり、草むしりや落ち葉掃除や木の剪定を黙々と長年続けた。高齢になり心臓の血管が詰まる大病になった。死ぬ程の大手術をし、助かった。「毎日、神社を掃き清めていた私を神様が助けてくださった」と語った。もう90歳になる。
 手入れがなされない神域は夏草が茫々と生え、人の歩く道が、まばらに地面が見えていた。赤い木の鳥居は、腐り両端の柱だけが6本突っ立っている。額束や笠木は落下し横たわっている。
 私は定年後、縁あってこの地に住みついた。神様が寂しそうにしていた。茫々草の境内を、少しだけでも抜いてみようと思った。
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