第3話:集落の長の娘。

文字数 4,539文字

「俺は、若いころに集落を出て冒険者として出稼ぎに出てたんだわ。まあでも、ガタイはその前からデカかったけどな。ガキの頃から親父の手伝いで大工してたからよう」
 ゲイルはそういうと、前歯を剥き出して笑っていた。
 ファンタジー好きからすれば「冒険者」という単語には心が弾んでしまう。
「へえ、冒険者だったんだ?それってさ、武器とか魔法で魔物と戦う、みたいな?」と聞いてみた。若干普段よりキイの高い声になってしまった。
「冒険者って言っても色々あるんだけどな。俺がやってたのは、アンタが言ってる様な感じの……って、すまねえ。そう言えばちょっと人を待たせてるんだったわ。また今度ゆっくり話しようぜ。酒でも飲みながらよ」
 そう言い、彼は来た方とは逆側へと歩き出した。
 おれを不審人物と思い近付いてきたわけでは無かったらしい。彼のいう「冒険者」に関してもっと話を聞いてみたかったが、それはまた別の機会にすればいいだろう。

「じゃあ、また、ゲイルさん!」おれは去り行く彼の背中へ向けてそう言い放った。
 彼はこちらに振り返らなかったが、右手を上げて応えてくれた。
「ゲイルさんは、近隣集落の若者を募って自警団を組織してくれてるんだよ。図書館の職員もゲイルさんには世話になる者が多いの」とクレア。
 彼女の口調は、おれとゲイルとで明らかに違っていた。彼に対しての信望が伺える。もしかしたらそれとは別の感情があるのかもしれないけれど。
「要するに、大工さんだけど、元冒険者で腕っぷしが強いって事だよね?」
 その問いに対して彼女は、うんうんと頷いた。
「強いですよ。アート様に魔紋を刻まれている職員でも、ゲイルさんと喧嘩して勝てる人は殆どいないと思う。私なんて論外だからね」
「え、そんなに?普通の人間でしょ?」
 確かに見事な体躯を誇ってはいたが、魔女の加護を受けている使徒でも敵わない様な人間が、こんな小さな集落にいるものなのだろうか?
「普通の人間だけど、ゲイルさんは、アンヌヴンの塔の冒険者だからね。興味あるなら、彼から直接話を聞いた方がいいよ。さて、そろそろ(おさ)の家に挨拶に行こうか?あの、西側の一番大きな家が、長の家だよ」

 集落の中心にある大木から、五十メートルくらい離れた家を、クレアは指さしていた。
 確かに、他と比べて大きな家だった。地主様のお屋敷と言ったところか。
 しかし、別段建築様式が違うと言った特別感は無い。若干、立派な丸太や木を使って建てられてある様には見受けられる。
 クレアが歩き出し、おれはそのすぐ後に着いた。
 静かな集落だ。限界集落や過疎化した農村へやって来た様な感じがする。
 依然、どこからか子供たちの声が聞こえているので、老人たちばかりと言う訳では無さそうだ。
 ゲイルさんの様な見るからに働き盛りの大工もいるのだから、限界集落と呼ぶのは間違いなのかもしれない。
 
 長の家の前まで来た。
 クレアは扉の前で「長、いらっしゃいますかー!?」と大きな声を張り上げる。すると、すぐに扉が開いた。
 家の中から出て来たのは……一人の若い女性だった。
「あら、クレアじゃない。お父さん、まだ畑から戻って来てないよ。って、誰、後ろの男は?新しい職員?」
 そういうと、恐らく長の娘らしき人物は、おれの事を見詰めていた。
 気が強そうな顔立ち。めちゃくちゃ美人……とは言わないが、化粧をしていて色気はあった。
「彼は、ヨウスケ。ミザリイ様の使徒だよ」と、今度はクレアが先に紹介をした。
 ゲイルの時の様な気遣いはしてない様に見える。
 そして、おれを使徒だと知った長の娘は、あからさまに驚き半歩後ずさっていた。
 それからおれは漸く前に出て、クレアと立ち並んだ。

「クレア?こちらは、長の娘さんかな?」まずはクレアに訊ねてみたが、答えたのは長の娘だった。
「わ、私は、サリーナと申します。この集落の長、セゾール・ムロキナの娘で御座います。豊穣の魔女ミザリイ様の使徒様、以後、お見知りおきを……」
 彼女は右手の平を胸の前に置き、深く(こうべ)を垂れ(うやうや)しくそう述べていた。
「ちょ、ちょっと待ってサリーナさん。そんな仰々しい挨拶はしなくていいよ。おれはさ、使徒って言っても、そんな偉い感じじゃ無いから。偉ぶろうとも思わないし!だから、普通に……クレアとか他の使徒と同じっていうか、集落の人たちと同じ様に接して欲しい」
 尊大な態度はとって無いつもりだったが、高圧的なイメージを与えては不味いと思い、出来る限りフランクに接しようと、身振り手振り語り掛けてみた。
 若干狼狽えている様に見えたかもしれない。
 その様子を隣りで見ていたクレアは明らかに笑いを堪えていて、サリーナは口元に笑みを湛えていた。

「あら、そんなに堅苦しい感じじゃ無いのね?ミザリイ様の使徒だから、滅茶苦茶お堅い人だと思っちゃったじゃない」とサリーナ。その後にクレアが続いた。
「だよね!私も、初めは滅茶苦茶緊張したもん!ミザリイ様みたいに尊厳の塊みたいな人だったらどうしよう?って思ってさ、昨日の夜全然寝れなかったんだから」
 そう言うと、二人は腹を押さえてケラケラと笑い声をあげていた。
 いかにも若い女性らしいやり取りを見て、おれも顔が綻ぶ。そして、やはりミザリイってこの世界でも特殊な存在なんだな、確信を得てしまった。これに対しては苦笑いと言ったところか。
「さあさあ、こんなところで立ち話もなんだから、家に入ってお茶しましょう!お父さんはもう少ししたら帰って来ると思うから……」

 サリーナはおれたちを家の中へと誘ってくれた。
 扉からすぐダイニングキッチンがある様な間取りだった。靴を脱ぐ習慣は無いみたいだ。この辺りは魔女も一般人も変わりないと言うことか。
 部屋の中央に六人掛けのテーブルが設置してある。集落長の家なので集会などで使われることもあるのかもしれない。
 おれとクレアは向き合って腰かけた。サリーナは水瓶から鍋に水を汲み(かまど)で火に掛けていた。
 その瞬間、木炭に火を点ける際サリーナは指をパチリと鳴らして発火現象を起こしていた。魔女の支配域に住む住民だから多少なりとも魔法の嗜みがあるという事なのだろう。
 鍋を火に掛けると、サリーナはクレアの隣りに腰かけた。

「――で、ヨウスケさんは、一体何処から来た人なんだい?支配域の集落出身じゃないよね?今まで見た事無いし、服装もこの辺りのものじゃないし……」とサリーナ。彼女は興味津々と言った表情でおれの事をつぶさに観察していた。
 歳の頃で言うと二十代後半くらいだろうか?クレアとは同年代の様に見える。
「おれはね……遥か東方の、ニホンって国から来たんだ」
 取り合えずそう答えてみる。ミザリイからは異世界転生の話は伏せておけと言われていたから。
「ニホン?そんな国聞いたこと無いけど?遥か東方ってどのくらい東の方なの?東オフィールとかアウラウダ王国よりも向こう側?」
 そしていきなり、おれの知識を超えた質問をされてしまう。思わずクレアへと目配せをし助けを要求してみた。気が付いてくれるか分からなかったが……。
 すると、クレアは咳払いをひとつして「ヨウスケの国は、ゾディアック大荒野帯の向こう側にあると、ミザリイ様から聞いているけど……」と言った。
 そのゾディアックなんたらも未知の単語だった為、イマイチ状況は打開出来てない様に思えたが、兎に角それに同調することにした。

「うへえ、ゾディアック大荒野帯とか……魔獣と亜人の巣窟じゃなかったっけ?よくそんなところを越えてきたねえ。で、それで、そんなところからやって来たニホンの人がさ、どんな縁があってミザリイ様の使徒になるのさ?しかも、こんな大人が。使徒ってのは大概、幼少期に魔女様に見初められて魔紋を刻まれるんだろう?こんな大人の男が使徒になるなんて聞いた事が無いよ、私はさ」
 サリーナは目を細めて、おれとクレアの事を交互に見ていた。
 完全に疑っている。思っていたよりも鋭い人物……と言うか、あまりにもノープランで来過ぎたおれが愚かだったのだ。
 そして、おれは彼女を相手に嘘をつき通すのは不可能だ、と判断して事情を説明することにした。
 今後、付き合いが長くなりそうなクレアにも事の経緯を説明する必要があると思ったから。

「――実は、おれは、この世界とは別の世界から、ミザリイの魔法により転移してきたんだ」
 これを元の世界で言うと、完全に中二病扱いされイタイ奴だとレッテルを貼られてしまうだろう。しかも、お年頃の女性二人を目の前にしては口が裂けても吐かないであろうイタイタしい文言だ。
「あの、ヨウスケ?その……話して大丈夫なの?ミザリイ様から、その件は伏せておけと……」
 魔女を絶対的な存在と崇めているクレアは神妙な表情を浮かべていた。
 しかし、曖昧な発言を繰り返して不信感を抱かれるくらいなら、面倒でもきちんと説明した方がいいと、おれは思うワケで。
「大丈夫だよ。クレアに迷惑は掛けない。ミザリイにはおれの意志で、打ち明けたと説明するから、心配しなくていい」
「え?え?そんなに深刻な話?だったら、私、これ以上深入りしないけど?」
 サリーナは場の空気を察し、そう言った。
「ああ、いや、問題無いよ。集落の人たちに異世界転移の話をしてもさ、上手く伝わらない可能性があるから、取り合えずは遠方からやって来たと紹介した方がいいかもしれない……ってミザリイからは言われていたんだ。実際、おれが異世界転移をした理由とか原因とか、何も分かって無い状況だからね。それを説明するのって難しいし、中々理解を得ることは出来ないだろう?」

 鍋の湯が沸く音がし始めた。
 サリーナがそれに気が付き立ち上がろうとしたが、クレアがそれを手で制する。
「お茶は、私が入れるから、サリーナはヨウスケの話を聞いていて……」 
 クレアはそういうと席を立った。
 サリーナは気不味そうな表情を浮かべている。
「ねえ?この話を聞いたら、悪い魔女に命を狙われるとか、そういうの無いんだよね?」
 そのサリーナの問い掛けに関してはクレアが答えた。
「大丈夫だよ。ヨウスケ自身が狙われることはあっても、集落の人間に手を出す魔女はいないから。そんな事したら、アート様の怒りを買うだけだもん。マグナラタンの支配域にある集落の人間が、悪い魔女に命を狙われる事は絶対に無いよ」
 おれからすれば全く安心を得られない解答だったが、それでサリーナはおれの話を聞く気になってくれた様で、改めておれと向き合ってくれた。

「――じゃあ、話してもいいかな?」
 と、おれはテーブルの上で手を組み、切り出した。
 サリーナは真剣な表情でおれのことを見詰めていた。
 クレアも元の席へと戻って来た。
 おれは熱いお茶で軽く喉を潤し、クレアが落ち着いて語り始める。
 異世界転移する瞬間から、ミザリイに魔紋を刻まれるまでの話を、出来る限り詳細に――。


 
 
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