第3話:魔女の始祖様。

文字数 5,073文字

 結果は、ぼちぼちと言ったところか。
 いや、あの食材で魔女ふたりから「美味い」と言わせたのだから、成功と言って過言無いだろう。
 空腹だったおれは滅茶苦茶美味いと感じたけれど、食事中は特に会話が弾むことは無かった。もっと色々質問を受けると思っていたので少々肩透かし感は否めない。
 黙々と食事をしていると「美味しい」と言うのもお世辞だったのかもな、と思えてしまう。
 ネガティブな感情と言うよりかは、ここが異世界であることを再認識したのだ。同じ世界でも国境越えるどころか日本国内でも地方で好みの味は違う。
 それを考えると、ここは異世界で彼女たちは魔女と言う特異な存在で……と思考をぐるぐると回した。
 
 そして、食事が終わる。おれが最初にスプーンを置き、魔女のふたりは殆ど同時に食べ終えた。彼女たちは食材の欠片ひとつ残して無かった。
「――ヨウスケよ?」とミザリイ。「食事を終えたら、手を合わせて、ごちそうさまというのだろう?」彼女はそう言い手を合わせていた。
 コリンも同じように手を合わせて「ごちそうさま」と言っている。それから遅れておれも「ごちそうさま」をした。
「ん?料理を作った本人も、ごちそうさまをするのか?貴様は自分自身に対してしているのか?」
「ああ、あの、そうだな……習慣ってヤツかな。誰が作ったとかじゃなくて、食事を終えたら、自分が作ったものでも、ごちそうさまっていう……あ、いや、でもする意味はあるのか。確かに、料理をしたのはおれだけど、食材を集めたのは集落の人やミザリイだろう?」
 そう問い掛けてはみたが、実際、そこまで考えて「ごちそうさま」をしてる日本人がどれほどいるのか。しかし、彼女は恐らくそんな実態よりも、おれの世界の作法や仕来りに興味があると思うので、知っている限りの情報は伝えるべきだろう。

「――そうだな。鹿肉は集落の狩人で、ハーブの類も集落の者が摘んで来たもの。岩塩は、たまに来よる行商人から買っておる。茸や香料は私が採取したものだ」ミザリイはそういうと、湯を沸かし始めた。食後の茶が飲みたくなったのだろう。
「だから、この料理にはそれだけ多くの人が関わっているってことだよ。おれは集めて貰った食材で、最終的に料理を作っただけ。おれ一人では為しえないから。そういう、関わった全てに対して、ごちそうさまってこと」
 おれの話を、ミザリイは目を輝かせて聞いていた。一方、コリンは然程興味を示して無い。魔女にも色々いるってことだ。
 ミザリイとか多分、日本の事に日本人より興味を示す外国人みたいなノリで接すれば、いい関係性が築けるのかもしれない。
 多分、おれがこちらの世界へ異世界転移するよりも、ミザリイがおれの世界にやって来た方がいい感じにハマって素敵な人生が送れる様な気がするし。

「素晴らしい考え方だな。そしてまた、驚きもある。その思想は魔女の始祖様が提唱された、全にして個、個にして全に通ずる。のう、コリンよ?」
 珍しく興奮気味なミザリイ。彼女は胸の高鳴りを共有すべく同胞のコリンへと声を掛けたが、彼女はすでにおれたちの会話に興味は無く、工具類を全て納めた赤い工具箱を手元へと引き寄せ何やら調べていた。
「――如何に変人とはいえ仮にも魔女が始祖様の話に一切興味を示さんとは、嘆かわしい」と呆れ顔のミザリイ。
 いやでも、これは仕方がない話だ。今日一日で分かったけれど、コリンは兎に角集中力が半端ない。一旦何かを注目すると周りが見えなくなってしまうのだ。変人と天才は紙一重を地で行く女として認識しなければ、周りの者は只々振り回されるだけになってしまうと思う。

 と、それよりも。
「全にして個、個にして全。ってさ、おれの世界にも全く同じ格言っていうか思想あったよ。宇宙の真理とか、生命に対する解釈というか……」こちらの話題に、おれは興味を惹かれていた。
 全く同義の格言があるということは、益々この世界とおれの世界の何等かの繋がりを感じずにはいられなかった。
「その、始祖様が提唱された思想は、一見簡素であり、そして一度考えだすと周りのものが見えなくなるほど奥深い。師匠は、この思想の説明を弟子に説くとき、国家を引き合いに出される。全は即ち国家で、個は即ち国民。国家が無ければ国民は生活出来ぬし、国民がおらねば国家は成立せん。しかし、世の中には国家に属しておらん民などいくらでもおるのだ。多くの国民を抱えていても破綻しておる国家もあるしな。それを考えると……師匠のお言葉を否定する訳では無いが、国家と国民の関係性では始祖様の思想の理解が完全では無い様に思えてならん」

 ここでおれ如きが、百五十年を生きる魔女と哲学について語りあっても、彼女を納得させる答えを導きだすことは難しいだろう。
 しかし、彼女が言っていることは概ね理解出来る。そうなると、ここはひとつ向き合ってみて、おれが有する僅かな知識をぶつけてみるしかないな、と思ったのだ。
 そして「多分、だけど、国家だと単位が小さいから、例外が目につくのかな?全を宇宙……って言うか、この世界そのものとして考えて、個をひとつの生命体として考える。そうすると、国とか集団とか組織と一個人の些末な関係性は消えて、全にして個、個にして全は、国家と国民で比喩するよりも、もう少し分かりやすく感じると思うんだけど」と言ってみる。
 すると意外なことにそれに反応したのはコリンだった。
 彼女は赤い工具箱に触れながら「要するに始祖様は、魔女たる者、視野を広く持てって仰りたかったんじゃあないの?」と言う。
 やはり、この変人は天才肌だな、と思った。おれの話なんて全く聞いて無い感じだったのに。しかし、キミがそれを言うのかい?と思いもしたが。

「――ふむ確かに、そう言われると、始祖様の唱えた真理に少し近付いた様な気はするが……」
 多分、魔女は自らの支配域が全てだから、物事を見る視野はそう広く無いのかもしれない。
 それに、宇宙という存在を明確には知らないと思う。自分が住んでいる大地が球体で、太陽の周りを回っていて、銀河系があって広大な宇宙が広がっていて……。
 そういう現実が世間一般に広まるのは、この世界ではもっと未来の話だろうから。
「こう言う話ってさ、深く考えたくなるけど、最初に発言した人的には、そこまで意味深じゃなかったかもしれないしね。世界は広く大きいのだから、小さいことくよくよと悩むな、的なさ。それを至極簡潔に言うと、全にして個、個にして全になる。深い思想や難しい哲学的な思想は、始祖様より後世の魔女なり学者が後付けした可能性だってあるだろう?」とおれ。別に始祖様を低く見たり(けな)してる訳ではない。人間は偉人の功績や歴史を大仰に盛ってしまうクセがあるのは、この世界も同じだろ?と思ったのだ。
「ううむ、反論したいところだが、貴様の言うことは……ごもっとと言わざるをえんな。始祖様の時代はどれほど過去なのかも分からん有様ゆえに……」
 魔法がある世界だから、おれのいた世界の常識が通用するとは思ってない。しかし、全く違う人種では無いし、全く違う文明や文化という訳でもない。であれば、格言や哲学や思想など双方の世界で類似するものがあって当然だし、それが道理ってやつなのだろう。

 とそこで急にコリンが立ち上がった。そして唐突に「そろそろ帰るよ」と言い、周囲をきょろきょろと見渡して「あれ、私、帽子とローブどこに置いたっけ?あれ?私、このまま来たんだっけ?」と言っていた。
 思考の深みに(はま)ろうとしていたミザリイは、大きな溜息を漏らし立ち上がった。するすると歩き丁寧に畳んである黄色いローブと大きな鍔の帽子を手に取り、コリンの傍へ。
「ほれ、脱ぎっぱなしだったから、私が片付けておいたのだ」とミザリイは言い、コリンに帽子を被せ、ローブを纏わせてやっていた。
 まるで優しい母親と出来の悪い娘のやり取りを見ている様な感覚。もしくは年老いた母親と介護をしてる娘という関係性も当てはまるのかもしれない。
「いつもありがとう、ミザリイ。あのさ、ヨウスケ?私、自分の家でキミの道具の鑑定の準備しておくから。気が向いたら、その内、私の家に顔出して?」
 コリンはおれを視線を重ねそう言うと、扉の方へ歩いて行った。
「その内って大体どれくらいの日数?五日後とか十日後とか?」とおれ。至極平凡な質問返し。
 それに対してコリン。「うーん、その内はその内だよ。じゃあ、またね」如何にも彼女らしい返答を残し、扉を開け去ってしまった。
 恐らく今はもう、その鑑定の準備とやらで頭が一杯ということなのだろう。

「――すまぬな。あやつは、誰に対してもああ言う風なのだ。貴様に対してだけとか、一般的な人間を侮っている訳では無いから、気を悪くせんでくれ」とミザリイは、これまた彼女らしい発言をして自分の椅子へと戻った。そして、茶を啜り息を漏らす。
「ああ、別にいいよ。おれそう言うの気にしないから。むしろコリンらしくて面白いと思う」
「そうか、ならばいいのだが……。いや良くは無いがな。コリンはもう少し魔女として、礼儀や慎みを学ばねばならん。しかし、貴様は寛容な男だな。あの様な態度を取られたら、文句のひとつくらいあっても不思議ではないが。貴様の世界ではそれでいて普通なのか?あと知識量や思考や思想も一般的なのか?」
「うーん、そうだなあ、割かし普通な方だと思うけど。おれの民族は比較的穏やかな性格の人が多いし、金持ちも貧乏人もそれなりに勉強する機会は与えられてるからなあ。性格の面で言うと昔はさ、同じ民族同士で血で血を洗う様な戦争をしていたし、世界を相手に戦争してしまう様な、文字通り戦争狂だった時代もあったから、もっと激しい性格の人が多い時代があったのかもしれないけれどね」
 しかし日本という国は、平安時代や江戸時代の様に長く平和で文化が咲き誇る時代があるのも事実で。その上、様々な国から得た文化や技術を自分たちなりにカスタマイズして元祖を超えるか使い勝手良くアレンジをしてしまう民族だ。
 その祖国の恩恵を比較的普通に享受して生きて来たおれは、日本人の中では一般的な三十五歳の男なのだと思う。
 例えば三十五歳の男を、年収とか生活水準とかで一列に前から良い順に並べたら、丁度ど真ん中にいるんじゃないだろうか?それくらい普通な男で、それくらい普通な思考力の持ち主だろう。改めて自分でそう思うのは、少し妙な気分だけれど。

「――しかし、その戦争狂だった時代は、何十年か前の話なのだろう?世界を相手に戦争をして、何百万もの尊い命を失って。それでいて、現在では一般人にまで広く学びの機会を与えてやれる国家か……。高々数十年でそこまで劇的に変貌してしまう国家など、申し訳ないが私の頭では理解することが出来ぬよ」そういうとミザリイは茶を飲み干し席を立った。
「あれ、もしかして今から散歩行くのかい?」何となくそう感じた。
「ああ、そうだな。少し森を歩きながら考えに耽りたい。始祖様のこと、この世界のこと、貴様の世界のこと……考えねばならんことは、幾らでもある」
「そうか、じゃあ、おれは家で大人しく留守番しておくよ」
「そうしてくれ。私はいつ戻ってくるか分からんから、帰りを待たずに先に寝てくれていいからな。ああ、あと、今日話した内容はいずれ師匠にも直接することになるだろうから、ある程度頭の中でまとめて置いてくれ」
 彼女は話ながら床の上をするすると歩き、帽子を被りローブを纏った。そしてぼそりと「では、行ってくる」と言い残し外へ出て行った。
 多分、ミザリイは魔女としては普通な部類になるのだろう。カーリーやコリンと接してそう感じるに至っていた。
 恐らく彼女は、何か思考の深みに嵌る度に、森を歩きひとりで長い時間を過ごして来たのだと思う。
 それは彼女にとってとても大切な時間で、おれがそれを邪魔することは出来ない。
 夜の森を彼女と散策してみたいという思いは、少なからずあったけれど。

 それからおれは、食器や鍋を綺麗に洗った。茶を飲み、暫くぼけっと時を過ごした。取り留めのないこと適当に考えたり、コリンとした鑑定を思い出したりして。
 そして二十二時前には、ベッドに寝転がり、そのまま深い睡眠へと落ちていった――。
 

 
 
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