第2話:第一集落人発見。

文字数 5,035文字

 クレアが間借りしてる小屋から、未舗装のあぜ道が続いた。
 雑木林を切り開いた林道の様な、昼間でも薄暗い道だった。こうして歩いていると、元の世界で野山を散策してる様な気分に陥ってしまう。
 ここは異世界の筈……だけれど、草木やたまに見かける小動物は元の世界で目にしていたものと然程変わり無い。
 ここまで差異が無いと、異世界では無くて、タイムスリップの可能性もあるのでは無いか?と思えてしまう。
 おれがいた時代から一万年前か後か。科学とは違い魔法が栄えた文明があって、そこに飛ばされたのかもしれない。
 実際問題、一人の男が異世界転移するのと、同じ世界でタイムスリップするのは、一体どちらの方が困難で高度で難易度が高いのだろうか?
 いや、こんな事、おれの頭で考えて答えが出る筈も無いけれど、いつの日か、アインシュタインの様に頭の良い人物に巡り逢った時は訊ねてみることにしよう。この世界にその様な人物がいるかいないかはさて置き。

 薄暗い林道を抜け視界が開けると、目の前には幾つもの丸太を地面に突き刺した柵が張り巡らされてあった。
 丁度、おれの視線程の高さで揃えられている。丸太の太さはまちまちだが、隙間は殆ど無く綺麗に造られてあった。
 地面に近い部分は黒い塗料が塗られてある。防虫か防腐かその手の薬品を塗っているのかもしれない。
 入口は簡素で、そこだけ丸太が抜かれてあるだけだった。脇に木の板が立てかけてあるので、それを扉替わりに使っているのだろうか?
 丸太の柵自体は物々しく目に映るが、入り口だけ見ると、然程防犯とか防衛に気を遣ってない様に感じる。
 柵に沿う様に、底浅の堀がある。外敵を防ぐというよりかは水捌けを考えての堀なのだろう。

 おれは入り口の前で立ち止まり、今一度集落の外観を確認していた。それに気が付いたクレアは柵の内側からこちらを見ていた。
「ヨウスケ?何か気になることでも?」とクレア。
 気になることなんて幾らでもある。しかし、少し進むごとにあれこれと質問を投げかけていたら、すぐに日が暮れてしまうと思い、取り合えずおれも集落へと入ることにした。
「色々、気になることはあるけど、細かいことは追々集落の人に聞いて回るよ」
 おれがそういうと、クレアは「そう、では、先に進むよ?」と言って再び歩き出した。その後に続き、丸太の柵に囲まれた集落を見渡す。
 クレアが間借りしてる小屋と似た様な造りの家が点在してあった。日本の都会の様に密集はしてない。田舎の農村の様に、ある程度離して建てられてある。
 外から見た限り、平屋の家ばかりだった。集落の中は整地されてあるが、石畳は敷かれておらず、風が吹くと土埃が舞っていた。

 集落の中心部に向かいなだらかな登り坂になっており、その頂点には大きな木があった。丸太柵はそこを中心にある程度均一な距離で造られてある様だ。
 クレアはまず、その大きな木の下へとおれを導いてくれた。
 入口とは逆方の柵の外には大きな川が流れている。柵の外の右手側と左手側には農作地帯がある様に見えた。森と川の間の狭い土地を有効利用して、開墾してある。
 集落の中をぐるりと見渡し建物の数を数えてみた。
「十一、十二……十三軒か。クレア?この集落の人口はどれくらい?」
 そう問い掛けると、彼女は早速指折り数えてくれた。
「えーっと、確か、三十……二か三人かな?」
「森の周りにある集落って大体これくらいの規模?」
「うん、大体こんな感じかな。人口が五十人を超えるとさ、集落から村に格上げになってしまうからね、この辺りの集落はそうなる前に、分割して新しい集落をつくるんだよ」とクレアは言う。
 あまり細かいことを聞くのは止めておこうと思っていたが、村に格上げになる前に集落を分割する理由は聞いてみたくなった。

「集落から村に格上げになるって、いいことでは無いのかい?」
「それはまあ、格上げだから、普通はいいことなんだけど。村になると、国から警備目的で兵士が派遣されるからさ、それを嫌ってここらの集落は村になる前に分割するんだよ」
 彼女は大木にもたれかかりそう言った。
 時折、子供たちの甲高い声が何処からか聞こえてくる。しかし人の姿は無かった。
 まだ昼前なので、農地や森の中で仕事をしてる時間なのだろう。
「国ってのは、マグナラタンのこと?」
「違うよ。マグナラタンは図書館。国ってのは、魔導国ムーセイオンのこと。あれ、ヨウスケってそう言う事ミザリイ様から聞かされて無いの?」
 クレアは不思議そうな顔をしておれを見ていた。
「あ、いや、ミザリイや他の魔女とも色々会話はしたけれど……。この土地はさ、マグナラタンに属していると思っていたから。そうか、その上に国があるのか。魔導国ムーセイオン?魔女の国ってこと?」
「ムーセイオンは魔女の国では無いよ。魔導師の国。マグナラタンの図書館はね、ムーセイオンの領土にあるんだけど、マグナラタンの支配域は、魔導国ムーセイオンとザイオン同盟連合と西オフィール王国の三か国に跨ってあるんだ。だからね、それぞれの国はさ、マグナラタンの支配域でも村に格上げになった集落には、兵士を駐屯するの。要するに、この辺りって国境付近ってことだから」 

 なんともややこしい話だった。国家と自治政権が集落や村を共有してると言う事なのだろうか?もう少し突っ込んで話を聞きたかったが、この件に関しては今晩ミザリイにゆっくりと説明してもらう事にした。
 魔女と魔導師の違いとか、マグナラタンと国家の違いとか……ちゃんと認識しておかないと魔女の使徒として不味いし恥ずかしい事だと思ったから。
 そして丁度この時、一人の男が近づいて来た。
 集落の住人だろうか。ヒゲ面の大きな男だった。太っているのでは無く、肩幅広く筋肉質で農民には見えない。格好は、丸首の長袖シャツにダボっとしたズボン。足元は履き古したブーツ。腰元には(なた)が抜き身でぶら下げてある。
 ゆっくりとした足取り。おれとクレアを交互に見ている様な感じがした。
「――クレア?その男は、新しい職員か?それとも国の役人かい?」
 まだ少し離れた距離から男は声を掛けて来た。下腹に響く、太く大きな声だ。
「ゲイルさん!こんにちは!この人は職員や役人ではないですよ!」とクレアも大声で答える。
 それを聞き男は大股でおれの目の前まで歩いて来て「じゃあ一体、何処の誰なんだ?」と問い掛けて来た。
 じっとおれを見据えている。口元に笑みを浮かべてはいるが、怖い目をしていると感じた。

 クレアが「ゲイルさん、その人は……」と紹介を始める前に、おれは手でそれを制した。こういう相手には自分で名乗った方が印象がいいだろうと、肌で感じた訳だ。
「おれは、ミザリイ・アート・ココレイトの使徒だよ。名前はヨウスケと言う。ゲイルさん、よろしく」
 そう自己紹介をすると、ゲイルは目を見開き視線をおれからクレアへと向けた。
「この男が、ミザリイ様の使徒?なんだよ、大人じゃないか。普通、魔女様が人間に魔紋を刻むのは子供だろう?大人に魔紋刻んだら頭がイカレて狂っちまうって聞いてるけどな」
 ゲイルは再びおれへと視線を戻した。心の底から驚いている様な表情。しかし、最初の威圧感は既に消えてしまっていた。
「そうなんですよ!その件に関しては職員の中でも噂で持ち切りなんです。ヨウスケの様な大人が魔紋を刻まれて正気を保てていられるのは、奇跡としか言いようがない!って言うか、マグナラタンの承認も得ずに大人に魔紋を刻んでしまったミザリイ様めちゃくちゃカッコいいですよね!破天荒と言うか恐れを知らないというか!流石アート様のお弟子様です!」とクレアは鼻息荒く興奮していた。
 しかし、そのミザリイの破天荒さで、おれは一歩間違えばイカレ狂っていたのかと思うと正直笑えないし、興奮も出来ない。只々背筋寒くゾッとしてしまう。

 それからゲイルが心を開いてくれるのは早かった。
 魔女の使徒であると言う事は、水戸黄門の印籠の様な絶大な効果があるのだろう。
「へへへ、俺はてっきり新しい職員か国の役人かと思ってよ、こりゃあ一発かましてやるかと思ったんだけどな。ミザリイ様の使徒となると話は違うわな。よろしくな、ヨウスケさんよう。俺はこの集落で大工やってるゲイルってんだ」
 そういうと彼は、ごつい手を差し出して来た。明らかに握手を求めていたので、おれも手を差し出し、力強く握手を交わす。
 やはり異世界転移では無いのかもしれないと思う瞬間。それともどの世界に行っても、仲良くなった時の行為は大体似た様なものなのだろうか?
「へえ、大工なんだ?じゃあ、村の周りの丸太柵もゲイルさんが造ったんだ?」
 おれは手を離し、そう訊ねた。遠目に見ても、立派で見事な仕事だと感心してしまう。
「ああ、元々は細い木でスカスカの柵だったんだけどよう。そんなんじゃ全然獣除けになりゃしねえから、ミザリイ様にお願いして、立派な丸太を大量に頂戴したんだ」ゲイルは満面の笑みを浮かべて話していた。彼もクレアと同じく熱心な魔女信者なのだろう。
 そして、それに続きクレアも目を輝かせて口を開く。
「ミザリイ様は、集落の住民が加工し易い木を植樹して何十年もかけて育てていらっしゃるのです。この集落の柵や建物が立派なのは、大工のゲイルさんの腕もありますが、ミザリイ様の恩恵であることを忘れてはなりません」
 彼女は感極まり泣き出してしまいそうな感じすらあった。勿論、ミザリイが偉大なのは理解出来るけれど、ここまで信仰が篤いと軽く胸やけ感を覚えてしまうワケで……。
 おれはさりげなく、話題を変えて見ることにした。

「――ところで、ゲイルさんは、凄く体格がいいよね?それって、大工仕事で鍛えたってこと?って言うか、今何歳なの?」
 改めて彼を見ると、身長はおれよりも高いから百九十センチあるだろう。そして胸板は厚く、腕は丸太の様に太い。髪や髭には白髪が混じっており、目尻の皺から見て年齢はおれよりもかなり上に見えるが……。
「ん?俺は今、幾つだ?えーっと、確か、四十四か五か六じゃねえか?」
「え?おれよりも十も上――ってアレ?」
 その時おれは漸く、異変に気が付いた。
 おれは今、何故普通に集落の住民と会話出来ているのだろう?
 ゲイルとは話途中だが、思わずクレアに問い掛けてしまった。
「あの、クレア?キミ、今、おれがゲイルさんと直接会話出来る魔法使ってくれてる?」
 彼女は少し考えてから「いいえ、私はその様な魔導具は有して無いです」と言った。
「と、言う事はゲイルさんが魔力疎通を使えるって事?」
 おれの問い掛けに対しゲイルは「んん?俺は魔力疎通なんて出来ねえぞ?」と言う。

 クレアの魔法でも無く、ゲイルが魔力疎通を使えないとなると、今彼と会話が成立しているのは、恐らくおれ側に要因があるわけで……。
 おれは腕時計を眼前にまで上げて見詰めた。魔力疎通に関連した魔導具となると、今のところこの腕時計以外には考えられない。
 要するに、今まではおれから相手に対して一方通行の魔力疎通しか出来ない魔導具だと思っていたが、双方向の会話を成立させる魔導具の可能性が大きい……というか、正しくソレなのだろう。
 これは仮定だけれど、何等かの要因でおれの魔力が向上して、腕時計の魔導具としての真の能力が発揮されている、とか。
 魔紋のお陰か、作業服や安全靴にそう言った効果があるのか。
 どちらにせよ、通訳無しで直接コミュニケーションが図れるのは素晴らしいことだ。
「――ヨウスケ、大丈夫?体調悪いなら、何処かで休憩する?」 
 茫然と立ち尽くすおれの事を、クレアは心配そうに見つめていた。
「あ、いや、全然平気だよ。おれ、滅茶苦茶元気だから。で、ゲイルさん、話の続きだけど――」
 今のところ一番の懸念材料が払拭されて、体調が悪いどころか心晴れやかで爽快な気分だった。
 頭を抱え込んだところで魔導具に関しての詳細は、コリンに調査して貰わなければ分からないのだ。
 今おれに出来ることは、様々な人たちとより多くのコミュニケーションを取る他無いんだ、と深く悩まずに気持ちを切り替えることにした。

 
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