第5話:然るべき人物。

文字数 4,765文字

 自分がした行為で、他者の身体が傷ついていくのは、見ていて気持ちがいいものでは無い。
 しかし、だからと言ってこの場から離れたり、目を背けることは出来なかった。
 コリンは、このコンビハンマーの効果の調査に真摯に取り組んでくれているのだ。おれに出来ることは付き添うだけと微力だが、今は出来ることをするしか無いと考えていた。

 ハンマーの鉄側で、コリンの肘の怪我に打撃を加えてから五分程度過ぎた。
 その間、彼女は一定のリズムでぶつぶつと数を数えていた。時計があるから、それで計測すればいいと告げようと思ったが、彼女の場合、時間に関する概念の説明までさせられる可能性が極めて高いので、今は控えることにした。
「――よし、完全に闇属性の効果が消えた。330から340と言ったところかな」と彼女は呟いた。
 その数値は恐らく彼女がカウントしていたものだろう。おれが時計で見ていた時間とほぼ差異が無い。秒の概念が無いであろうこの世界で、恐ろしいほど正確な体内時計だと、絶句してしまった。
 で、半ば惚け気味のおれの事など意に介す事無く、彼女は次の注文を投げかけて来た。

「では、次は白い方で、先ほどと同じ威力で叩いて欲しい」
 闇属性の打撃で進行した傷は酷い火傷の様に(ただ)れていた。転んで出来る様な傷では無い。
 おれは、その注文に対しては素直に応じて、出来るだけ同じ威力になるのを心掛けて、コリンの肘の傷を叩いた。
 すぐにキラキラが傷に纏わりつくのが確認できた。
 彼女はまたぶつぶつとカウントを始めた。
 要するに、この世界で魔女とは科学者の様な役割も果たしているのだろう。
 特に、コリンの様に魔導具の調査や作成に特化した魔女はそれが顕著なのかもしれない。
 そしてまた五分が経過した――。

「ふむ……光も闇も効果は同等かな。光側も330から340程度か」
 肘の傷は転んで出来た時と同程度まで癒えていた。完全に癒えなかったということは、おれの叩き方もだが、漏れ出ている魔力が安定してることの証明にもなるのだろう。
 コリンは考え事をしている様だったが、いくつか思う事があったので、声を掛けることにした。
「なあ、コリン?その330程度の効果時間って、他の魔導具と比べてどうなんだい?」
 おれの声を聞いて彼女は、はっとなり顔を上げた。まるでここにおれと言う存在がいないことになっている様な反応だった。流石に笑みが零れてしまう。
「ああ、そうだね。キミの魔力から考えると、その効果時間は極めて長い。どの様な魔導具と比較すれば妥当なのかまだ分からないけれど、私としてはせいぜい100か長くても150くらいだろうと踏んでいた。けれど実際はその三倍……」
「よ、要するに、それって結構凄いってことだよな?ちょっと実感湧かないけど」
 だとすれば、回復効果のある光属性の方は全く問題ないと思うが、闇属性の方は……用途を間違うととんでも無いことになってしまうだろう。

「――憶測でしか話せないけど、単純計算でね?キミの今の魔力が1だとして、魔力制御が出来る様になって、十倍の魔力をこの金槌に注ぎ込める様になったとしたら、その効果時間も十倍になるだろうね、って話さ」
「十倍ってことは3300ってことだよな?回復は良いけど攻撃の方は3300もの間、さっきの爛れたような傷が広がっていく、ってことか……」
 しかも恐らく、傷の度合いや進行速度も十倍になると考えると……。思わず身震いしてしまった。
 普通の人間であれば致命傷か重度の後遺症が残る様な傷を負わせることになるだろう。
「しかもね、光も闇も回復や攻撃とは別に精神に影響を与えるみたい」とコリン。
「それってどういう?」
「簡単にいうと、光の方は幸福な気分となり、闇の方は絶望的な気分になるってとこかな。精神攻撃や付与に耐性を有する魔女の私でさえそれを味わうわけだからね、普通の人間が、特に闇側の攻撃を受けると、傷云々の前に精神崩壊を起こしてしまう可能性があるね」
 それを聞かされ、おれは思わずハンマーを地面へと落としてしまった。
 すぐに拾い上げたが、今まで以上に特別な重みを感じてしまう。

「――こ、こんな恐ろしい物を、おれみたいな魔法の素人が所持していてはダメな様な気がするけど」
「しかし、今のところ、キミ以外には使用できる者がいないからね。しかも、光属性の方は、確実に他者の命を救える様な効果が期待出来る。後は道具を使う人物次第ってことだね。私としては、素晴らしい魔導具は然るべき人物が所有して、然るべき時に使ってこそ、だと思う」
「その、然るべき人物がおれってことでいいのかい?」
 おれの問い掛けに対して、彼女は笑みを浮かべ頷いていた。
 改めてコンビハンマーへと視線を落とした。これを含めその他の道具も都合上おれが所有者になっているが、本来の持ち主は元の世界にいる。
 おれが元の世界に戻れる可能性がどれほどあるのか分からないけれど、他人の物をおれの一存で手放すことは出来ない。失ってしまっても、新品を買って返せばいい……という問題ではないと思うのだ。

「なあ、コリン?恐らく、他の道具も、これと同じ様に凄い魔導具である可能性が高いってことだよな?」
「今すぐ断言は出来ない。けれど、その可能性が高いのは認めるしかないだろうね」
「今日、他の道具も全部調査する気かい?」
「調査したい……と言いたいところだけれど」コリンは少し間を取り、続けた。「今日は属性鑑定だけにして、本格的な調査は、私の家で行いたいと考えてるよ。さて、一旦、戻ろうか」
 彼女はそういうと、ミザリイの家に向かって歩き出した。
 おれはすぐに反応できなくて、取り残されたがすぐに彼女を追いかけた。


 室内に戻ると、コリンは椅子に腰かけ道具とにらめっこを始める。
 恐らく、それで属性鑑定とやらが出来てしまうのだろう。
 おれも彼女の隣りに腰かけ、同じ様に真剣な眼差しを道具たちへと向けてみた。
 しかし、分かっていたけれどおれには全く属性鑑定なんて出来ないわけで。五分後には集中が切れて室内をぶらぶらと歩いていた。
 喉が渇いたので水瓶の水を汲み、コリンの分も入れて彼女の前に差し出してみる。
 けれど、彼女はそれに一切手を着けること無く属性鑑定を行っていた。凄まじい集中力だ。一流の職人や研究者の様な、自らの仕事に掛ける気迫の様なものを感じる。
 
 それから一時間が経過したころ、コリンは「なるほど、大体分かったぞ」と声を上げた。
 おれは彼女の隣りの椅子に座って、半ば寝落ちしてる様な状態だった。
「へ?あ、属性鑑定終わったんだ?」
「ああ、分かる物に関してはね。あのさ、ちょっと喉渇いたから水欲しいんだけど」と彼女は言う。
「えーっと、手元のコップに置いてあるけど」そうおれが告げると彼女は「あ、本当だ。私いつの間に水入れたっけ?」と言っていた。
 そこにツッコミを入れても仕方ないなと思いスルーして、属性に関しての話を進めることにした。

「分かる物に関してということは、属性鑑定出来なかった物もあるってこと、だね?」
 その問い掛けに対して、彼女は水を飲みながら、こくりと頷いた。
「魔力の波動は感じるけど、それがどの属性なのか分からなかった。要するに未知の属性ってこと」とコリン。
「それって、どの道具だい?」
 おれがそういうと、彼女は「コレとコレとコレ……」とそれぞれを指さす。
 六角レンチセット、スチールスケール、カッターナイフの順だった。
「あと……キミが腕に巻いてるやつ。それは……光属性を帯びているけれど、他にも何か未知の属性を有していると思う」
「え?この腕時計も?ってことは外した方がいい?」
「いや、外さなくていい。今までずっとしてて問題ないみたいだし、第一、キミはそれを外したら魔力疎通が出来なくなるだろう?」
 コリンの言う通りだ。ただでさえ役に立たないのに、会話も成立しないとなると、完全におれは無価値になってしまうじゃないか。

「それじゃ、それら以外の属性は鑑定出来たんだね?一応、教えてくれるかい?」
「ああ、そうだね。では、右端から、キミが指さした物の属性を教えてあげよう。その際だけれど、道具の名前を、キミの世界の言葉で発声してくれるかな?その金槌は、多分、コンビハンマーという正式な名称があるのだろう?」
 彼女はそういうと、手元に置いていたハンマーを指さした。
 おれが何度か口走った名称を理解し覚えていたのだろう。それに関しては流石魔女と言ったところか。
「ああ、分かった。では、正式な名称を発生して指さしていくよ……」そう言い、おれは立ち上がった。
 そして一番右端の工具から指さしてゆく。

「――貫通ドライバー、プラス」、「火属性」
「貫通ドライバー、マイナス」、「水属性」
「モンキーレンチ」、「火属性」
「パイプレンチ」、「土属性」
 その次は六角レンチセットなので飛ばして次へ移った。
「電工ドライバー、プラス」、「風属性」
「電工ドライバー、マイナス」、「土属性」
「鉄工ヤスリ」、「火属性」
「ダイヤモンドヤスリ」、「土属性」
「精密ヤスリ」、「風属性」
「プライヤー」、「水属性」
「ラジオペンチ」、「風属性」
「ペンチ」、「闇属性」
「ニッパー」、「光属性」
 で、その隣はスチールスケールで、その次がカッターナイフ。
「――シックネスゲージ」、「それは……多分、全ての属性、っぽい」
 それを聞きおれは思わず息を飲んだ。光と闇の二属性共有でも珍しいと聞いていただけに、全属性となるとその稀有さは聞くまでも無い。
「――シールテープ」、「土属性」
「絶縁テープ」、「闇と……火属性だ」
 それから最後におれは赤い工具箱を指さし「工具箱」と言った。
 コリンは「それは火属性だな」と言う。

 一通り聞いたわけだが、シックネスゲージの属性が余りにも特殊過ぎて、他のものは殆ど頭に残って無かった。
 そしておれは再度シックネスゲージを指さし「なあ、コリン?これの全属性っぽいってどういうこと?」と問い掛けた。
「シックネスゲージのことだよね?文字通り、全ての属性を有している、と思う。到底考えられないけどね。二属性で稀、三属性はこの世に二つしか確認されてない。それを踏まえて貰えば、六属性共存……いや未知の属性の存在を考慮に入れると、七か八属性ほど共存してるかもしれないから、どれほど特殊な物かは、キミなら理解出来るだろう?」
 理解は出来るが……理解したくないのが本音だった。
 おれが持つには余りにも特殊性が高い代物だ。八属性も有する魔導具を暴走させてしまったら一体どの様な現象が起こるのか想像もつかない。

「あ、あのさ、コリン?」
 おれは居ても立っても居られない心地となり、続けて質問をしようとしたが、コリンはそれを手で制した。
「申し訳ないけど、質問はあとにしてくれるかな?属性鑑定に魔力を費やし過ぎてへとへとなんだよね。ちょっと奥の部屋で休息をとるから……ミザリイが帰って来たら起こしてくれるかい?」
 彼女はそういうと、すっと立ち上がり、よろよろと頼りない足取りでベッドへと倒れ込んだ。
 そしてすぐに健やかな寝息を上げる。
 ミザリイは魔女は殆ど睡眠を取らないと言っていたので、それ程消耗していたという事なのだろう。
 おれは、恐らくとんでもない魔導具を目の前に並べたまま、部屋で静かに過ごすしかない状況に陥ってしまった……。



第3章
すこしずつ、一歩ずつ。
END
 
 
  
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