第4話:正統か異端か。

文字数 4,942文字

 外に出ると、コリンは庭にある大きな切り株の上に、コンビハンマーを置いて、おれを手招きしていた。
 ふと、空を見上げると、少し雲が多いけれど強い日差しが目に眩しく感じる。
 季節の頃は、春の終わりか秋の始まりと言ったころだろうか。
 おれは小走りで切り株まで近づいた。
「試してみるのはいいけど、おれはまだ魔力制御とか全然出来ないからな?」
 そう告げると彼女は「うん、大丈夫、大丈夫。制御出来てないってことは、垂れ漏れてるってことだから」と言う。
 コンビハンマーへと手のひらを向け、何やら探っている様な感じがあった。
「けど、外に出たってことは、暴走する危険があるってことだろう?」
 周りを見渡すと、ミザリイが使役している魔獣が散見される。
 コリンには懐いてない様で、警戒はしているがそれぞれ一定の距離感を取っていた。

「そうだね、その可能性は否めない。しかし、キミの魔力の漏れ方が、そこそこ安定してるから、大暴走にはならないと思う。けど、部屋をぐちゃぐちゃにしてしまうと、ミザリイが機嫌を損ねてしまうからさ。あのひと、怒ると怖いからね……怖いっていうか、何年も口利いてくれなくなっちゃうからさ」
 そういうと彼女は苦い笑みを浮かべていた。過去に経験があるという事なのだろう。
「分かったよ。で、おれはどうすればいい?」
「まず、利き手の人差し指でこの金槌の、持つところに触れてみて欲しい。反応あるなしに関わらず、私が五つ数えたら絶対に離す。離さない場合と問い掛けに反応が無い場合は、問答無用で蹴り飛ばすから。いいね?」
 コリンは口ぶりでは問い掛けているけれど、おれに選択肢は無いのは明白だった。
 彼女の目は爛々と輝いていた。探求心の塊過ぎて周りが見えなくなってしまうタイプの人間なんだと思う。
 おれは、一度深く息を吸い込み、そして細く長く吐き出し、腹を括った。
 右手を握りしめ、人差し指を立てる。心なしか、指先が震えている様に感じるが、もはや後戻りは出来ない心境だった。

 そして、指先がコンビハンマーのグリップに触れた。
 それと同時にコリンは「一つ……二つ……」とカウントアップを始める。
 すぐに反応は現れた。
 白い樹脂製の打撃部がきらきらと光り輝き、鉄製の打撃部は黒い(もや)の様なものが溢れ出ている様に見える。
「三つ……四つ……五つ!」
 コリンは最後のカウントの語気を強めていた。
 おれはそれに気が付き、少々大きなアクションでコンビハンマーから指先を離した。
「今の、反応あったよな?白い方はキラキラしてたし、鉄の方は黒いもやもやが出て来てる様に見えた……」
「そうだね、上々の反応だよ。では、次は私の番。私もキミと同じ様に指先で触れてみる。そして今度はキミが五つ数える。数え終えても私が指を離さない場合は、遠慮せずに、蹴っ飛ばして、私を金槌から切り離して欲しい」
 彼女は飄々とそう言ってのける。
 電気工事とかで感電した時と同じ様な対処の仕方なんだな、と思うと面白いし興味深い。

「要するに、呪いか何かが掛けられてて、自分の意志では離せなくなるかもしれないということ?けど、おれは大丈夫だったよね?」
 そう訊ねると彼女は目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。
「キミ、ほんと、そう言うとこ鋭いよね。魔女の見習いでもさ、このやり方を初めて見た時は、なんでこんな面倒くさいことするんですかあ?ってアホ面で聞いてくるんだけど」
「ああ、おれのいた世界にも、これと同じような状況の時に似た様な対処をとることがあってさ……」
 感電した者がいた場合は、安全靴でドロップキックをかまして設備から感電者を切り離せ、と先輩から教わったことがあったのだけれど、まさか、異世界でそれを思い出すことになるとは、思いもしなかった。
「へえ、そうかい。いやあ、キミの世界のことは実に興味深いのだけど、今は金槌に集中しよう。それでは、触れてみる。キミは、大きく明瞭な発声で、数をかぞえて頂戴……」

 コリンは切り株の傍にしゃがみ込んだ。そして暫くコンビハンマーを見詰めて、左手の人差し指を、グリップに着けた。
「ひとつ……」おれはカウントアップを始める。
「ふたつ……」しかし、先ほどの様に、キラキラもモヤモヤも発生しない。
「みっつ……」コリンは首を傾げていた。
「よっつ……」次の瞬間、ハンマーでは無く、彼女の指先が輝きだす。
「いつつ!」おれは語気を強めカウントを止めた。
 彼女の指先はまだハンマーのグリップに触れている。
「おい!コリン!もう終わりだ!」周囲に響き渡るような大声を上げたが、彼女は無反応だった。
 これは不味い!と思い、おれは躊躇うことなく、コリンの肩口を思いきり蹴飛ばした。
 彼女は「うわっ!?」と、声を上げて切り株から離れ地面に転がった。おれはすぐに駆け寄り、彼女の様子を伺った。
「おい?大丈夫か、コリン?何か呪いみたいなのあったのか?」
「へ?ああ、そっか、そっか。蹴っ飛ばしてくれって言ってたんだっけ?ごめん、ごめん。ぼーっとしてたよ。さてと……」彼女はそういうと、痛がる素振りひとつ見せずに立ち上がった。
 すぐに切り株へと歩みより、しゃがみこんでハンマーを見詰めていた。そして、振り返りもせずに、後ろ手におれを手招きする。

「――で、何か分かったのか?」おれはそう言い、彼女の対面へとしゃがみ込んだ。
「そうだね、少しだけ。まず、この金槌は使用者を選ぶってこと」
「使用者を選ぶ?それってもしかして、おれにはその適正があるけど、コリンには無いってことか?」
 おれの発言に対し、彼女は顔を上げ笑みを零した。
 均整がとれた顔の美しい笑顔に、思わず頬が緩みそうになる。変人でなければ、恋に落ちていたかもしれない。
「さすが勘がいいね。私の弟子に欲しいくらいだよ」
「おれが触れた時はすぐに反応があったけど、コリンの時は無かったからな」
「そう、それで、私は魔力の出力を少し上げてみたんだよ。例えば、キミの漏れてる魔力が1だとしたら、5くらいにまで出力を上げてみたわけ。そしたら、金槌は微弱な反応を示した。そこで次は5から10まで出力を上げてみようとしたんだけど……そこで蹴り飛ばされてしまったというわけだね。あははは――」
 どんな理由があれ、女性がおれみたいな男から蹴り飛ばされたら、泣くか怒るかするはずだが、彼女は全く気にも留めてない様子だった。
 これがこの世界の女性の正統性では無くて、魔女やコリンだからこその異端性であって欲しいと、願うばかりだ。

「よ、要するに、凄い魔力を有する魔女が使用しても然程効果が期待出来る代物ではない?ということ?」
「うーん、そうだねえ……。多分、キミの十倍から二十倍の魔力を使って、同等の効果が出せるか出せないか、くらいだと思う。これに関しては、実際に使ってみなければ分からないけれど。百倍くらいの魔力でも効果が出せないかもしれないから」
 それを聞き、おれの胸中には安心というか、安堵というか……ポジティブな感情が宿っていた。
 本来の持ち主である田中さんから認められた様に思えていたのだ。
「と、なると、あとは、コレが一体どんな効果があるんだ?って話だよな……。なあ?ちょっと手に取ってみていいかな?」
 そう訊ねると、彼女は一旦手で制したが「あ、やっぱりいいよ」と許可を出した。
 しかし、いざ手に取ろうとすると、緊張してしまう。
 赤い工具箱の件がトラウマになっているのかもしれない。
 その気持ちを察したのかコリンは「どうする?少し休憩してからにするかい?」と声を掛けてくれた。
 おれの心情に興味を向けてくれるなんて珍しい。いや、それほどおれの表情に余裕が無かったという事か。
「……大丈夫だよ。何か異変があればすぐに手から放すから」
 
 意を決して手を伸ばした。
 元の世界では、ほぼ毎日のように使っていたハンマーを、慎重に掴み取る。
 握った瞬間、先ほどと同じキラキラとモヤモヤが現れた。
「ふむ、素晴らしいね。ここまで顕著に差があるとは。では、まず、白い方から効果を試してみようか?」とコリン。彼女はおれに対して、美しい足を差し出した。
 先ほど地面を転がったからだろう、太腿の中程に擦傷があった。
「あ、ごめん。さっき蹴った時に怪我してたんだね」
「ああ、いやいや、全然気にしなくていいよ。これくらい魔女の治癒力ですぐに治ってしまうんだけど、効果検証の為に残しておいただけだから。こっちの肘も少し擦り剝いてるしね」
 彼女は肘を曲げ見せつけて来た。魔女は露出度の高いワンピースを着ているから、転んだら怪我をするのは当然だ。
「もしかして、怪我してる箇所を、これで叩けって言ってるのかい?」
「そう言う事だね。その白い打撃部が攻撃属性なら傷が悪化するし、回復属性ならこの擦傷が癒える」
「攻撃属性である可能性はどのくらい?光属性だから、回復属性である可能性が高い?」
「いや、そうとは限らない。光属性の全てが回復属性というわけでは無いから。闇属性でも回復属性を有する魔導具は世に幾つも存在する」
「攻撃属性だった場合、怪我が凄く悪化する可能性があるよね?」
「その可能性はある。これが普通の人間であれば、こんな検証はすべきでは無いけれど、私は魔女だから安心だよ。キミは何も気にすることは無い。キミの魔力と、現在金槌が放っている光の魔力では、私に致命傷を与えることは、絶対に出来ないから」
 短い時間で、お互いかなり早い口調でやり取りをした。
 正直不安は拭い去れない。しかし、今は、この魔女の言葉を信じる他なかった。

「分かった。じゃあ、ちょこんと叩くだけでいいよな?」
 おれがそういうと、彼女はさらにぐいっと足を開いて、太腿を晒けだした。
 ミザリイとは一味違う大人の色香に、心が惑ってしまう。
「はい、どうぞ。遠慮しなくていいよ?」
「ああ、うん、そうだな。じゃあ、遠慮なく……」そうおれは言い、キラキラと輝く白い樹脂製の打撃部で、太腿の擦傷箇所を軽く叩いた。
 ハンマーをすぐに引き上げ、効果を確認する。打撃部のキラキラが擦傷部に残っていた。おれの目には少しずつ傷が癒えている様に見える。
「これは、光属性の回復属性だね。しかも、キミの魔力でこの目に見える効果は凄いよ。かなり高位の魔導具と同等かそれ以上かもしれない」
 彼女が話しているうちに太腿の傷は完全に癒えてしまった。
「これって、使い熟せるようになったら、医者いらずってこと?」
「そういうことになるかな?兎に角、それ一本持って使い熟せたら、この世界では十分生きて行けると思う。じゃあ、次は闇属性の方を試してみようか?」
 そう言い、彼女は肘をおれへと向けた。太腿の擦傷より傷は浅い。少し血が滲んでる程度だ。

「闇属性でも回復属性の可能性はあるんだよな?」
「あるけど、それは試してみなければ分からないよ」
「さっきと同じくらいの威力でいいよな?」
「そうだね。少し、思いきり殴られてみたいって衝動はあるけれど、今は抑えるよ」
 コリンは若干病的な笑みを零し、そう言った。改めて、この女の異常性を認識してしまう。
「よし、じゃあ、叩くぞ?」
 おれはそう言い、モヤモヤを纏う鉄製の打撃部で肘の傷をコツンと叩いた。
 樹脂製の時と同じ様に、モヤモヤが傷に纏わりついている。そして、傷がじわじわと広がっている様に見える!
「お、おい?これ、攻撃属性か!?不味い、白い方で叩けば治るんだよな?」
 慌てて樹脂製で叩こうとハンマーを握り直したが、行動を移す前にコリンから手で制された。
「慌てない、慌てない。これくらいどうってこと無いから。傷の広がり具合をじっくり確かめさせて欲しい……」
 彼女は自らの肘の傷を食い入る様に見詰めていた。そしてぶつぶつと数を数えている。
 まさに自分の身体を実験台としているわけだ。おれは、その探求心というか執念に胸を打たれただ立ち尽くすしかなかった。

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